18-2 既知との遭遇
『件名:見つけたです。
本文:ラベンダーが教室にいたので説得してみるです』
来夏は順調にラベンダーと接触できたようだった。
ラベンダー案件については、当面の間来夏に一任してもらう。俺は影ながら見守るだけで、実力行使が必要になった時だけ手を貸すつもりだ。
ただ合流すれば良いと思っていたラベンダーであるが、思っていたよりも複雑そうな雰囲気が醸している。マスクのアサシンが説得するよりも、親しい人間をネゴシエーターにした方が良いのは確実。適材適所という概念だ。
他にも仕事を抱えていて、俺の手が回らない事の言い訳であるが。
俺は現在、来夏を見守るために女子学園の校舎を見渡せながら身を潜められる適地、裏山までやってきていた。川岸とは異なる植生に難儀するかもしれないな、と思いながらギリースーツを着込んだところである。
久しぶりの着心地と汗臭さを体感しつつ、湿気の少ない所が良いなと周辺を探る。
傾斜角の強い地面では、特徴のある針葉樹がそこそこの密度で育っている。空を覆う程の樹冠を形勢しているため、日光は地面にまで届いていない。その所為で地面は枯れた枝葉ばかりで雑草は少ない。
もう少し温かくなったら多くの人を困らせる花粉を放出するだろう、杉の木の林。
杉は花粉症の人達からは焼き払えと疎まれている邪魔者だ。材木としての需要も落ち、実は生態系に乏しい森しか作れない樹木でもある。
天まで高く伸びる幹が印象的であるが、あれは手入れをした後の姿だ。ここの杉は完全に放置されているため、人でも乗れそうな太い枝が生えてしまっている。
「……だからといって、本当に乗るなよな」
気まぐれに上空を確認していたのが幸いとなった。
直線十メートル先の杉に、何者かが潜伏している姿を俺は発見してしまう。
「アイツは――」
まず、無地の下着が目に入る。
隠れて見てはいるが、覗き見している訳ではない。ソイツが枝の上で片足を付いて弓を構えている所為である。暗い森では、股を開いても中身までは通常見えない。『暗視』スキルの前では暗さ補正など無力であるが。
綺麗な顔して、実にはしたないロバ耳である。なるほど、白か。
敵は昨日現れた勇者パーティーの一味、ロバ耳女で確定だろう。緑のワンピースを着た細身の女であるが、弓を引いている姿は強靭なバネそのもので、非力さはまったく感じられない。あんな凶悪な美人、何人も異世界から不法入国して欲しくない。
ロバ耳女に見つからないように近場の幹に背中を預けつつ、俺は呆れていた。昨日の今日で魔法少女の命を狙いに現れる異世界の迷惑者に対しても呆れていたが、半日置きに厄介者と遭遇してしまう己自身にも溜息を付いていた。
マスクの装着具合を確かめ直しながら、心を戦闘レベルまで高めていく。
黄金の小麦畑みたいな長髪は雑にかき分けられたまま、ロバ耳女は微動だにしないで標的を狙い続けている。
かなりの長弓だ。あれで背中を撃たれたのかと思うとぞっとしない。
痛みを思い出したのか、背筋から油のような汗が吹き出てくる。心臓か頭部に矢が直撃していたのなら、死んでいたのは間違いない。
「――弓もそうだが、あの肉体、半端ではないか」
大昔にいたと言われる女戦闘民族、アマゾネスは弓を引くのに邪魔となる乳を削り落としていた、と紙屋優太郎から聞いた事がある。外科的手術が確立されていない時代に、感染症を恐れなかった戦闘狂集団だ。そういえば、どうして優太郎は乳の話なんてしていたのだろう。
「浅子未満の女が、自然界にいるものか」
あの平らな胸部を確認する限り、ロバ耳女もアマゾネスと同じ狂気に浸っている可能性が高い。
いや……片方だけではなく、両方とも削っているとなるとアマゾネスよりも狂気の度合いは深刻だろう。下から見上げるように監視している俺の目には、弓を射る動作にまったく干渉しない、ロバ耳女の胸部が映っている。
両方削っている理由を推察する。
きっと、ロバ耳女は両手利きの可能性が高い。敵に捕らえられて右の中指を切り落とされたとしても、左の手で使って戦場に復帰できるようにという思考か。なんという戦闘狂だ。
勇者レオナルドの脅威ばかり目立っていたが、ロバ耳女の危険度を改めるべきだろう。
しかし、不思議な事にロバ耳女がたった一人でいる。周辺には、他の勇者パーティーの姿は存在しない。
そして何より、遠くばかりに意識を集中させていて、ロバ耳女が俺の存在に気付いた様子はない。
「罠……にしては回りくどいか」
一つでも懸案事項を減らしたいところであった俺に、ようやく機会が巡ってきた。
ここで、ロバ耳女を仕留めてしまえれば、多少なりとも幸先が良くなる。勇者パーティーの戦力を三分の二に削れれば、今後の戦いを優位に進められるだろう。
また、うまくいけばロバ耳女を捕虜にできる。勇者のスキルについて情報を得ようと思っていた俺には、ロバ耳女がカモに見えていた。
気配をスキルで殺して、かつ、匍匐前進で斜面を移動する。これまで培ったすべてのスニーキング技術を駆使する。ロバ耳女の背後方向から、足場となっている杉の木へと近づいていく。
俺の武器はあいからわず残弾一のSIGのみだ。長期戦は不可能なので、ここはアサシンらしく不意を突いた一撃で勝負を決めるべきだろう。
俺が奇襲する側なら、勝率は百パーセント。勝利までの方程式を組んでから戦闘を始められるのであれば、勝利をもぎ取ってみせる。