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19-7 勇者戦の裏で策謀する者


「御影様が勝利されましたわ」


 桂の言葉を聞くまでもなく、リリームは衰弱していく勇者の『魔』に気付いていた。予想外の事態に直面してしまい、開いた口からは何も発せられない。

 リリームは下種な勇者を嫌っていたが、力という点だけに限っては信用していたのだ。信用というよりは、太陽は東から昇って西に沈むという常識を疑う必要性がないのと同じように、勇者の戦闘力を疑っていなかっただけであるが。

 レベル三桁の勇者レオナルドとて無敗という訳ではない。先日のように形勢が悪くなれば撤退する。が、それはつまり、勇者は戦略が分かるという証明でもあったのだ。引き際を見誤るような男では勇者は務まらない。

 勇者の敗退はリリームの思惑も狂わせた。勇者が順当にアサシンを破り、続いて見張りのゲッケイを相手にしている間に逃げ出すつもりでいたのに、思惑は第一歩目でつまづいた。

 リリームの口は開いたまま閉ざされず、勇者をこき下ろす。


「姑息なアサシンごときに敗れるなど情けない。所詮は人間族か」

「……アナタの言うべき台詞ではないと思いますわ」


 かくいうリリームも、姑息なアサシンによって捕らえられている。地下室にいた頃のように厳重ではないが、リリームは今も鎖で巻かれていた。

 ただし、足枷あしかせはない。隣にいる桂さえ無視できれば逃げ出すのは可能だ。


「御影様に敗れていながら力量の差を認識できないとは、森の種族の他種族偏見は病的ですわ」

「魔女ゲッケイこそ、その口を閉じるが良い。魔族に組したお前が、今更アサシンに肩入れするのは異常だ。魔女が男を誘惑するのは当然とはいえ、少しはつつしめ」 

「わたくしはおとしめられて当然の女ですが、わたくしへのさげずみはこの世界の人々の権利であって、異世界の異種族には関係のない話です。……もうアナタを生かしておく必要はないという自覚はありまして?」


 屋上の床に座らされているリリームは、傍に立つ桂に見下ろされていた。

 リリームと桂には数度の戦闘分の因縁がある。これまで勝敗は付いていないが、今なら簡単に決着が付くだろう。


「どうせこのまま囚われているつもりはないのでしょう。アナタも魔法使いを襲った一味の一人なら、勇者と同じく抹殺されるべきですわ。アナタがどうなろうと御影様も、主様も嫌な顔はしないと思われます」


 リリームは桂が呪文を唱え始めるよりも早く行動を開始した。転がるようにして桂から距離を取り、屋上の柵にぶつかる。



「――偽造、混乱、迷い。逃がすとお思いで?」

「――ネーグセルフ《新緑》、グニセルフ《爽快》、ドニム《精神の》!」



 桂の魔法を対抗魔法で中和しながら、リリームは背中を向けたまま柵を越えていく。桂の魔法によって混乱して、屋上から地面へと落ちていっている訳ではなく、自発的な行動だ。

 前衛職もこなせる精霊剣士のレベル91なら、四、五階の高さから転落しても軽ければ打撲で済む。そういった予測込みでの投身だった。

 短い浮遊感の後、肩に衝撃を受けながらも悶絶せず、リリームは素早く立ち上がる。

 流石に顔は痛みで歪んでいたが、リリームは肩ではなくひたいに手を当てていた。桂の感覚を失わせる魔法を完全にレジストできなかったために三半規管が狂い、大地にいながら酔っているからだろう。リリームの精霊魔法は地形や季節、時間帯によって効果のブレ幅が大きく、異世界こちらでの効果は三割減といったところだった。


「あのエルフ、御影様のジャージのまま行ってしまって……」


 廃墟から隣接する山林へと逃げていくリリームを、桂は追撃しなかった。まだ追える距離であるが、桂は近場に現れた別の『魔』の気配を警戒したため、耳の長い女に構っていられなかったのである。


