18-1 スナイパー・エルフ
色々と忙しかった前日を思い出し苦笑いしつつ、俺は本日の予定を反芻する。
来夏いわく、昨夜勧誘に失敗したラベンダーは明らかにおかしかった。風が吹いたのに桶屋が儲からなかったように、ラベンダーの言動はとても不自然だったのである。
今日もラベンダーを説得したい。
午前中なら学校にいる可能性が高いから、自分も学校に行きたい。
昨夜の終わりに、来夏はこのように希望を述べていた。本来通うべき学校に登校するだけなので、来夏の行動は咎められない。
それに、来夏の友人を思う気持ちは痛く共感できる。俺の友人も、忙しなく日本を発ってしまってとても不安だから、俺は来夏の希望を叶えようとは思う。
だが、来夏の単独行動は認められない。
来夏の戦闘力はトラウマによって半減している。スキュラから受けた仕打ちにより接近戦に酷く難がある。天竜川最弱と謳われるラベンダーと組んでようやく魔法少女一人分と見なすべきであろう。
であれば、来夏には不肖ながらアサシンの俺が付き添うしかない。
焼いていない食パンで雑に腹を満たした。本日の予定に適した荷造りを行った背嚢を背負い込み、俺は賃貸マンションを出発する。
また通学路で襲われても対処できるように、来夏とは家を出る時間をきっちりと合わせた。合流予測ポイントである交差点で、来夏の後ろ姿を発見する。ブレザー姿とは、なかなかに新鮮だ。
来夏以外にも数人、白い息を吐きながら登校している女学生がいた。
この女学生の中にラベンダーもいるのだろうか。そういえば、俺はまだラベンダーの顔を見た事がなかったような……。
俺は、関係のない女学生に迷惑を掛けないように、気配を完全に消して来夏の尾行を開始する。
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“『暗躍』、闇の中で活躍するスキル。
気配を察知されないまま行動が可能。多少派手に動いても、気にされなくなる”
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民家の壁を背にしながら来夏のサイドアップを遠目に確認し、一区画移動するごとに素早く潜伏場所を更新する。
来夏本人に尾行するとは伝えてある。女学生と大学生男が一緒に登校しては何かと目立つと思い、配慮した結果、俺は朝から魔法少女をストーキングしているのである。
見知らぬ大人が学校周辺をうろつくだけでも警察に通報される世の中だった。来夏の承諾があったとしても、無遠慮に学園の敷地を監視する訳にはいかないだろう。
それに、これが一番の障害なのだが……来夏とラベンダーの母校は女子学園だ。セキュリティレベルは共学よりも一段高いと見て、気合を入れる。
女子学園の神秘的な外観が、肉眼で確認できる距離まで近づく。
魔王城に挑む主人公になったつもりでいるのか、俺の心拍数はどんどん上昇していく。
『件名:ついてきているです?
本文:自由登校ですので、教室でラベンダーを待つ予定です。教室は北校舎一階』
来夏から携帯にメールが届く。本文を確認している間に、メールを送ってきた本人は正門から正々堂々と女子学園敷地内へと入っていった。
『件名:RE:きちんと憑いてきている
本文:了解した。裏山に潜伏する。ずっと来夏を見守つもりだが、何かあったら臨機応変に』
返事を打ち込み終えた俺は、アサシンの『速』を生かして敷地の裏側に回る。
裏手にも高い塀と植物の壁が存在したが、屋根から屋根に跳び移れるだけの健脚を持ってすれば、監視カメラの死角をついての城壁突破など造作もない。
レベル22は女子学園ダンジョンの適正レベルだったようで、俺は無事に潜入を果たした。
その四角い建物は山に隣接するように建っていた。舗装された地面ばかりが続く汚れた街の中では、比較的まともな立地である。
山の雑木林であれば、森の種族が保有するスキル、『森林博愛』の効果を発動できる。そう言った意味でも悪くない立地条件だった。
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“『森林博愛』、自然を愛する者が自然に愛されるスキル。
スキル保持者が森林地帯にいる事がスキル効果の発動条件となる。
