15-5(紫) 散る花の名はラベンダー
このまま次の週末までお待たせするのが申し訳なかったので
15章の最後までアップしました。
ラベンダーの落下地点は山の麓を流れる天竜川の傍だった。
山頂から放物線を描いての下山。紐なし逆バンジーを行ったようなもので、僅かに自然回復していた『魔』を使用し、地面を泥化していなければ即死していた可能性がある。
ラベンダーは最初から勇者パーティーを倒すつもりはなかった。フォート・ゴーレムを作成した時点で山から脱出するつもりでいた。
己の土魔法の才能を駆使した作品に欠陥があった訳ではない。『城郭防御』と『自己修復』の組み合わせに落ち度はなかったのだ。ただ、作品の製作者に勇者を圧倒できるだけの技量がなかっただけである。
「技術がなくて、ごめん。置き去りにして、ごめん……」
感傷に浸っている暇はない。
勇者パーティーから完全に逃れようと、街灯のない暗い夜道をラベンダーは走る。斜め下方からは、下流と比べて大分川幅の狭い、天竜川の流水音が聞こえてくる。
「ハっ……ハっ……ハっ」
ラベンダーは軽自動車並みの速度で走り続ける。レベルが上がっても運動音痴は直らないらしく、脇腹付近に苦しさを感じながら市街地を目指す。
皐月が語っていた天竜川の黒幕と、先程襲ってきた勇者パーティーの関連性は不明のままだ。エルフ女も勇者男も魔王がどうのと喋っていたが、その魔王が天竜川の黒幕とイコールなのかさえ想像の域を出ない。
最新情報が不足気味だ。やはり、スタンドアローンなサバイバル生活は若人の肌には合わなかったのだろう。
「ハっ……ハっ……ハっ」
誰にも伝えていないテント生活でさえ居場所がバレた。こうなってはもう、卒業式を待たずに街を離れるしか方法がないだろう。
ラベンダーは春から県外の大学に進学する予定だった。逃走先を大学付近にしてしまえば、一ヶ月早く一人暮らしを始めるだけで済む。魔法使い生活が原因で、リアルな生活に支障を出したくないラベンダーとしては、この辺りが妥協点だった。
「ハっ……ハっ……ハっ……。卒業式には、このまま人形に出てもらうしかないかな。『魔』の備蓄から言って、活動期間はギリギリかな」
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“『土魔法皆伝』、土魔法に関するプロフェッショナルの証たるスキル。
土属性の真髄を理解し、実践した魔法使いに与えられるスキル。
土属性魔法の精度が向上し、威力、効果、持続時間も一割増しになる。
このスキル所持者の技量があれば、ただの土塊からも神の真似事のように人間そっくりな生命を創造可能である――所詮は真似事なので、『魔』の自然回復は行われないどころか、一定期間ごとに消費していく。また、創造物は『魔』が尽きれば元の土に戻ってしまう”
“実績達成条件。
土魔法を極める”
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実家のベッドでは、己を模した土人形が暢気に就寝しているのだろうな。ふと、そんな映像が脳裏に浮かんできたラベンダーは、奇妙な笑いを漏らして脇腹を更に痛めた。
体力不足が深刻だった。少し休憩を入れるため、ラベンダーは渡っていた天竜川の橋の欄干に手をつく。
荒く肺の空気交換を続けていると、体は安定していき、心もやや安らいでいく。
もう街明かりが見えている。今夜の窮地からは脱出できたものと見なしても良い頃合だろう。
緊張のほぐれたラベンダーは、安堵を表現したかのように、欄干に上半身を預ける。
生還に喜び、とてもほっとしていた……。
そして、そんな心の緩み以外の理由で全身の力が抜けていって、不覚にも橋の外へと落ちてい――。
「――なんだ、もう逃げるのを諦めたのか? つまらんな」
背後からかかる自尊心の権化のような男性の声は、ラベンダーに届かない。背中を一文字に抉る強烈な痛覚にかき消されてしまったからである。
思考力の大半が痛みで麻痺してしまい、ラベンダーはまともな対処もできないまま橋からずり落ちていく。
誰も止めてくれなかったので、そのまま天竜川の流れに落ちてしまう。
「あ……えっ」
痛みの侵食を受けていない心の領域は、疑問符で一杯だ。
