20-4(紫) 砂は砂に、土人形は親友に
来夏は反射された電撃に痺れながらも、現れた僧侶タークスを睨みつける。負傷の具合から、直撃はしなかったようだが被害は少なくない。
「僧侶職は三節魔法が限界で、魔法においては魔法使いに劣る。こうした誤解が世に広まっているのは業腹ですが、こうして魔法使いを捕らえるたびに爽快な気分になってしまいますね」
「このッ、――稲妻、炭化、電圧撃!」
「一度でこの結界の特性を理解できないとは、愚かしい!」
来夏の電撃魔法は円陣を組んでいる柱の一つに直撃するが、一度吸収された後、来夏に向かって舞い戻ってくる。一撃目と同じ結果だった。反射後の命中精度が悪いのが唯一の救いだ。
「柱一本一本、丁寧に三節魔法で作り上げています。たかが三節魔法に破られるはずがありませんし、余力が十分にあるから反射もできる」
製作時間と『魔』は大量に必要とするが、それに見合った性能はある魔法だとタークスは語っていく。
「四節魔法であっても同様ですが。魔法は周囲の全十二本に拡散される作りです。この結界は、魔法では絶対に破れない」
魔法使いはたった一人で戦況をかき乱す力がある。
剣士にはマネできない遠距離からの攻撃。人間には再現できない炎や雷を呼び出す奇跡。同レベルであれば、どの職業よりも秒で割った攻撃力は優れていると称される。
だからこそ、対抗策についても異世界では研究が進んでいる。主様の用意している耐魔アイテムもそうであるが、他にも方法は存在する。
タークスが用意したのは、異世界の教会に伝わる対魔法使い用の結界だ。物理的な拘束力はそう高くないが、その分魔法に対して異常な耐性を持つ。
魔法陣の内部に囚われた魔法使いが、自力で外に脱出する方法は一つだけ。タークスの三節魔法の十二倍を超える出力を持った攻撃魔法で、結界を破壊すれば良い。
「絶対、たったの十二倍がです? だったら――」
「来夏っ!? 敵の言葉を信じて早まらないでッ」
秋の制止は決定的に遅かった。
打ち身で痛々しそうに立ち上がった来夏は、もう地面と平行になるように右手を突き出している。照準を結界の向こう側にいるタークスに合わせる。
「――――稲妻、抹消、神罰、雷公撃!! これならどうですッ!」
先程まで放っていた電撃魔法を強化した魔法を来夏は放つ。
電柱よりも図太い稲妻が、数十束になって絡み合う。激しく眩い領域が来夏の足元から頭上にまで広がって、進路上のすべてを出圧で消し炭にしながら光速の数パーセントの速度で進んでいく。
この極大電撃魔法は、来夏が覚えている魔法の中では最も燃費が悪い。だから普段使わない魔法なのだが、タークスの魔法陣を力押しで破るには適した魔法だった。
電撃の濁流が魔法陣の見えない壁に衝突した瞬間、悲鳴のような金切り声が鳴り響く。
目視するだけでも眼球が感電してしまいそうな高圧電流。直撃しなくても端に触れるだけで絶命する大魔法を目前にして、タークスは鼻で笑った。
「実に……品のない魔法だ」
タークスは指を鳴らすと、地面が震える。震源は二十四。結界を中心に円形に生じている。
土砂を撒き散らしながら地面から伸び上がったのは、二十四本の光の柱だ。
「追加はこれで十分でしょう」
来夏達を捕らえていた魔法陣を更に囲むように出現した二十四本は、既存の十二本と連携を開始する。結界を突き破らんとしていた電撃を拡散させていった。
萎れていくかのように電流は勢いを失い、結界を破る事なく消失する。
「威力重視、と言えば聞こえは良いでしょうが、何たる愚直な魔法だ。ただ『魔』を注ぎ込んで、効率を無視して威力をかさ増ししただけ。本業ではない私でさえ怒りを覚える程に稚拙が過ぎる」
怒りを通り越して、呆れた。そんな仕草でタークスは頭を左右に振る。
来夏はタークスの言葉を信じ過ぎて、罠にはめられた。見える範囲にある十二本がタークスの用意したすべてだと勝手に思い込み、最初に全力を出し切ってしまった。
光の柱の周囲で静電気が荒ぶる。
「所詮は討伐不能王が養殖した哀れな魔法使い。本場の魔法使いと違って幼稚である事を嘆いても仕方がないですね」
全三十六本の光の柱すべてが瞬き始める。
次にどういった現象が起こるか、タークスに言われるまでもなく来夏には予想できてしまった。己の最大攻撃力を費やした攻撃の反射で、結界内は電流で満たされるだろう。命中精度が悪かろうと、虫の隙間もない程に電流が流れてしまえば関係ない。
