17-8 人形のクオリアは日に日に陰る
天竜川の魔法使い危機的状況を、来夏は一通り説明し終わる。
魔王と勇者、両方から狙われている不幸を鑑みて、来夏は最後の魔法使い、ラベンダーこと上杉秋に対して合流を要請した。
「今は力を合わせるべきです。秋も一緒にきて欲しい」
「そうだね。そうだと思うよ」
戦力を集中させて難局を乗り切ろうという来夏の要請。最弱の魔法使いである秋にとっては願ってもない話である。
「だから、ごめんとしか言い様がないけどさ……断らせて欲しい」
しかし、秋は頭を下げて来夏の誘いを拒否した。
友人の思ってもみなかった反逆に、来夏は己の耳を疑う。秋にとってメリットはあってもデメリットのない話だったというのに、何に気乗りしなかったのか分からない。
「えっ? ど、どうしてです、秋??」
「私はもう魔法使いを引退したいんだ。だから、面倒事にはあまり関わりたくない」
「そんなのっ! 敵が秋の意思に配慮してくれる訳がないです。我侭言っていないで一緒にいるです」
「私みたいな足手まとい、連れて行くだけ負担になるだけさ。……来夏にはすまないと思っているけど、今日はもう帰ってくれないかい」
以前から冷めた性格をしていた秋であるが、友人に冷たく接するような人間ではなかったはずである。だから、来夏はますます混乱してしまう。
感情任せに魔法で敵を蹴るのが来夏であれば、理詰めで敵を追い込んで畳み掛けるのが秋である。
しかし、今は理屈を語っているのは来夏の方で、頑ななのは秋となっている。まったくもって不自然で、来夏は秋に詰め寄る。
「何かあったのなら、早めに言うです!」
「何もないから、安心してくれ。来夏と違って、私は誰かに襲われた訳じゃない。襲われているのなら、こうして暢気に話はできないさ」
来夏から逃げるように秋は立ち上がると、窓を開け放つ。
「さあ、もうお帰り。私なんかに構っている暇はないはずだろ?」
秋に手を引かれて、来夏は無理やり窓枠に手を掛けさせられる。
「……友人の前代未聞の危機に気付けなかった私なんか、本当の役立たずなんだから。本当に」
耳元で贖罪されてしまっては、来夏に投げ返す言葉が見つからない。
来夏はサイドアップを引かれるながらも、今晩の説得を諦めるしかなかった。
優太郎との通話を終えた直後に、来夏は民家の二階から降りてくる。
再び無事に来夏の顔を見られて幸せである。が、たった一人で舞い戻ってきた事に少々不審がる。来夏の顔が沈んでいる事からも、雲行きは酷く怪しい。
「ラベンダーはどうした?」
「……分からないです」
来夏に分からないと言われてしまうと、俺はどうしようもなくなる。もう少し話の前後を説明してもらう。
「ちゃんと説明したのに、分かって貰えなかったです。一人でいると危険だと伝えたのに、魔法使いは引退したから構うなって」
来夏から見たラベンダーは賢い子のようで、感情任せに動く事は稀なようだ。一を知って十を予測できる天才ではないが、十に至る方法は他人に諭されるまでもなく気付ける少女である。
本来であれば、現状さえ正しく伝えられれば簡単に協力は得られるはずであった。
それが今夜は駄々をこねられたようで、来夏の誘いは断られてしまったらしい。
俯く来夏の気配は重い。重力が増しているのか、サイドアップも沈んで見える。
「意味分からないです。ラベンダーはそんな女々しいところを、これまで私に見せた事はなかったのに、もう、なんですかっ!」
友人の友人らしくない行動を見せ付けられてしまった来夏は、酷く動揺しているのだ。裏切られた気持ちでさえいるのだろう。
ラベンダーの保護は優先事項である。が、来夏が取り乱していては穏便に達成できない。
命に関わる事なので無理やり連れて行く事も考えられるが、それも来夏の協力があってこそだ。感情面で不安定になっている今の来夏に友人を襲わせる訳にはいかないだろう。
「今日はもう帰ろう。ラベンダーの無事を確認できたのなら、収穫がなかった訳ではない」
一度励ましてから、俺達はラベンダーの家から離れていく。
とてもじゃないが、俺の身に起きた不幸――ついでに優太郎にも起きた不幸――を話せないな。
「――本当に、ごめん。来夏」
民家二階の窓から外を盗み見しつつ、秋はここにはいない友人に対して懺悔する。
「私の『魔』、何故か分からないけど回復しないんだ。どんどん、時間が経過するごとに減っていっている」
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“●レベル:42”
“ステータス詳細
●力:13 守:26 速:22
●魔:106/126
●運:1”
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「来夏が襲われていたなんて知らなかったから、本当なら私も一緒に戦って、皐月やアジサイに謝らないといけないんだ。……だけど、きっと私の『魔』はもう自然回復しないから、手伝いもできない。どうしてだろうね、不思議だね」
凛々しい雰囲気が似合う秋は、誰もいない時を狙って涙を零す。
「可笑しいな。私は来夏のように襲われていない。今だって元気でいるのに」
零れ落ちる涙の一滴がフローリングに落ちていく。
涙の粒は床面に触れた途端に、さらさらとした砂粒に還元されていって、どこかに消えた。
「私は本物の上杉秋だというのにさ。『魔』が回復しないなんて、まるで土人形みたいじゃないか」
秋はたった一人で、己に降り掛かっている現実に弱り果てていた。
見栄を張らずに、友人の来夏に泣きついてしまうべきだった。こう秋は後悔している。しかしそれでも、泣き付いてもどうしようもない事で友人を困らせてしまう後悔よりは随分とマシであった。
「私は勇者なんかに襲われていない。襲われていないから、誰かから助けて貰えるはずがない」
何より、この泣いている秋がただの土人形だとすれば、来夏とは友人ではないのである。
「私は、上杉秋だ」