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                          會津ニ十








わたくしのあの子が横たわる。



稲妻に浮き上がる、壊れた人形の様に。
仄白い光の中、赤い芥子に埋まって。




明滅する部屋を、泳ぐように寝台に足を引きずる。
すんなりと伸びた脚は、飛ぶことを忘れたかのように固まり。
剥き出された腕は、羽ばたく力もなく投げ出される。
死出の装いのような白いスリップが、痛ましい程に華奢な線を浮き上がらせる。


雷鳴と雨音がわたくしのなかで木霊のように渦を巻き、
わたくしを只、打ちすえる。
色をなくした口唇は、あの日のように小さく開き。
折れそうに細い鎖骨は、あの日よりもなお浮き上がり。
レースに包まれた膨らみは、あの日の柔らかさを失ってしまった。


                  
わたくしを包んだ手は、鮮やかに彩られ。
伝う血は、白い下着に痕を残す。
裾からのぞく脚にまで、擦りつけたように赤い痕跡は広がり、
乾きかけたかさぶたの様に、そこここにへばりつく。


濡れて頬に張りついた、絹糸のような髪を爪ではじく。
雨に冷え切った縺れた髪を、指で梳く。
いとおしいばかりの黒い瞳は、瞼に固く閉ざされたまま。


漆黒の睫に、まだ涙が溜まっている。
整った鼻梁が、不吉な影を作り。
蒼白い頬に、幾つもの筋が流れる。
血に染まるシーツの間、銀のペーパーナイフが鈍く光る。







あなたが勝手にわたくしのものに触れたのは、初めて、
そんなつまらぬことばかりが、頭を回る。







「 淳子・・っ、 離して。」
手首をぶんに掴まれる。
いつのまに、こんなに強くナイフを握り締めていたのかしら、
私の血があの子の乾いた血の上に、重なる。
手早く月湖が脈をみる。



だめ、あの子に、
さわらないで。



「まだ、脈は大丈夫。医務室へ連れていくわ。」
ひかるの差しだす毛布で、あの子を包み抱き上げる。
「ひかるちゃん、ようか先生にすぐ来てくださるようお願いして。
 くれぐれも、ご内密にって。」
わたくしを支えてぶんがてきぱきと指示を出す。



だめ、あの子を
つれていかないで。











そして、目まぐるしくねじ曲がった夜が過ぎてゆく。



月湖が医務室に担ぎ込み。
薫子は大事に至らず。
ひかるは疲労で倒れ。
ぶんはあの方の処に後始末に走る。







そして、記憶が剥がれ落ちてしまったようなわたくしは、
窓辺でまた、ペーパーナイフを眺めている。
仏蘭西窓にあたる雨が、いつしか滲むように柔らかくなり、
闇が世界を覆っていく。








「うつくしいお顔が、台無しよ。」
扉にいつのまにか、ぶんが立っていた。
結構なこと。
こんな顔がどうなろうと、あの子が流した血を贖うことなどできはしない。


「ちょっと失礼するわ。」
そう云って戸棚の奥を探り、葡萄酒を見つける。
勝手にグラスを出して、二人分注ぐ。
「仕舞うところは、同じようなもの、ね。」
こちらをお構いなしに、グラスを空ける。
「あなたも、お飲みになったら。
 もう心配することは何もない、でしょう。」


引きつったように口角があがる。
「 ご 面倒かけたわね、ありがとう  」


グラスを持ったまま、嬉しそうに喉で笑う。
「淳子さんにそう仰って頂けて、光栄の至りですこと。」
つられてわたくしも、苦く笑う。
「わたくしはいつも考えが及ばないって、云われてしまうけれど。
 上等過ぎる頭も、時には考えものね。」
更に一杯、美味しそうに飲む。
「そろそろ、素直になってもよろしい頃合かもしれなくてよ。」
思わず顔を上げる。
「たまには、気がつくこともあるのよ、わたくしだって。」
グラスを置いて立ち上がる。


「ごきげんよう。」







六月の空気はいまだ冷え冷えと、幾重にもわたくしを包む。
目を凝らす部屋に、机に、寝台に、薫子の吐息が絡まっているようで、
グラスを、亦満たす。











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