ラベンダーは戦場から逃れたはずだった。だというのに、背中に致命傷を受けているのは何故だろう。息苦しいのはたぶん川に落ちたからなのだろうが、両腕はともかく、下半身の感覚がまったくしないから泳げない。このままでは溺れて死ぬのだろうか。それとも、背中の傷口から川へと血が大量に流れ出ているので、出血多量のショック死なのだろうか。
私はどうして、こんな最後を迎えてしまうのだろう――。
こんな疑問がラベンダーの最後の思考であった。
「たす……」
何か助けを呼ぶ声だけは反射的に発音できたかもしれないが、うまく喋られたとは思えない。水中では誰の耳にも届かないので、意味などない。
こうして、土の魔法使い、ラベンダーは結局、死ぬ恐怖や生きられない後悔を考える余裕すらなく、天竜川の水を大量に飲み込んで心臓を止めてしまった。
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“ステータスが更新されました(非表示)
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(中断)”
“実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』、最終的な悲劇の約束。
実績というよりも呪いに近い。運が悪くなる事はないが、レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“非表示化されているので『個人ステータス表示』では確認できない”
“スキル所持者が最終的な悲劇を迎える前に死亡したため、中断されました”
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「女に手を掛けるのは勿体無いと思わないか? どうせ殺すのなら、俺が楽しんでからの方が、世の中的に幸福度の平均が上がるだろ」
真新しい血と、白い髄液が滴る大剣を担ぎ上げながら、勇者男は語りかける。
勇者男の会話相手は、ようやく追いついてきた僧侶男だ。山頂でラベンダーに逃げられた後、勇者男は単身での追走を開始していたため、到着までに差があった。
『速』が100近くある勇者男にとって、体力のない魔法使いに追いつくのは簡単過ぎた様子である。
「あれ程に精巧なゴーレムを作り上げる魔法使いだったのです。残りの魔法使いの方がレベルは高いと思われるのですから、勇者と言えど自重してください」
「そうか? そんなに強くなかっただろ」
「貴方が勇者だからです!」
僧侶男の苦言が勇者男の耳の奥に届いたかは怪しい。生け捕りにして喉を潰してからなら問題はないな、と勇者男は呟いているので確実に届いていない。
「そもそも、川に落としてしまってどうするのです。死体を確認できないではないですか!」
「手応えは十分だった。ありゃ、背中の骨も切れてる。即死していなくても下半身が動かねぇから、助からないだろうよ」
現代日本の基準から大きく逸脱した格好の男二人が、街と自然の境界線である橋の上で無駄な問答を続ける。警察と出会えば必ず職質を受けるだろう。
白けた視線で、二人を遠くから見ている耳の長い女も同様だ。
「おい、リリームっ! 今日はそこそこ役立ったな」
勇者男はエルフ女の名前を呼ぶが、エルフ女は顔を背けて月を眺めるだけだ。
「無視するなって。種族を代表して異世界くんだりまで遠征しているんだろうが。人間族の代表である俺ともっと親密になっておいた方が良いんじゃねぇのか?」
「……私が森の種族の代理である事は確かだ。しかし、私は人間族と馴れ合うつもりはない」
「亜人種が、勇者に逆らうつもりか!」
煙たがられる勇者男よりも先に、僧侶男が反応して激昂しかける。が、勇者男が落ち着けと一言述べたため、僧侶男は怒るに怒れなくて奥歯を噛み締めるだけだった。
勇者男は、エルフ女に詰め寄っていく。
「そんな態度でいられると思っているのか、リリーム? 俺を怒らせたら、異世界から戻った後で、エルフの隠れ里を焼き討ちしてしまうぞ?」
「脅す前に、まず試せば良かろう。当然、我が種族の怒りも熾烈を極める。人間族と我が種族が争えば、隙を突いて魔族も参戦してくると容易に想像できるな」
