22
吉屋かめ乃
淳子様は、たしかにこの娘をお好みでいらっしゃる。
凡てを踏み越えた広大な魂の輝きに、私達は魅かれずにおれない。
手にとるように解る。
「 すみません、陽子お姉様、“que”が、・・・・・・・先? 」
訊ねた上目遣いを一瞬で下へ逸らす。
気の短い私が、何度でも同じことを繰り返し教えてやりたくなる。
「そう、ここで訊かれているのは女性だから?」
「えっ・・・・と。」
片眉があがり、口唇がうすく開いた様子は必死の証拠なのだと、
最近になって学んだ。
薫子を見ていると、いつでも繕わずにはいられない自分が可笑しくなる。
御用邸よりすこし鎌倉寄りの夏の校舎で、私はますます魅了される。
苦々しく錆付いた記憶の扉が、音をたてて内部を覗かせるのを
薫子の目映さに掻き消して貰えるのだと信じているかのように。
「 淳子お姉様・・・!」
陽光の行く手が入り口の方へ移動する。
「此方の蔵書室は流石に狭いわね。」
「どうして・・・」
「持ってきた本を読み切って仕舞ったのよ。
・・・お勉強? 放課後、もう随分時が経ってよ。」
様子を、見にいらした・・。
「・・・まぁ、貴女も薫子に付き合わされて?」
「あ お姉様、あの、 御紹介致します。
此の頃、外語を見て頂いているんです。二年生の・・・」
「大空、陽子です。淳子さま。」
紫吹淳子様。とても打ち破れそうもない、鋼の微笑み。
同じ人種であることが仄めかされる。
同時に、破綻なく徹底されたこの方にわたしなど、
敵うべくもないのだと語っている。
限りなく不遜で、美しい方。
「あら、気をつけなさいと云ったでしょう、日に焼けるから、と。」
「 え 、あ・・御免なさい・・」
ただ、レースの袖から覗く薫子の細腕にほんの少し視線を寄せただけなのに、
この疎外感はなんなのだろう。
「・・・薫子さん、今日は此れで御開きに致しましょう。」
「あっ、有難う御座いました。明日・・・」
「ええ、試験ね。 いい結果をお祈りしていますわ。・・おやすみなさい。」
「 はい、 お休みなさいませ。」
あんな処に何時までも居ることはない。
教室の棟から最も離れた一人部屋に戻る。
窓辺に頬杖をつく。
夏の夜空を見上げる。
こんな時に、ふと闇が忍び寄る。
「 ・・・・・・麻子・・・。」
無闇に頭をゆさぶり、記憶を振り切ろうとする。
後悔は苦い羞恥を交えて私の中で膨れ上がり、支配する。
麻子。
私が仏蘭西にいた頃、両親同士の付き合いから一緒に育ったような子。
揃って社交界に足を踏み入れた日、私は麻子のドレス姿の美しさに眩暈を覚えた。
二度と、逢えない。
日本に発つ直前、ほんの少しだけ顔を合わせた春野男爵は
家柄は男爵の身分といえ、穏やかそうな、優しげな男だった。
婚約という制度は見事に私たちを裂いた。
私は、私の至らなさを一生呪って過ごすでしょう。
麻子は、倖せに日々を送っているのだろうか・・・。
嗚呼、やめて。
お願い、記憶を消して。
| SEO |