スキル発動中は『魔』の自然回復速度が向上する。また、敵に発見されていない状態での先制攻撃が必ずクリティカルヒットとなる”
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耳が長く、容姿端麗が過ぎる女は、地表から十メートルの位置にある枝を足場にしていた。女の輪郭がくっきりしている目は、やや遠くに見える四角い校舎を睨んでいる。
ワンピースの丈は脚の動きを制限しないように短くなっているため、木の下から覗けば下着が見えてしまうだろう。が、女が気にする様子はない。周辺からは人間族の『魔』は検知されていない。そもそも、舗装した道を好む人間族が好んで森に入り込む事はない。
片膝を枝に付き、女は更に無防備な格好をさらす。先制攻撃で確実に敵を仕留めるための射撃体勢である。
美顔と耳が特徴の彼女は、エルフ族の精霊剣士だ。勇者レオナルドからはリリームと呼ばれるが、本名はもう少し長い。人間族に教えてやるつもりは皆無であったが。
リリームは勇者レオナルドに同行して、世界の壁を越えて天竜川のある地方都市へとやってきた。住み慣れた森を離れるのはエルフにとって懐古心という名の苦痛が付き纏う。好き好んで森から出てきた訳ではない。
魔族の根絶は、人間族だけでなく、エルフ族にとっても悲願である。
虫唾が走る男との共闘であっても、里の使命であればリリームは遠征任務に耐えられた。
しかし、苦痛な任務だから早く遂行したい。誕生してまだ二十年と少し。エルフとしてはまだまだ若輩のリリームがこう思ってしまっても仕方はない。
むしろリリームは、使命だからこそ早く終らせようと前向きに己を肯定してしまう。現在のように、勇者レオナルドを置いて単独行動を取ってしまうのは仕方がない事であった。
鬱陶しい長さになってきた後ろ髪をかき上げて、リリームは建物内の一角、長方形の室内を観察している。そこには数人の女学生が登校しているが、リリームがずっと見続けているのは教室内で一番凛々しい容姿の女である。
リリームが今狙っている獲物は、先日殺したはずの土魔法を扱う魔法使いだ。
この油と排ガスで汚れた世界を訪れて、勇者パーティーが最初に処分したのが土の魔法使いである。山中で交戦し、リリームは思わぬ反撃を受けたが、最終的には勇者レオナルドが背中を斬りつけて始末した。
川に落ちてしまったため死体の確認までは行えなかったが、あの状況で生き延びてはいない。こう楽観していたリリームは……昨夜、街全体を探索魔法で確認した際に顔色を変えてしまう。
殺したはずの土の魔法使いの『魔』が、検知されてしまったのである。
この事実を、リリームは勇者レオナルドには報告していない。
粗暴な癖に従者思いの勇者は、昨日の戦闘で片腕を燃やした僧侶の回復を待っている。火傷による発熱が収まるまでの数日間は、事を急がないだろうと予測された。
それに、殺したはずの魔法使いが生きていると知って、勇者が癇癪を起さないかという懸念もあった。常日頃、全身をベトベトとした目線で見られているリリームとしては、こちらの心配の方がより強かったかもしれない。
土の魔法使いの実力は把握できている。リリーム単身であっても仕留めるのは可能という判断もあり、たった一人で狩りに出掛けたのである。
整った目尻を細めて、リリームは建物内に入ってきた一人に集中する。
「――新手。雷を使う方か」
新たに検知された巨大な『魔』は、昨日の朝に急襲した三人の魔法使いの内、電撃魔法を使っていた魔法使いであると目視で確認する。
脳内で二、三検討を行った結果、リリームは雷の魔法使いを見逃す。
狩りにおいて大切な事とは、常に焦らない事である。広い街中で、雷の魔法使いが土の魔法使いと同じ場所に現れたのは偶然ではない。合流する予定があったと見なすべきだろう。
捕捉済みの土の魔法使いと合わせて狩れれば効率は良いかもしれないが、二兎を追う愚をリリームは犯さない。
「雷の方の実力は知らぬが、土の魔法使いが厄介なのは体験済みだ。初弾は土の魔法使いから変更はしない」
しばらく観察を続けて、己を釣り出す罠の可能性を完全に否定できた瞬間、リリームは矢を放つつもりでいた。
その時がいつきても良いように、弓を軽く構えながらリリームは監視を続ける。