20
吉屋かめ乃
有らん限りの勇気を出して踏み入れた図書室には、
既に数人の姿が見える。
書架の波間を縫って、窓際の机に勉強道具を置く。
篭球倶楽部は、あれから少しして籍を抜いてしまった。
必要以上に気遣ってくださる月湖お姉様にも、
あの日食堂でわたしを遠ざけた面々にも、もう距離を取りたかった。
壁伝いにのびる朝顔が、わたしに瑞々しい生命力を分けてくれる。
このところ亦、淳子お姉様とお会いした頃のような
ふと見られる感覚が続く。
意地の悪いあの視線とは違ったものだ。
ノオトから視線をあげると、鋭い目からの無感情な視線とぶつかる。
どきり、とするのは淳子お姉様にほんの少し雰囲気が似ているから?
このままでは具合が悪いので頭だけでお辞儀をして、亦俯く。
「 大和薫子さん?」
瞳が遠い人。
わたしを見ているのに、見ていない。
「はい、・・・なにか・・」
「隣、いい?」
「え あ・・・はい」
大空陽子、と彼女は名乗った。二年生だという。
わたしの教科書に手をのばし、今こんなことやってるのね、と呟く。
「熱心ね。」
「 え?」
「放課後までお勉強」
「あぁ・・・わたし、苦手なんです外国語。
他の方と同じにしていたら全くついていけなくなっちゃって。」
「見ましょうか」
「 ? 」
「仏語の成績だけなら、今のところわたくし以上の先生はいないわよ。」
「・・・そんな、わたしなんかの為にお時間を無駄にしていた」
「淳子様に追いつきたいのではなくて?」
そうです。淳子お姉様はとても勉強家でらして、
いつも何か難しいことに思いを馳せてらっしゃる。
そんなお姉様が眩しくて、遠くて。
けれど
「・・・・どうして」
「あなたを見ていれば、解る。」
轟学園では毎年七月をむかえると
学園が葉山に保有する施設で、避暑を兼ねた臨海学校を催す。
海水浴のお客の開けっ放しの水着からは目を逸らし、
わたくしの時間は部屋での読書に費やされるのだから
結局学園となんら変わりは無い。
こちらでも、一昨年、昨年の一人部屋ではなく
薫子との二人部屋を用意させた。
薫子は思いの外、機嫌がいい。
いえ、機嫌がいいのはあの子には珍しいことではないわね。
表面上のそれではなくて、こころから晴れやかな様子なのだ。
そんな薫子を見るのは久方ぶりで、
わたくしは日に焼けるのを案じながら外へ送り出す。
けれど、わたくしの読む本の種類といえば何も変わらない。
変わらず、凪のように重苦しく佇むまま。
「淳子おねえさま 」
潮の薫りが流れ込む。
「うつくしい貝があって、あの、 はい。」
小さな小さな桃色の櫻貝。
薫子が広げた手の平から、海辺の陽が漂う。
微笑んで受け取ると、嬉しそうに微笑を堪えるような顔をして
もう一度海岸へ行ってきます、と、
つばの広い麦わらを掴んで白鷺のように出て行った。
ノックが響く。曇硝子にシルエットが透ける。
「どうぞ。」
「今ならお一人だと思ってね。」
ぶんが薫子の椅子をひっぱって腰掛ける。
あれからわたくしたちは、時たまこうして歓談に興じる。
内心には直接ふれず語り合う。
「悠子先生を放っておいていいのかしら?」
「 ええ、淳子さんにはまだ知らないお話を持ってきたのよ。」
「どんな筋なの。愉しみね。」
「ふふ。あなたの可愛いあの子だけど、 」
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