22-1 天竜川上流の死闘1
流水の音だけが響く深夜。宣戦布告にあった戦闘開始時刻まで残り一分。
同じ天竜川といえど、下流と上流では地形が大きく異なる。広い川幅と、左右両方に添って土手が続いている下流とは異なり、上流は山と道路の間を縫うように川が流れているため狭い。戦える場所は限られている。
皐月、浅子、来夏の三魔法少女に俺を含めたバランス無視の変則パーティーは、小石の堆積が広域に続いている岸辺で静かに待っていた。上流地域では珍しい好立地で、道路以外に人工物が見当たらないため被害を気にせず魔法を使用可能だ。
魔法少女達は誰も時計を確認していない。
それなのに零時ジャストに三人揃って同じ方向に顔を向けたのは、モンスターの『魔』を検知したからだろう。
「ひ、ふ、み……。贄は無事揃っておるようじゃな、御影殿」
川を挟んだ向こう側、山の斜面から小柄な老モンスター、オーリンが出現する。
酷い猫背の所為で前のめりになりつつ、遅い足取りでオーリンは川の表層を歩く。上流とはいえ、流れに削られた川底は大人でも足を着けない程に深いはずだが、モンスターが川の上を歩いたところで誰も驚かない。
「時間通りじゃな。早速始めたいが、異存はないか?」
「やれる事はすべてやった。俺達の心構えは済んでいる」
「よろしい。では、始めようぞっ!」
オーリンの言葉を待っていたように、オーリンの背後から二体の巨体が跳び出した。二つの体積分の水飛沫が立ち上り、着地点で止まらず俺達に向かって迫りくる。
「――発火、発射、火球撃」
左側の個体に対して皐月は火の球による魔法攻撃を行う。気の早い皐月が連携を無視して先走ったのではなく、作戦通りの行動である。
火属性ゆえ、川の中にいる敵に対しては威力が減衰してしまうが、敵は三メートル弱の巨体だ。頭部は水面の上に出たままになっており、攻撃に支障はない。
バレーボール大の火球は赤い粉の直線を残して、巨体モンスターの頭部に衝突する。
……だが、瞬間的に熱せられ、大量発生した水蒸気の内側からは無傷の巨大な眼が現れる。敵巨体モンスターは、水蒸気の靄をまったく気にしないまま突進を続けていた。
「駄目ッ、やっぱり耐魔アイテム持たせてある!」
見るからに弱々しいオーリンが直接戦闘に加わる事はない。であれば、別のモンスターが俺達の敵として登場する、と予想するのは簡単だ。
問題は、幹部級でもないモンスターに耐魔アイテムを持たせてあるかどうかである。
もはや、レベル70以下の魔法使いは皐月一人だけだ。皐月専用対策にしかならないアイテムをそこいらのモンスターに持たせはしないだろう。こう期待していたが、やはりオーリンはこれまで出遭ったどのモンスターよりも堅実だ。
堅実だから、手強い。
皐月に初撃を任せたのはオーリンの頭脳を図るためだったが、結果、皐月の士気は大きく下がってしまう。
「皐月、落ち込むな。主戦力と見なされて、警戒されていると思えば気は紛れるさ」
歯軋りする皐月をフォローしておく。最初に仲間になったキャラクターが弱いのはゲーム的に仕方がない。
「皐月はやっぱり役立たず」
「あの二体、サイクロプスですっ!」
モンスターが二体までであれば手数は足りている。川の中を突進する巨大な一つ目モンスター、サイクロプスの上陸を阻むため、氷と雷、二種類の魔法が放たれた。
川から這い上がる敵との戦いは、天竜川の魔法少女達にとっては日常だ。天竜川はモンスター共にとってのブラッディ・オマハなのである。
オーリンの用意したサイクロプスは重量級のパワー型モンスターであったが、遠距離攻撃に対しては無力だった。弱点の目玉を氷柱が串刺しにし、雷で射抜かれて川底に沈む。
「レベル50では小手調べにしからなんか。まあ、贄の内、二人はレベルが70を超えておると分かっただけで十分としよう」
オーリンの呟きは、別途現れた三体のサイクロプスが川に跳び込む音にかき消される。
最初の二体で学んだのか、今度の三体は片腕で頭部を守りながら上陸を目指す。
「――貫通、発射、氷柱擲」
浅子は図太い氷の柱を発射して、筋肉質な化物の腕ごとサイクロプスの頭を潰す。
「――稲妻、炭化、電圧撃。このッ、です! 稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
