20-3 かごの少女達
“――いや、セーフハウスに逃げ込んでも好転しない。○●公園まで来てくれ”
水晶を片手に、男は幻惑魔法の掛かり具合にほくそ笑む。
“――ああ、任せておけ”
男の足元には円形の魔法陣が描かれており、魔法が発動しているためか青白く光っていく。
「私にすべて任せておけば、安らかに永眠できるでしょう」
魔法陣の名は『異世界渡りの禁術』である。
認識できない、そもそも存在するのかさえ怪しい空間の壁を乗り越えて世界を移り渡る秘儀だ。人間族の間では絶えていたが、長寿のエルフ族には碑文が残されていた。それを解読した僧侶タークスが得たスキル名も『異世界渡りの禁術』である。
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“『異世界渡りの禁術』、多次元的に世界が存在するという証明スキル。
高次元を魔術的に解釈し、応用することが可能。
世界間移動も可能であるが、あまり未知の世界に飛び込む事は推奨されない”
“実績達成条件。
禁忌の術式を解読する”
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本来の用法は世界間移動を可能とする魔法である。異世界と魔族が実存するファンタジー世界を結び付けて、勇者パーティーは現れた。
しかし、勤勉なるタークスはもう少し汎用性の高い使用方法を編み出していた。
成層圏と空間を接続してから攻撃魔法の光の柱を作り上げ、次はもう少し低い高度の空間と接続して再び魔法を発動させる。これを続けることで、たった一人の術者だけで同時着弾攻撃を可能としたのも応用の一つだ。単発式の魔法であっても複数の魔法使いを翻弄できた。
また、スマートフォンで通話させた気にさせておく幻惑魔法も、敵陣地とドアの覗き穴程度の小ささで接続して覗き見していたから可能だった。来夏と御影の通話は、通話ボタンを押す直前からがタークスの作り上げた幻覚である。
「――二人来ますか。以前は三人同時だったため後れを取りましたが、今回は大丈夫でしょう」
まだ火傷の跡が消えていない片手をさすりつつ、タークスは雪辱をはらす機会の到来に微笑んでいる。
「雷の魔法使いは、あまり脅威ではなさそうでしたし。それよりも……どうして死人がいるのか。ゾンビにしては精巧ですが」
先日の戦闘で来夏の動きが単調だった事から、タークスは来夏の実力を低く見積もっている。彼の認識は正しく、トラウマによって近接戦闘のできない来夏ではタークスに敵わない。
だからタークスが注目したのは、来夏と共に皐月家を出た美麗な少女だ。
「あの時、仕留めたのが空蝉だったとは思えませんが、故人の人形を連れて歩く風習でもあるのでしょうか。異世界はやはり醜悪だ」
人形相手であれば問題はないだろうと、タークスは思考を中断する。代わりに来夏達を迎え入れる準備を開始した。
○●公園は山に接する広い土地を持っているだけの、目新しさのない公園である。平日の早朝でなくても人気は少ない。僅かに存在する犬を散歩させている婦人やランニング中の老人が戦闘に巻き込まれるかもしれないが、タークスの知った事ではなかった。
足元の魔法陣の青白さが増していく。
「相変わらず、勇者は大胆で人使いの荒い。敵の策に乗りながらも、一方では奇襲を仕掛けて各個撃破とは。個人的にはせっかちが過ぎると思いますが、今の所は順調ですね」
公園の端まで到着した来夏と秋は、園内を見渡してマスクの男を捜す。
「御影さんの外見ってどんな感じかな、来夏?」
「マスクを付けた怪しい男がいたらそいつ。服はたぶん黒い」
初対面でも探し易い外見的特長を持った青年なので、直ぐに見つかるものだと来夏は思っていたようだが、遠目には発見できない。
どこかに隠れているだろうと思い、広場の中央に向かって来夏は歩き始める。
……が、一歩を踏み出す直前、来夏の服を秋が掴んだ。
「どうしたの、秋?」
「この格好は目立たない?」
服装を指差しながら秋は言う。
皐月家を抜け出す前に、いつもの魔法使いの服への着替えは済ませてあった。戦闘が考慮される状況なので、装備を整えるのは当然だ。
しかし、男装の秋もそうだが、黄色の来夏は特別目立っている。
それでも現状は恥ずかしがっている場合ではない、と来夏は取り合わない。
「脱ぐ訳にもいかないです」
歩き出そうとした来夏を、秋は再び服を引いて止める。
「今度は何ですか、秋っ」
「……嫌な予感がする。引き返さないか」
明確な何かを察知した訳ではないのに、秋は公園の中に入っていくのを拒む。
秋の顔色は戦闘が始まって以来、どんどんと悪くなっている。病人というよりは、まるで死人のような青さだ。
「私は魔法が使えない。来夏を助ける事はできないからさ!」
「……私も似たようなものです。でも、それでも私は戦うです。皐月と浅子を裏切るのはもう御免ですから」
何かあったら私が助けるです、と来夏は秋の手を振り切ってしまう。
一人で立ち止まっているのも怖いのか、秋は重い足取りで来夏に付いて行くしかない。
魔法使いの格好はやはり目立っていたが、誰も近づこうとはしないため広場の中央は二人が占有してしまう。剥げた地面と雑草ばかりの広場は何も存在せず、だからこそコスプレイベントだとは思われていない。
ここまで目立っているのに、合流するはずの御影はまだ現れない。
不審に思った来夏が公園を巡ろうと広場中央から移動を開始するが……移動はできなかった。先のように秋が引きとめた訳ではない。
二人を囲むように巨大な魔法陣が地面に浮かび上がり、地中から光の柱が伸び上がったのだ。
「ッ! まさか罠ですかッ!」
魔法的現象である事は明白だった。
柱と柱の間隔は広い。天井は空が見えているため逃げるのなら今の内。こう直感した二人は地面を蹴って高く跳ぶが、敵性魔法は既に完成していた。見えない壁が二人を囲いの中から逃しはせず、脱獄に対するペナルティとして内部空間が光で満ち溢れる。
激しい耳鳴りが秋を襲い、耳を押さえてのたうつ。
来夏も同じ苦痛を味わっていたが、健気にも近場の柱を破壊しようと電撃を手の平から発射する。
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ! ……えっ」
電撃は柱に命中したのに被害を与えられず、一度逐電されてから術者である来夏に戻ってきた。
電撃を食らって吹き飛ぶ来夏を、男が笑う。
「どうですか。魔法使いを審問するための檻に囚われた気持ちは?」
長髪の僧侶タークスは、罠に掛かった魔法使いを笑うために現れた。