「酷い惨事だよなぁ。たった一人が強情だった所為で大勢が死ぬ。勇者としては嘆かわしいぜ」
エルフ女は己よりも背の高い勇者男をキツイ目線で見上げて対抗する。
しかし、問答を続ける事自体が馬鹿らしくなったためか、背中を向けて橋から山へと去っていた。種族的に、排ガス塗れの街中よりも手付かずの森を寝床とする方が好みなのだろう。
「……気が強い女も偶には悪くない。勇者というだけで、人間族の女は抵抗しないからな」
「勇者っ! あの無礼な耳長族を野放しにはできません」
「もちろんだ。近いうちに無理やり奪う。エルフを犯すのは、花を散らすよりも簡単だからな。その分、どのタイミングで襲うかが重要だ」
肉欲的な報復を促した訳ではない、と僧侶男はやかましく勇者男を諌め始める。
勇者男の耳は馬並に念仏をスルーできるスキルがあるようで、勇者男は明日からの楽しみに心を躍らせているだけだった。
「他の魔法使いも綺麗な女なのだろうな。とはいえ、エルフのリリームには敵わないだろう。まったく、どちらを先にすべきか悩ましい」
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“『色を好む』、色欲を是とする者のスキル。
物事の優先度を決める際、性欲が重要視されるようになる。
性欲の対象となった人物は、スキル所持者と対面した際に『速』が二割減の補正を受ける。
また、スキル所持者が対象者を圧倒した際、対象者は抵抗する意欲を失い易くなる。対象者が自発的に抵抗の意思を放棄すれば、行為の快感が飛躍的に向上する”
“実績達成条件。
同意なしに複数人と性交渉を持つ”
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ふと、圧縮された悪夢に筋肉が縮こまって、少女は飛び起きる。
「――ッ!? ハァッ、ハァッ、ハァッ」
先程まで寝ていただけだというのに、長距離を走り抜けた後の如く息が荒い。
先程まで寝ていただけだというのに、背骨が斬り分かれていないかを確かめようと必死に両手で背中をさまぐってしまう。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
本当に酷い悪夢を見ていた所為で彼女は混乱していた。
彼女が寝ていたのは実家の私室であり、山頂の社ではない。温かいベッドの上で安眠していた事の証明に、彼女の服装は紫色のパジャマである。決して、維新志士染みた服装ではない。
きっと、無呼吸症候群という病気なのだろう。川で溺れて窒息死してしまったかのように肺が酸素を必要としているが、安全なベッドの上で窒息死するとすれば無呼吸症候群しかない。
周囲を見渡して、彼女は本当に己が自宅で寝ていた事を再度確認する。
小学校の頃から使っている学習机。
机の上にある彫刻刀と分厚い下敷き。
棚には紙粘土製の人形細工が多数。
見慣れた光景しか存在しないのを確かめて、彼女ことラベンダーは、ようやく心を落ち着かせる事に成功した。
「……馬鹿馬鹿しい。怠け者の私が、面倒なサバイバル生活をするはずがない。だから、その最後に背中を斬られて殺される最後もありえない」
明日、というか、時計を見ればもう今日が火曜日だ。
神経が衰弱していても、朝になったら学校に行かなければならないので、ラベンダーは毛布に隠れて無理やり寝ようと試みる。
しかし、冬の夜だというのに寝汗が酷い。
喉も妙に渇いてしまっているため、渋々とベッドから降りる。そのまま、シャワーと飲み物を求めて私室から出て行く。
……そうやって動いてしまったからだろう。ラベンダーが通っていった私室の床には、さらさらした砂が一摘み分、落ちてしまっていた。
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“●レベル:42”
“ステータス詳細
●力:13 守:26 速:22
●魔:109/126
●運:1”
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これにて(紫)編は終了です。
長らくのご寵愛、ありがとうございまいした。
次回のラベンダー(?)の不幸……、活躍にご期待ください。
ちなみに、次回はまたR15回です。