「――分かりましたわ。ご命令であれば、リリームは放置して帰還致します」





 体内から血と溶解した内臓を吐き続けるレオナルドを遠巻きに見たまま、俺は手を出さない。

 絶命し掛けているレオナルドを見て楽しんでいる訳ではない。止めを刺せるのであれば即時実行しているが、俺にはもう武器がないからである。それに、手負いの敵は何をしでかすか分からないから恐ろしい。慢心しながら近づいて、悪足掻わるあがきの一撃を食らいたくはないものだ。

 だが、このまま見ているだけというのも危険だろう。放置していてもレオナルドは死ぬだろうが、燃え尽きる寸前の蝋燭ろうそくの如く、最後の力で何かしでかさないとも限らない。

 どうしたものかと悩む俺をさとすかのように、しおれた声が投げ掛けられた。



「――困っておるようなら、勇者殿の身柄はこちらであずからせてもらおうかのう。アサシン殿よ?」



 老人の声は孫にしたわれる好々爺(こうこうや)のような口調でありながら、一方で、老獪ろうかいな魔物が未熟な人間をあざむこうとする声質も共存している。

 声の方角、廃墟の外へと通じる小道から歩いて現れたのは猫背でシワだらけのゴブリンだ。


「お前は……オーリン」


 天竜川の黒幕、主様の配下、オールド・ゴブリンと名乗った老モンスターは、遅い足取りでテクテクと近づいている。


「見計らったタイミングで現れて、勇者を連れ去って経験値にでもするつもりか?」

「そうじゃのう。レベル100の勇者殿であれば、今期の魔法使い狩りの失敗を帳消しにできるだけの経験値がしぼれるじゃろうて」


 オーリンの外見からは一切の脅威を感じられない。筋肉は老化によって枯れ落ちていて、ガリガリにせ細った四肢はわらのようでもろそうだ。主様の元でレベリングを行っているはずなのに、もしかするとパラメーターはレベル22の俺よりも低いかもしれない。

 外見を弱々しく偽っているだけという可能性はあるが、腰を痛そうに歩くオーリンのぎこちない挙動に不自然さはない。


「じゃが、この老体の思惑通りに事が進み過ぎてのう。こうも好条件が整ってしまうと、贄とするだけではちと勿体ないのう」


 だが、オーリンはこれまで倒してきた主様の配下の中で、最もあなどってはならない敵だと思う。

 無謀にも単身で現れたオーリン。勇者共々、この廃墟でほうむれば山積みになっていた問題が一気に片付く。このように、俺が功を焦って襲い掛かるのを予想していないはずがない。

 たった一人で現れたオーリンには、脆弱な体で敵の前に現れるだけの度胸と、罠を仕掛けられるだけの頭脳が備わっていると見なすべきだろう。


「何より、老人の務めは若者へ正しき道を示す事じゃ。勇者殿は貰っていこう」

「死に掛けの勇者とはいえ、黙って見逃すと思うか?」


 人差し指と親指で丸を作りつつ、オーリンは悪い笑みを浮かべる。勇者とは比べ物にならない。随分と異世界こちらに慣れた仕草だ。


「ロハでとは言わんよ。これはアサシン殿にとって聞き捨てられない情報じゃと思うがのう――」


 乾いた喉が痛んだかのように一旦言葉を区切り、オーリンは俺をらす。



「――アサシン殿が寵愛しておる魔法使いが、勇者殿の連れの僧侶に襲撃されておるのう。今から助けに行っても間に合わんと思うがど――」



 オーリンの言葉を聞き終わる前に、俺は駆け出していた。レオナルドをオーリンに渡してしまうのは酷く危険に感じられたが、あんな男の所有権は主張しない。経験値にしたければ勝手にすれば良い。

 携帯で来夏に連絡してみるが通じなかった。

 冷戦とか言って避けていられる状況ではないので皐月と浅子にも連絡してみるが、やはり電話は不通だった。

 皐月の実家まで人目を気にせず疾走しても二十分弱は掛かる。そんな時間的な絶望感さえ置き去りにして、俺は廃墟から走り去った。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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