様々な電流の直撃は致命的な電位差を生じさせ、少女の体はミンチとなって吹き飛ぶ。
「……敵の脆弱を不満に思うのも奇妙なので、もう終らせましょう」
タークスの言葉が合図となって、柱すべてが輝く。
内部に吸収していた電撃を結界の中央にいる少女達に向けて放出した。
秋は選択に迫られた。
罠にはまった友人の軽率により、秋は危機に陥っている。
いったい、己はどうするべきか。悩む秋を走馬灯が襲いかかる。
……思い起こせば、来夏からはいつも迷惑を掛けられていたな、と秋は苦く奥歯を噛み締める。
魔法使いとしては相互に援助しあっていたからまだ良かったが――それでも接近戦を行う来夏を援護するため、秋はかなり苦心していたので五分とは言い難い――、勉学において秋は常に助ける側であった。
夜の魔法使いとしての活動を楽しむ来夏の成績は、悪かった。そこそこに偏差値の高い女学校で、来夏の成績は体育を除いて平均未満。特に古文と数学が壊滅的だ。
大学受験で地元の国立を目指すと聞かされた際には、秋は立ちくらみで倒れかけてしまった。
「文系としても理系としても終っている来夏が、三年から頑張って間に合うと思うかい?」
「炎の人が国立に進んで魔法使いを続けるつもりです! 負けられないです!」
県外の少し都会な場所にある大学を目指していたはずの秋は、進学するつもりのない地元の国立対策の勉強を開始する。すべては来夏のためであった。
大学に行きたいと言いながらも魔法使いを続ける来夏と言い争いになった経験は数知れないが、秋はそれでも来夏の親友であり続けた。
何故、こんな面倒で短気で己よりも可愛らしい女が親友なのかは今でも不思議に思う。理由がさっぱり思い付かない。
……いや。
きっと親友とは、理由が不明な間柄だからこそ、利害では崩されない程に強固なのだろう。間違いない。
秋は今際になって、そう悟った。
悟った後の決断は早かった。
“所詮は討伐不能王が養殖した哀れな魔法使い。本場の魔法使いと違って幼稚である事を嘆いても仕方がないですね”
ご丁寧にタークスが友人の欠点を論評している間に、秋は来夏の背後に近づく。
「――来夏。私が魔法を使えない理由、言ってなかったね」
「秋?」
「大した理由ではないけれど……実は私、もう死んでいるんだ」
背後に立っているため、笑った顔を秋は来夏に見せられない。
「何を言っているのです? そんな冗談よりも、次の反射をどうやって防ぐか――」
「来夏、反射を打ち消せるだけの『魔』が残っていないだろ。来夏では無理だから、私がやるよ」
少し背の高い秋が覆いかぶさるように密着して、来夏の耳元で囁く。
「でも私は土人形だから、きっと防御魔法を使ったらそのまま『魔』が枯渇して、砂になって消えてしまう」
「――だから冗談は」
「ゴメンね。本物じゃなくて。偽者の土人形が親友面で重い話をしちゃって。もう消えるから許して」
振り向こうと暴れる来夏を、秋は肩を押さえつけて離さない。
「本物の私は、数日前に勇者に殺されちゃっている。気付いていたけど、信じたくなかった。今だって信じたくなかったけど時間切れ」
来夏の方が力は強いため、秋の両手を振り解くのは簡単だ。
ただし、秋の指が砂のように脆かったのは想定外で、来夏は目を見開く。
秋は全霊をかけて魔法を使用するために、体中から『魔』をかき集めている。末端から砂に戻っていくのは当然だ。
「秋……人形?」
「モンスターに捕まっていた時に、助けに行かなくてゴメン。その代わりに今助けるから」
「死んでいるって、嘘ですよね?」
「死んでいるさ。ついでに、この私も消えてなくなる」
秋は砂となっていく両腕で、来夏を守るために抱き込む。
「悲しむのは一度で良いからね。この私は偽者だから、気にするな」
「――ッ、待つですッ!」
周囲の柱が瞬いた。電撃の反射が始まる。
“……敵が弱い事を不満に思うのも奇妙ですので、終らせましょう”
秋は……秋を模しただけの土人形は、体を維持するためのすべての『魔』を防御魔法に変換した。
来夏は制止しようともがいたが、秋の表情を見て動きを止めてしまう。
「――岩盤、積層、土層球。ばいばい、来夏」
秋は死ぬのが怖くて両目から涙を溢れさせているのに、笑っていた。