来夏は電撃魔法で一度サイクロプスの腕を破壊して、次の一撃で頭部にダメージを加えている。『魔』の消費量は多くなっているが、魔法攻撃の速度が優れているため浅子よりも撃破は速い。
二人の活躍で三体の増援を無事に掃討し終えるが、それで終るはずがない――。
「小出しにする程、戦力は乏しくないのでな。次は十体でどうじゃ?」
目の前で同族が殺されているというのに、目玉に脳の格納領域を取られているモンスターは単細胞が過ぎる。オーリンの指示に従って、天竜川に跳び込むのを止めない。
第三波はとうとう二桁となってしまい、氷と雷の魔法少女だけでは手が回らなくなってきた。
「――貫通、発射、氷柱擲。兄さん、四節使う?」
「駄目だ。威力は高いが消費は激しい。三節魔法だけで、上陸する数を減らしてくれ」
たった一節違うだけで、魔法少女達の魔法は威力が膨れ上がる。だが、燃費は最悪で、休憩なしに連発すれば五、六回放っただけで『魔』が枯渇してしまう。少し危機になったぐらいで、序盤で使うような大砲ではない。
「分かった。――凍結、崩壊、氷結撃」
浅子の魔法は多様だ。俺の指示を汲み取って攻撃方法を、氷柱を放つものから、川の水を凍らせて複数のサイクロプスを巻き込むものに変化させる。一撃の打撃力は減ってしまったが、遅滞という目的には即している。
一方の来夏は、同じ魔法を繰り返すだけだ。それでも十分役立っているが。
「――稲妻、炭化、電圧撃!」
「川全体に電気を通して感電させるとか、できないか?」
「サイクロプス相手だと厳しいんですッ」
頭部の弱点が丸出しな分、サイクロプスはそれなりに強靭らしい。魚が浮き上がる程度の電圧では、少し脚を鈍くさせるのが精一杯である。
そしてついに、一体が上陸を果たす。
場所が悪い事に、サイクロプスが水中から這い上がったのは皐月の目前だ。
最初の一撃で分かったように、皐月の魔法では敵を倒せない。レベルが1つ足りないだけという理由で、皐月は無力化されてしまっている。
無力なまま戦場に現れてしまった皐月は、足手まといが極まったかのようにその場から逃げようとしない。サイクロプスを真正面から出迎える。
魔法少女達の『守』は決して高くない。汎用モンスターの一撃すら、致命傷に成りえてしまう。
「なんじゃ、もう一人脱落か」
サイクロプスは野太い独特の嘲笑を発音しながら、拳を振り上げて皐月の脳天に狙いを定めた。
そんな危機的状況に陥ってしまった皐月を、俺達は誰も助けない。
「――ふ、ふはは、はッ! 待っていた経験値だッ!」
……レベリングを楽しんでいる皐月の邪魔を、できるはずがない。
皐月は足元から一本の筒を拾い上げて、肩に担ぎ上げていた。素人らしく、後方確認を怠ったまま指元のトリガーを引いてしまう。
「これがバズーカよ、ファイアーーッ!」
「……違う、84mm無反動砲」
趣味のお陰で軍事兵器に詳しい浅子の訂正を待たずに、皐月の放った砲弾はサイクロプスの胸部に吸い込まれていく。
一方、皐月が構える砲身の背後から、砲弾を発射するベクトルを相殺する爆風が生じて消える。
次の瞬間に起こったのは大気を揺るがす程の爆発だ。
起爆の中心にいたサイクロプスの上半身は炎に包まれた後、粉々になって吹き飛んでしまった。弱点である頭部に着弾した訳ではなかったのに、現代兵器の威力は絶大だ。
問題は、至近距離にいた皐月も、爆発の衝撃波に巻き込まれて後方に吹き飛んでいってしまった事であるが。
「――ハッ!? 無事か、皐月!」
血の気を引かせながら駆け寄ってみたが、皐月は案外無事だった。
「だ、大丈夫なのか??」
「炎と爆発は専門。当然、無事よ!」
いつもの紅い袴に砂埃が付いているぐらいで、皐月に外傷は見られない。
「一発撃って、少しコツが分かった。せっかくたくさん貰ってきたんだし、川の中にいる奴等にも攻撃してみる!」
皐月は経験値が得られるのがよほど楽しいのか、嬉々とした表情で次の無反動砲を拾いにいった。
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“『ファイターズ・ハイ』、戦いの中で高揚することを是とするスキル”
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