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                    會津ニ十








  
  
  海から吹く風が、少し強くなった。
  麦藁帽子が飛ばされぬよう、つばをそっと抑える。
  遠く水平線が、空に溶ける。

  




「それにしても、暑いことね。」
「水差しに、レモネードが入っていてよ。」
わたくしは腰も上げず、ぶんがグラスを空けるままにさせる。






  あれからお姉様は、妹のようにわたしを扱って下さる。
  わたしも本当の姉妹のように、お姉様と言葉を交わす。
  今までになかった程、おだやかに日々を過ごしている。
  時々、夜中に目がさめる。
  あの夜の、切れ切れの記憶に胸が押しつぶされて。
  あの方への、叶わない思いに心が悲鳴をあげる。






グラスを置き、おもむろに切りだす。
「お休み前の考査のお成績、あの子の、ご存知かしら。」
かなり優秀なはずではあっても、余りに色々なことがありすぎた。
薫子としては本意でないであろう、成績だったはず。
「それが、何か。」
わざわざ彼女が持ってきた話だ、水を向けてあげましょう。






  思いを無理やり振りきろうと、砂浜に足跡をつけてゆく。
  岬の先、日傘が陽をうけて光る。
  「 大空さん。」






「淳子お姉様のルームメイトとして、相応しくあらねば、
 とでも思ったのでしょうね。
 本当に、かわいらしい子だこと。」
嬉しそうに日差しをはらい、椅子に戻る
少し気を悪くしたふうに、わたくしは云ってみる。
「あなたのお好みでは、ないと思うけれど。」
「とはいえ、わたくしはあなたのことは、気に入っていてよ。」


「いい加減、本筋にはいって頂けないかしら。
 まだ、読みたい本があるのですけれど。」
肘掛に頬づえをつき、にこやかに微笑む。






  「あら、薫子さん。」
  じんわりと熱をもつ空気の中、汗ひとつかかず静かにふりむかれる。
  白いレースのドレスが、ふわりと風をはらんでゆれる。
  木綿のワンピースからひょろりと伸びる手足が、とても幼く思えた。
  こういう処が、どこかお姉様を感じさせるのかもしれない。
  「そんな格好では、日に焼けてしまうわ。
   ・・・・・・お入りなさい。」
  この方に言われると、なんとなく素直に聞いてしまう。
  特別好意ももっていないかわりに、ざらついた言葉もなく、
  ただ淡々とお話しになる。






「それ以来、お勉強に励んでいるという、うわさ。」
「まあ、それは、喜ばしいことではなくて。」




「個人教授、付きでね。」






  どうして、わたしになどお声をかけてくだすったのかしら。
  「興味がね・・・あったから。」
  遠慮がちに問うても、細く口の端をあげ、そのようにおっしゃるばかり。
  女性特有のわずらわしさを感じさせない距離感が、わたしを楽にしてくれる。
  淳子お姉様にまつわるわたしの話を、ご存じないはずはない。
  けれどもあれ以来、あの方のお名前は、出てこない。






そういえば、休みの前、部屋にもどるのはいつも十時をまわっていた。
あの子に踏みこむことに躊躇して、あえて尋ねはしなかったけれど。
「ご存知かしら、二年の大空さん。
 欧州のどこだかの大使のご令嬢とか。」
「お名前くらいは、存じ上げていてよ。」
「そのご令嬢がじきじきに、お勉強をみてあげている、そうだわよ。」



大空陽子・・・・・
目立つことはしないけれど、その出自と不思議な存在感で、
一目置かれているのは、知っている。






  確かに、此れ以上の先生はいなかった。
  幼い頃より、欧州各国をまわり、お父様は今は仏蘭西の大使でいらっしゃる。
  西欧の血が混ざっているのでは、と囁かれるほどの薄い色の髪が、
  潮風をうけ、ゆるやかに乱れる。
  整った鼻梁につながる涼しげな目は、内心をちらりとも覗かせはしない。
  






「で、なんで、そんなお話をわたくしに 。」
「 そうね、まだ、素直になっていない、
 そんなふうに見えてしまうのよ、わたくし、
 ごめんなさいね。」






  日傘の隅に、小さくなって入った。
  涼しい空気が其処だけつつんでいるような、陽子の隣に佇む。
  波間を滑るように、かもめが飛んでゆく。
  
  「かもめは、お好き?」
  「 あ・・・生き物は、みんな好き、です。」
  「かもめみたいに、こんな大地から飛び立ってしまえたら、いいのにね。」
  どこまで本気かわからない顔で、呟く。
 





薫子の笑みが、わたくしの心に、
また、さざ波を立てはじめる。









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