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                            會津ニ十





食堂は昼食どころではなくなっていた。
張り紙を面白そうに差す、白い指先。
耳打ちして笑いあう、赤い唇。
淳子に憧れていた少女達の怒る声やすすり泣きが混ざりあう。




「いいかげんになさい!」
月湖の声が響き渡る。
静まりかえった食堂をゆっくりと眺め、張られた紙に言葉をなくす。

「公共の場を利用するときは、生徒会の許可が必要、ご存知よね。」
月湖の後ろから、歩み出たぶんがかしげを睨む。
「見苦しいわ、さっさと片付けた方がよろしくてよ。」
いつもの柔らかい口調とは別人のようなそれに、
目が覚めた少女達が、壁に群がる。





「とんでもない事になったものね。」


ひかるのいれたココアにやっと興奮を収め、月湖が呟く。
「どうせかしげの嫉妬でしょうけど、本当に馬鹿なことをしてくれたわ。」
泣き出しそうな顔で、ひかるが下を向く。
「 わたくし、なんにも出来ませんでした、
 ・・・・・朝からずっと薫子さんを見ていたのに・・・・」
ひかるの目から涙がこぼれた。
「昔から、なに考えているのか分からないとは思っていたけれど、
 で、今日はお休みですって、全くもうっ。」
興奮が戻ってきたのか、また口調が荒くなる。
「なんにしても、これを収めるのは・・・ぁあ、ぶん、聞いてるのっ。」

ココアから口を離し、考え込むようにぶんが口を開く。
「まぁ、私たちが黙殺すればすむことでしょう。」
あっけにとられたように、月湖とひかるがぶんを見る。
「ああ、学園側は大丈夫、騒ぎにはならなくてよ、多分。」
そう言って、ぶんは微笑んだ。







全く、なんということになってしまたのだろう。
雨足が徐々に強まる中、淳子は傘すら持たず、学園への道を急ぐ。
呼びに来たひかるの話は、どうにも要領を得ない、
仕方ない、生徒会室へ足を向ける。





「で、あの子はどこなの。」


薄くしずくを滴らせ、それでもあくまで優雅に口の端を上げて月湖に尋ねる。
「それがねぇ、あれから飛び出したみたいで・・・・・
 それより、一体どういうこと、」
説明する気など、元より無い。


微笑みながら、小刻みに震える指にぶんだけが気がつく。

あなたのやったことは、許せない。
許せないけれど、理解はできてしまう。
わたしはそんなに、上等にはできていないけれども。
「別当に、馬を出させましょう。
 飛び出していったあの子を、門番が見たらしいわ。」








雨に煙る林を、さまよい歩いた。
身の置き処をさがすように、ただひたすら逃げつづける。
雨が髪にかかり、襟足をつたう。
跳ねる泥が足に、まとわりつく。
耳の奥で血が、ごうごうと響く。
頭の中で、なにかが破裂してしまった。
幾条となく伝う雨も、身体を冷ましてくれはしなかった。


擦りきれた記憶が、頭の中に寄せてはかえす。
あの方の華奢な指が、うなじを静かになぞり。
あの方の艶やかな口唇が、口唇を甘く包み。
こすれあう舌の感触まで、甦る。
あの方の柔らかな胸に、優しく包まれ。
あの方の滑らかな掌が、腿をすべり。
そして、記憶が途絶える。


溢れる涙は雨と混ざり、そして身体中を伝い落ちる。
拭うことなど考えもつかず、また足を踏み出す。
濡れそぼった身体を固く抱き締めて、天を仰ぐ。
  
 


   淳子  おねえさま






帰る処など、既に無い。
帰れない、あの部屋しか。












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