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                          吉屋かめ乃




雨模様に薄暗く沈む部屋の扉を、後ろ手にとじる。

あ、床に水滴が落ちたら亦お姉様にご迷惑が掛かる。

姿勢を屈め、手近にあった布をとって落ちた水滴を含ませる。
そうしている間にも、また直ぐにぽとぽとと薫子の身体から雨水がおちる。


駄目ね、わたしが全身びしょ濡れなのだわ・・・。
お姉様はどちらへいらっしたのでしょう。
もう、わたくしの顔も見たくない、のかも、しれない。

雷鳴が低く唸る。


洗面室へ駆け込み、制服を脱ぐ。
スリップ一枚の姿を鏡に見つける。
胸のレースが愛らしい、お母様から拾五の誕生祝に戴いた贈り物。
お母様、お母様にはもう逢えない!
こんなに穢れた娘を、お母様はきつと赦してはくださらないでしょう。
他の誰に完璧に清い微笑みを向けられても、
お母様にだけは、出来ない。
それはわたしが、お母様を良く知って居るから。
お母様は、間違いなくわたくしを心から愛してくだすっている。
けれど、きつと幾ら時に任せても、御自分の娘を赦すことができない方なのです。
わたくしはお母様の娘のくせに、捕われなさ過ぎるきらいがあったから・・・。


残った水滴は木目に染み込んで仕舞った。
部屋を見渡す。
雷光が差し、淳子お姉様のお机の上になにかが光る。

うつくしい銀細工のペーパーナイフ。
よくお姉様が、下級生からのものであろうお手紙の封を切るのに使われていた。
細身のそれを、指先で摘む。
目の前に揺らし、水晶体に銀の反射光を直接とおすと、
何も怖いとは思わなくなった。
今度はしっかりと柄を握り、左手首を見据える。
嗚呼、駄目ね。こんな処で切っては血がお机を汚して仕舞う。
自らの寝台に上がり、窓を向いて正座する。








寒さと畏れに、手綱を持つ手に力が入る。
そのまま飛び出したというのだから金銭を持っている筈もない。
どこへ行ったの
あなたが帰れるのは、わたくしの処だけ。
あなたのために、わたくしの全てを広げて用意しているというのに。
あなたのためならば、動かぬものも動かすことが出来るのよ。






拍子を刻んで血管がぷくりと上下する。
その中心に刃をあて、思い切って、引く。
血液が流れ出し腕をつたうが、ペーパーナイフの刃など所詮は鈍く
破れたのはほんの数ミリの皮膚だけだった。
でも、此れがいい。

御免なさいお姉様、此れを、わたくしにください。


窓を見上げ、ひとつ息を吐いてから
再度ぐっと力をこめて押しひく。
なんだか下らない事ばかり浮かぶ。
お父様、お母様。
淳子お姉様・・・・・・御免なさい。
鮮血が噴出し、白いスリップとシーツを染める。
腿に散った生ぬるい花弁を手の平で拭おうと撫でるが、
只のばされた上に、亦新しい花弁が降りつむ。
あつかましくて、ご迷惑ばかりお掛けして、酷いルームメイトで
それでもわたし、淳子おねえさまが ・・・すき 。






「淳子、だめよ見つからない。」
「…… 御免なさいね、選挙の、大事な時に 」
「何言ってるの。」
善く走ってくれました。
荒い息を吐く馬を別当に引き渡す。

「淳子お姉様・・・」
ひかるがハンカチを差し出す。

「有難う・・・でも其れ、月湖にお渡しなさい。
 あなたまで濡れさせてしまったわね 」
「いいってば。一度部屋に戻ったらどう?
 もしかすると、帰ってるかもしれないでしょう。」
部屋に帰っている?
考えもつかなかった。
あんなにも、薫子の帰る場所はわたくしであって欲しいと望みながら。




既に拾九時をまわっている。
食堂の前を通り過ぎる、雨に降られたままの淳子と月湖に
その場に居たすべての生徒が事の重大さを覚る。
かしげはどこかへ隠れたのだろう、おそらくは淳子を目にすることを畏れて。






淳子が扉をひらく。




「淳子?」




どうして


「・・・かおるこさんっ!!!!」




どうしてわたくしはいつも、
一番欲しいものだけを 拾い落としてしまうのでしょう。














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