19-4 鈍感なる第六感
俺が廃墟の屋上からベランダを伝い、地上に降り立ったのを合図に、戦闘は開始した。
先手はレオナルドだ。
レオナルドはメインウェポンである大剣を頭上に振り上げた後、一気に距離を詰めてくる。剣の形をしたバーベルとしか思えない大剣が、風を切る音を立てながら迫る。
力任せな戦闘スタイルはギルクと似通っている。だが、常人では持ち上げる事すら困難な超重量武器を、軽やかに振り回す技量は決して侮れない。
俺には大剣とかち合える程の硬度を持った武具がない。受け止められるだけの『力』もない。見かけ以上に長い大剣の間合いに肝を冷やしつつ、回避に専念するだけだ。
『オーク・クライ』で勇者のパラメーターに足枷を掛けているのに、剣先から拳一つ分の距離で避けるしかないというのは苦々しい。
以前と異なって、俺のパラメーターが初期値のまま上昇していないのが悪戦の主因となっている。最愛なる皐月と浅子に距離を置かれている現状では、やはり『ハーレむ』スキルは発動しないのだろう。
一度避けた大剣は、レオナルドの両腕の筋力で無理やり方向転換させられた。今度は胴体を斜め上に切り裂く軌道で凶刃が迫る。
倒れるように体を反らして、マスク一枚の距離でどうにかわす。
地力の差は歴然としていた。こんな遮蔽物のない場所からはさっさと後退するべきだろう。
「逃げるか、マスク野郎! 俺の女に手を出しておいて、逃げられると思うなよ!」
廃墟の屋内に逃げ込む俺を、挑発するまでもなくレオナルドは追走してくれた。
人目を避ける作りのフロントから、番号と室内写真が飾られていたと思われる壊れたパネルを横切り、奥へ奥へとレオナルドを誘導する。
ホテル営業をしていた廃墟の廊下は狭い。窮屈とさえ言える。
特別、図体のでかいレオナルドには狭いはずだ。肩幅だけで道が塞がってしまいそうだが、全身鎧の所為で余幅はほとんど残っていなかった。
こんな場所では、二十歳男性の平均身長よりも長い大剣を振り回せないだろう。
「大人しく死ねよなァァッ!!」
……それが分からない馬鹿なレオナルドは大剣を横に一閃して、左右の壁ごと俺の背中を馬鹿力で斬り裂こうとした。
常識外れた怪力の前では、コンクリート壁はバターと変わらない。せっかくの地の利が台無しだ。
背中に刃が届く寸前に、通路から小部屋に跳び込む。背中に一筋の痛みを感じるので、本当は刃が浅く届いていたのだろう。『オーク・クライ』で二割減したパラメーターにレオナルドが慣れてきているのか、一撃避けるごとに距離が縮まっている。
俺が一撃死するよりも早くレオナルドを倒さないと不味い。が、壁に埋まった剣を引き抜きながら小部屋に入室してくる巨躯の気配を感じた。
ガラスの割れた小窓から屋外への脱出を優先する。
「――もう少し誘導して、検証をしてからにしたかったのにさっ! 『暗躍』だ」
『暗躍』スキルを発動しながら、脱出したばかりの窓の隣に背中を密着させて息を止める。
レオナルドの体格では小さな窓枠は通り抜けられない。俺を追って外に出るのであれば、フロントまで戻って遠回りするか、壁を破壊して窓枠を大きくするかの二通りだ。
レオナルドの行動は想像するまでもなかった。窓のある壁に肩から衝突して、コンクリートの破片と共にレオナルドは外へとでてきた。
壁と俺とレオナルドが平行に並ぶ。
このタイミングを計っていた俺は、レオナルドと入れ替わりに室内へと戻る。
破片に紛れていた所為もあっただろうし、意表を突いた行動だった所為もあっただろう。
だが何より、俺は『第六感』スキルに気付かれなかったから、レオナルドの傍を通り抜ける事に成功した。
レオナルドの『第六感』スキルを上回る方法は何ぞ?
この難題の答えに至るためのヒントは既にいくつも存在した。
レオナルドとのファースト・コンタクトとなった背後からのSIGによる銃撃。レオナルド本人は俺の奇襲に気付いていなかったにも関わらず、銃弾を防いでみせた。『第六感』スキルによるオート防御が働いたのだろう。
『第六感』スキルの性能に圧倒されただけの失敗談だ。
だが、この失敗談は有益だった。銃撃する前までは『第六感』でも俺を察知できなかった、という仮説が成り立つからである。
そして、『暗躍』中の俺がレオナルドに気付かれる事なく廃墟に逃げ込めた事から、仮説は正しかったと立証される。
レオナルドは俺の姿を見失って、周辺の遮蔽物を手当たり次第破壊していていた。
結論その一。『第六感』スキルは攻撃に対してオート防御は行えるが、索敵能力そのものは低い。少なくとも『暗躍』スキルの隠匿を上回るものではない。
レオナルドが俺を見失っている間に、廊下を経由して別の小部屋に移動した。
一息つきながら、裾で見えない足首に隠してあったナイフを抜く。
ナイフはリリームが隠し持っていた武器の一つだ。銃弾をすべて撃ちつくしたSIGの代わりに装備する。
『暗器』スキルを使用せずに隠し持てる程の刃渡りしかない武器では、銃弾に耐えるレオナルドに刺さるかさえも怪しい。それに、いくら『暗躍』中だったとしても、攻撃を行えば以前と同じようにレオナルドに防がれてしまうだろう。
――だから、俺は一つ工夫を加える。
「さて……『非殺傷攻撃』発動」
短くとも凶器に違いないナイフが、『非殺傷攻撃』スキルの効果によって完全無害な物へと変質する。殺気というモノが実存するのであれば、きっと刃の先から湯気となって、大気中に霧散していったに違いないだろう。
ナイフ片手に、俺は外へと屋外に出る。そのままレオナルドの背後に接近していく。
ただでさえ非力な武器から完全に攻撃力を消し去る意味は、ある。
『第六感』スキルを過信しているレオナルドの背後はガラ空きで、不意討ちに対する警戒網が皆無だった。
頼りの『第六感』スキルは、攻撃力0のナイフを安全物と誤認して、レオナルド本人に警告を発しないどころか、オート防御さえ働かせなかった。
だから俺は、苦もなくレオナルドの背中から喉元へとナイフを伸ばす事に成功する。
「レオナルド、ご自慢の『第六感』は、俺には効かないぞ?」
鈍感なレオナルドのために、気色悪さを我慢しながら耳元で囁いてやった。