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吉屋かめ乃
「 もう大丈夫ね。」
「有難う御座います、先生。」
「いいよ。ちょっと吃驚したけれどね。」
保険医のようか先生。
寛容なのか無関心なのかは解らないが、
生徒にとってはある面、非常に信頼できる方。
白衣を靡かせて廊下を歩く長身の先生を慕う者は只でさえ多く、
ようか先生の赴任後、医務室は仮病ともつかぬ勝手やまいの患者で
常にいっぱいであった。
けれど、今日ばかりはそんなものに構って戴いては困る。
「先生、お姉様、・・・わたくしまで卒倒してしまうなんて
本当にご迷惑をおかけして・・・。」
薫子の隣の寝台に横たわり、ひかるが点滴を受けている。
雨は深夜になって漸く小降りとなり、
繋がれた輸血パックの大体が薫子へと吸収された頃
医務室にも朝焼けの赫が差した。
「 薫子ちゃん・・・ 」
「つき こおねえさ、ま ・・・ひ かる・・ ?」
ひかるの腕から針を抜き、アルコール綿を押し当てたようか先生は、
大きな身体を更に大きく伸ばし、
盛大な欠伸をひとつ、こぼした。
「じゃ、わたし今から寝るから。なにかあったら呼んで頂戴ね。」
「本当に有難う御座いました。」
事態を把握しきれないのは何も薫子だけじゃない。
月湖はあれから、何処か腑に落ちない気分のままで居た。
薫子という子は、他の生徒に謂れの無いことを嘯かれても
すこし哀しい瞳をして、自らの中では決着をつけて
日々を乗り切ることの出来る質だと思っていた。
食堂での悲惨な一件を思っても、それで単純に命を絶つ子ではないと思うのだ。
考えたくもない、けれど・・・・・・もし、 もし張り紙に書かれていたことが
事実だとしたら・・・?
「月湖お姉様・・・わたし・・」
「うん。もう大丈夫だからね・・
心配掛けなんだから、この子は。」
死ねなかったの。
「淳子、おね・・」
「部屋。あれもしばらく薫子ちゃんから離しておいた方がいいと思って。
大変だったのよ、『さわらないで、つれてかないで』って。
まったく、わたくしが取って喰うとでも思うのかしらねぇ。」
「 うそです・・・ 」
「薫子さん! 月湖お姉様がこちらまで運んでくだすったのよ、そ・・」
「ひかるちゃん、いいから。」
ひかるが起き上がり、
薫子の枕元の、月湖の隣に腰掛ける。
月湖から手渡されたグラスの水を薫子はすこしずつ飲み下す。
まだぼうっとはしているものの、眠りの世界からは完全に脱却した様だ。
「・・・薫子ちゃん、訊いていい?
その・・・ わたしは、
わたしの親友を・・・きっと、問い詰められないと思うの。」
瞬間、薫子の瞳が言葉を溢れさせる。
しっかりと月湖の目を見据えて、理解したことを間違いなく語る。
「淳子が・・・その、人の道を外れたら、というか・・・・
わたしは、間違いなく彼女を止める。
私たちは今こうしていても、
いずれ何かしらの縁のあった男性と想い合うようになる。
それは淳子も、解っている筈」
ひかるの悲壮な表情を見ないようにして、月湖は語りかける。
「 わたし は、・・・淳子お姉様が好き、です。」
「それは、淳子も薫子ちゃんを、・・・好きだと思うわ。」
「淳子お姉様が、たとえわたしをお厭いでも。
人の道というものが理解できないのでもありません。
ただ・・・好きだから、触れていただきたいと思っただけなんです。」
ひかるが俯く。
月湖は、辛抱強く答えを引き出す努力をする。
「あの、張り紙は・・・」
「・・はい
ただお姉様の名誉のために、あれは凡て・・わたくしがいけなかったのです。」
「もし薫子ちゃんが死んだら、余計に名誉に悪いわよ?」
「あ、・・はい 」
「将来のこと、御国のこと、まだ一年生だから考えられないかもしれないけれど
これからはきちんと考えてゆかねばならない。
だからね、淳子のこともだけれど――――――――」
月湖お姉様は立派な方だわ。
わたしには、人の道を理解できないではないのです。
ただそれが、さも大事には思えない。
ただ、汚らわしいと淳子お姉様に嫌われるのが恐ろしいだけ。
一度は死を決意した人に「将来」を説く。
月湖お姉さまは好きだ。
けれど、月湖お姉様も、お母様とおんなじ質。
生き返りました、などと部屋に戻ったりできない。
もしかしたら凄いことを云ったかもしれない。
頭の芯がずしんと重い。
これから、どうしたらいいの
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