TOP
23
會津ニ十
白く花弁が、舞いおちて。
積もる花弁は、果てしなく。
私は埋もれ、もう息が止まってしまう。
デビュタントのドレスで舞う麻子に、抱き締められながら。
勉学でも薫子は、本調子を取り戻したようだ。
わたくしの本を、貪るように読んでいる。
いつかこの子と、夢を語りあえる日がくるのかもしれない。
そんな甘い想いを、うっとりとかみ締める。
「お姉さま。」
瞬くような海の煌きを背に、水着の少女が大きく手を振る。
息を切らせ、水着にタオルをかけたまま、あの子が浜辺から戻ってくる。
水着の胸に「一年A 大和」と布を縫い付けて。
あの子に軽く、手をふってやる。
別荘暮らしのようなこの施設でも、一年生は泳法の時間など設けられている。
上がり口で、はじめて水滴に気がついたかのように足が止まる。
夏の陽のしずくが首筋を伝い、煌くような生命力がほとばしる。
乾きかけた黒い水着は、少女を脱却しつつあるうつくしい線を浮き上がらせる。
愛らしい微笑と、淋しげな翳が同居する、不思議な魅力を放つ面差し。
すんなりと伸びた首は、華奢な鎖骨に繋がり、
柔らかな丸みを帯びた、胸へと流れる。
滑らかな腰から、しなやかな脚へ、わたくしが求めて止まない美が其処にある。
あの子は少しすまなそうに、身体をふきはじめる。
わたくしは少し困ったように、微笑んでさしあげる。
互いに小首を傾げて、微笑みあう。
まるで、本当の姉妹のようね。
テラスにレモネードを運ぶと、不思議そうにわたくしを眺める。
「どうか、して。」
「 あ、・・日に焼けてしまいますわ。」
「たまには、いいのではなくて。」
乾いた喉に、レモネードは甘く酸っぱく、染みわたる。
「 それにわたくしだって、一年生の頃は泳法の教練を受けていたのよ。」
淳子お姉様の軽いお饒舌りに、わたしのこころは浮き立ち、
優雅に微笑まれるお顔がみたくて、下らぬことをひたすらに話し続ける。
日差しが揺れて降りそそぐなか、籐のお椅子にゆったりと座られる。
お姉様、いまは、わたしを見て。
試験の成績は、驚くほどに上昇した。
成績表を眺め、嬉しさに口唇が綻ぶ。
淳子お姉様におみせしたら、陽子お姉様のお部屋に、お礼にうかがおう。
『 拝啓
陽子様、お久しゅうございます。
貴女様のご帰国の報に接し、日ごとお会い致したく存じておりました。
此の度、私儀
結納が整いまして、帰国する運びとあいなりました。避暑も兼ねて、葉山
の別荘にも参ります。亦、貴女様にお目もじできますれば、誠に幸甚に
存じます。
あらあらかしこ
麻子拝 』
扉で軽く音がする。
「薫子です。」
手紙を文箱にしまい、扉を開きに立ちあがる。
成績表を手に、なんども頭をさげる。
今は一人でいたくない。
「ちょうど、お菓子を送ってもらったのよ、
よろしければ、召しあがれ。」
物怖じせず椅子につくこの子、あの頃の麻子によく似ている。
今日のわたしの舌は、いうことを聞いてくれない。
今日の陽子お姉様は、いつになくよくお話になられる。
わたしの成績を、よろこんで下すっていらっしゃるのかしら。
珍しく欧州時代のことにまで、お話しがおよぶ。
焼き菓子を頬張りながら、わたしは引きずりこまれる。
「そのときは、お姉様も御正装なさったのですか。」
「ええ、白い・・・真っ白いローブ・デコルテを、仕立てたわ。」
そういう人々もいるのだなと、物語を聞くような思いで耳を傾ける。
「そういったドレスは、ご本でしか読んだことがないので・・・」
「 ご覧になりたくて?」
「・・・え。」
わたくしは何を、いってしまったのだろう。
どうしても離せない、戸棚の奥の秘密の思い出。
麻子との最初で最後の、お揃い。
ニ度と袖を通すことはない、かわいそうなわたしのドレス。
広げられたドレスは、息を呑むようなものだった。
真珠のような光沢をもつ、雪のような練絹。
ふんだんにあしらわれた、繊細なレヱス。
その間に幾つもの宝石が、まばゆいような光りを放つ。
「お召しに、なってみる?」
「え、・・そんな、わたしなんか、とても・・」
「お成績の、お祝いよ。」
あれよあれよという間に、わたしはドレスを着せられる。
姿見の前につれてゆかれる。
「寸法はちょうどよいようね。」
思ったより大きく開いた襟ぐりが、すこし恥ずかしくて目を伏せる。
あの頃の、初々しい私達が鏡の向うに甦るようだ。
この子の薔薇色の頬が、軽く上気する。
襟ぐりから覗く、白い膨らみが小さく弾んでいるのがわかる。
薄く口を開き、驚いたように映る自分を見つめている
不意にこちらに顔が向く。
「 あの、わたし・・・・」
「とても、よくお似合いだわ。」
そう、わたくしなどより、とても。
こんなに零れるような微笑などできない、わたくしより。
「そうしてね、踊るのよ、こんなふうに。」
薫子の手をとって、円舞曲のステップを教えてやる。
細い腰に手を回し、腕にかかる重みが、わたくしを過去にひきもどす。
片眉をあげて、必死についてくる薫子が、麻子にかさなる。
彼女の手をとる勇気さえなかった、わたくしが甦る。
「・・・・・殿方と 。」
わたくしは、そして亦手を離す。
「今日は、どうかしてしまったようね、
付き合わせてしまって、ごめんなさい。」
「いいえ・・いいえ。」
そして、赤みの増した頬のまま、なにか云いたげに口を結ぶ。
こういうときばかり、わたくしは察しがいい。
「淳子様に・・お見せしたいのかしら?」
「 いえっ、 わたしなど・・そんな、おこがましい、です。」
「お願いしてみては、いかが?
それまでに、円舞曲でも踊れるように練習してみましょうか。」
嬉しげにはにかんで、素直にうなずく。
あの方をどれほどお慕いしているのか、隠そうともしない瞳が胸を差す。
扉は、亦閉まる。
そして、わたくしはひとり、窓辺で頬杖をつく。
← Back Next →