16-5 勇者レオナルド
冬でも枯れない藪の中に潜んでいた俺の位置を正確に把握し、赤毛男は瞬きし終わるよりも早く接近する。移動と攻撃は同時に行われたため、赤毛男が藪に足を踏み入れると凶器たる大剣が振り下ろされるのはイコールの関係にあった。
一撃必殺を心得ていたとはいえ、反撃されるのを想定していなかった訳ではない。が、赤毛男の体捌きが異常だった。赤毛男が到着するまでに、伏せ状態から片足を上げる事すらできない。
頭を縦に割らんとする大剣を、うつ伏せから仰向けに半回転し、どうにか避ける。
俺を真上から覗き込んでくる赤毛男の顔は、何が楽しいのか凶悪な笑みで歪んでいた。男を覗き込んで笑ってくる気色悪さに、つい、SIGの引き金を引いてしまう。
一メートル以内の至近距離からの射撃だったのに、眉間への一撃を、首を傾げる動作だけで避けられてしまったが。
「あぶねぇっ! 見た事のないが、吹き矢とも違う。異世界の武器か」
「何者だ、お前?」
「マスクで顔を隠している奴にまず素性を問われるとは、笑えるな!」
赤毛男は地面を振り下ろしていた大剣の穂先を強引に捻り、九十度向きを変えて俺の頭部を輪切りにしようと振るう。
死に体の俺には回避する手段がない。銃撃するために両腕を天に伸ばしているのも災いしている。
大剣が即頭部に迫る。
「――許せ」
不甲斐ない俺を許してくれと懺悔するぐらいの時間しかなかった。
「――愛車。暗器解放ッ!」
伸ばした手の先から、格納していた黒い車体の大型バイクを解放する。
顔を見合わせている領域に強引に黒バイが割り込んでいき、赤毛男の攻撃動作は阻害された。『暗器』スキルで強引に逃げるだけの時間を稼いだ俺は、立ち上がりながら数歩後退する。
このまま、アサシンの長所たる『速』に依存した逃走をするべきであったが、二つの理由により断念した。
一つ目は、俺が逃げずに赤毛男に接近した事。
二つ目は、赤毛男が黒バイを蹴り飛ばして迫ってきた事。
俺が逃げなかったのは、赤毛男に強い脅威を感じ取ったからである。銃の弾を直感だけで防ぎ続けるという分かり易い異常性もそうだが、赤毛男の身からは高位レベル者特有の威圧感が垂れ流れている。
本来であれば退却後に作戦を練りたいところであるが、今は本当に何も準備できていないため、逃げ切れるかも怪しい。
ならば、多少でも隙が生じたのであれば、機会を逃さずに命を狩るべきと思考した。
俺が恐怖で動けなくなる前に決着を付けたかったという本音も強かった。だが、性急に行動したお陰で赤毛男の裏を掛けたと思われる。赤毛男が俺の逃走ルートを予測してナイフを投げつけていたからだ。
この場から背を向けて逃げていたなら、ナイフは背中のど真ん中を貫いていただろう。脇を逸れていった刃を見送りつつ、マスクの内側だけで汗をかく。
「……てめぇ、下手な魔法使いよりもしぶといじゃねぇか」
大剣を肩に担ぎ直しつつ、赤毛男は小休止のついでに俺に言葉を投げ付けてくる。
「討伐不能王は若い娘の魔法使いばかり偏愛していると聞いていたんだがな。見た目も戦い方も、お前は魔法使いらしくない。職は何だ。盗賊か? ハンターか?」
職業を明かしてやる義理はないが、会話している限り戦闘は再開されない。
これまで出遭ってきたどのモンスターよりも危機感を抱いている相手が、同じ人間であるとは皮肉だ。モンスター共の立場がないな。
「…………アサシンだ」
「あァ、それは本気で言っているのか?」
「異世界では冗談でも職業をアサシンと言えるのか。見つかっただけで処刑だと聞いていたが」
ギルクいわく、異世界においてアサシンは職がばれると同時に死刑が適用される哀れな職業と聞いている。
鎧越しでは意味はないだろうに、赤毛男は大剣を握っていない方の手で腹を抱えて笑い始めた。
「ハハッ! 異世界でアサシンなんてレア職に出会えるなんて、思っても見なかったぜ。俺も長い事旅をしているがよう、マジなアサシンに出会ったのは初めてだ。……ク、クハハ。すまん、笑っちまう」
「アサシンが職業を明かしたのに、お前は明かさないのか?」
「クソ、腹が痛い。あー、悪い悪い。そうだよな、アサシンが職を明かすなんて、ク、ハハッ。頼む、少し待て」
全身鎧をコスプレ以外の目的で着込んでいる奴など、十中八九この世界の人間ではないだろうとは思っていた。
異世界という言葉を否定せず、アサシンがツボにはまっている時点で確定的だ。
赤毛の男は主様一派と同じく異世界の住民か。
問題は、主様の新たなる配下であるかどうかであるが――。
「俺は、異世界で勇者をやっている。勇者レオナルド。あっちで魔法使いを牽制しているのは俺のパーティーの僧侶タークス。よろしくな、アサシン」
……絶句だ。
民家を荒らして財産を没収する勇者がどんな男かと思えば、こんな男だったとは納得だ。とはいえ、地球上でエンカウントしてしまっては、どんな感想を抱けば良いのか分からない。
「挨拶は済んだし、笑う程に面白かったぜ。だから返礼だ、次で始末してやろう――」
ただ一つ真実があるとすれば、勇者レオナルドは世界を股にかける迷惑者、だという事だ。
「――消えな、アサシン!」