18-3 アサシンは奇襲において最強
じれったくも慎重に移動し終え、最も効果的な奇襲を行える位置に到着する。
時間は掛かったが、幸運にも校舎を睨むロバ耳女は、まだ弓を引き絞っていなかった。
もうそろそろ動くとは思われるが、その直前こそが最高の隙となるだろう。餌に集中している獣は背後が疎かになるものだ。
図らずも魔法少女を囮にしてしまっているが、俺の中ではそう珍しい事ではない。魔法少女は大事であるが、宝石箱の中で輝ける宝石はいないのだ。
SIGを抜き身の状態にして、『暗器』スキルの空きを確保している。最初の目標は、ロバ耳女の足場である杉の木だ。
もはや形骸化している制約であるが、『暗器』スキルで隠せる物体は武器に限定される。ただし、丸太ですらない自生中の木が武器に該当するかという不安はまったくない。
某ギルクにゴルフ場で投げつけられて、一台目の愛車――盗難車であるが――を大破させられた苦い経験が俺にはあった。
平らな胸の上下運動が完全停止する。ついにロバ耳女が、あてがえた矢を大きく引く。
俺は矢が放たれる直前を見計らい、『暗器』スキルを発動させた。
「『暗器』発動ッ!」
突然、空中に投げ出されてしまったロバ耳女は狼狽した。己の身に何が起きたかも分からず、まさか足場が消失しているなど想像もできなかっただろう。ともかくこの場から逃れようと足を踏み込むが、足底は空しくも空を蹴るだけに終わる。
『暗器』スキルで足場である杉の木一本丸々を隠した。翼ある鳥でもない限り、空中に投げ出された動物が重力に抗える事はない。
……いや、正確にはもう一手だけ、ロバ耳女には手段が残されているか。
「――ネイブ《蔓よ》、ダーラウグ《守れ》、トーホス《新枝の》」
ロバ耳女の呪文詠唱の結果、周辺の植物の蔓が自律稼働して集合する。落下している体を優しく受け止めようと、蔓が急激に成長している。
味方の魔法は頼もしいが、敵の使う魔法は非常識過ぎて厄介だ。
とはいえ、この程度の魔法は想定の範囲内。ロバ耳女は昨日が初戦だったというのに、手の内を俺に見せ過ぎていた。
危機を演出すれば、魔法を簡単に使ってくれると予測していたから、俺は慌てずに対処する。
「『暗器』解放ッ! 木が欲しければ返してやる!」
植物の成長よりも、一言で発動するスキルの方が早いのは当然だった。
自由落下していたロバ耳女を迎撃するのは非常に簡単で、俺の手の平から放出される杉の木の先端部が、女の腹部を突き上げる。
苦しげな声を噛み殺しながら、ロバ耳女は俺の姿を視認する。
憎悪のこもった目を向けてくるが、それ以上の事は不可能だろう。魔法の弱点については、俺も重々承知している。
魔法にはクールタイムがないので連続使用は可能だが、同時使用だけは行えない。もう無駄と化した蔓の集合は終っていないため、残り数秒は魔法攻撃の心配をしなくて良い。
地面に激突し、斜面を滑るロバ耳に追撃を仕掛ける。
これで終ってくれれば楽をできたが、そううまくはいかない。
ロバ耳女は体を跳ね飛ばされながらも空中で体勢を立て直していた。背中から地面に落ちて衝撃を体全身で受け止めていたため、落下ダメージを最小限に抑えている。
このままむざむざと、ロバ耳女を立ち上がらせたりはしない。弓を引いているが、俺の『速』はレベルの割には速い。
拳が届く距離まで一気に肉薄する。
健気にも放り捨てていなかった長弓を踏みつけて、弓を引かせない。不安定な体勢で射撃を行う寸前にまで至っていたのは見事であるが、長距離狙撃用の武器は酷く取り回しが悪い。実に不審だ。
弓ではなく、矢の方に注目して俺は納得した。
ロバ耳女が弓を構えようとしていたのはフェイントだった。本命は矢の方であり、弓に装填せず、そのまま接近した俺を突き刺そうと企てていた。矢をそのまま武器とするブレイクスルーには勝利への執念さえ感じられる。
「『暗器』発動!!」
その執念を、ワンパターンで申し訳なく思いつつも、手の平で受け止める。
突き出された矢尻を、杉の木の解放で空にしていた『暗器』スキルで奪ってやった。
「草モンスターがッ!」
ロバ耳の叫びは、ギリースーツを着たままの俺を誤認した発言だった。攻撃手段を奪われた者の腹いせだろう。
顔を付き合わせられる程の至近距離で俺達はにらみ合う。
奇襲の仕上げにSIGを美しい顔の正面に持っていき、眉間ではなく耳の方へとバレルを向け直す。
勇者レオナルドのように面の皮は厚くはないだろうが、防がれてしまってからでは遅いので、今回は攻撃する場所を変えてみた。
非力な武器しか持っていない状態でサイクロプスと対峙したなら、多くの人間は弱点としか思えない一つ目を狙うであろう。
同様に、ハンドガンしか持っていない状態でロバ耳と対戦したなら、耳を狙わないはずがない。……正確には長い耳ではなく、鼓膜の奥を狙ったのだが。
自動拳銃のスライドする部分を、ロバ耳女の特徴である長耳に押し当ててから、引き金を引く。弾の威力そのものに不信感はあったが、火薬点火時の爆発音には期待していた。
裏山で大きな破裂音が木霊す。
零距離射撃ならぬ零距離破音を受けたロバ耳女は、敏感な聴覚器官に深刻な障害を発生させる。五感の一つの不良により、ロバ耳女は甲高く叫んだ。可哀想ではあるが、弱点らしき部位を隠していない方が悪い。
そして悪いと思いつつも、駄目押しの銃底で、思いっきりこめかみ辺りの側頭部を殴りつけた。
人体急所の一つ、テンプルへのクリティカルヒットにより、完全にロバ耳女の意識を刈り取る。泡を吹きながら叫ぶのを止めて、綺麗な顔から地面へと倒れていく。
戦闘開始十秒。
終ってみれば実に呆気ない、俺の完全勝利であった。
「うわ、こいつまだナイフで斬りつけようとしていたのかよ」
意識を失って倒れているロバ耳女は、矢を失った片手を背中に回していた。獰猛な形をしているナイフを取り出そうとしている最中で気絶していた事が発覚する。
勝利できたとは言え、この戦闘民族、本当に怖い。
「とりあえず手足を縛っておくか。植物は……使わない方が無難だな。無機物限定でいくが、ガムテ持っていたかな」
暑苦しいギリースーツを脱ぎ捨て、背嚢を置いてある場所まで戻る。
ロバ耳女が気絶している間にきっちり拘束しておこうと、背嚢の口に手をつっこんで使えそうな物を探る。
ガムテープは流石に常備していなかった。その代わり、ビニール袋はあったので伸ばして巻いてひも状にしていく。
「頼りないけど、暫定ならこんなものか。後は抱えて持って帰るだけだど……その前に、まだ武器を隠し持っていないか探っておくか」
ビニールで白く細い手足を縛ってから、俺は思い付いた。
緑のワンピースの上からボディーチェックを開始する。腰や腹部、ふとももや胸部も丹念に。他に武器を隠し持っていないか次々とチェックする。
柔らかい感触を楽しんでいる訳でない。
胸は硬いし、腰には予備のナイフが一本、足首では鉄針が数本発見できたし、やっぱり胸は硬い。ピンクな気持ちは絶対になかった。