ヤマハ2ストビーノの新品
タイヤの髭をニッパーで
前後輪とも全部カットし
た。
タイヤ生成の時の射出で
できる髭だ。
所ジョージさんは「カッコ
悪いから身だしなみとして
全部カットする」と言って
いたが、私はやや趣旨が違
う。
髭は走っているとやがて路
面に擦れて脱落する。
でもそれはゴミだ。消しゴ
ムのカスのような。
路上に一つもゴミを残した
くないという気持ちがある
ので、私はタイヤの髭はカ
ットする。
前後だと膨大な数になる。
かなり時間がかかる。
そして、ついでに路面とは
接地しないサイドウォール
部の髭もカットする。
これは所さんと同じ意味で
やる。
本日、さらに前後タイヤと
もまだナラシ走行でも皮剥
きができていないサイドエ
ンドエッヂ付近をパーツク
リーナーで新品出荷保管用
樹脂コーティングを剥がし
た。
パーツクリーナーをメンテ
ペーパータオルにたっぷり
染み込ませて強く拭ってい
く。
最初はコートが溶けて取れ
てヌルヌルと滑るが、やが
てコーティングが取れると
キュッキュとなって滑らな
くなる。
本来は走行での皮剥きが最
適なのだが、このコーティ
ング剥がしを丁寧にやるか
やらないかだけで、かなり
グリップ力に差が出る。
車体をこする程のペタ寝か
しまでやるには、走行によ
る皮剥きが最適だが、皮剥
きと称されるものは内実は
コーティング剥がしとタイ
ヤの「揉み」によるナラシ
であるので、ケミカルによ
る表面コーティングを除去
するのもかなりタイヤのグ
リップ力発揮に有効だ。
ただし、やはり、走行によ
るナラシは必要。外圧によ
りタイヤのゴムを変形させ
て揉んでやる必要があるか
らだ。
長期間放置タイヤが著しく
グリップ力が下がるのは、
タイヤの硬さによるもので
はなく、タイヤのゴムの弾
性が低下して路面にタイヤ
が食いつかなくなるからだ。
業界用語でその状態を「風
邪をひいたタイヤ」と呼ん
でいる。
中古タイヤなどは新品でコー
ス等をほんの何回か走った
物は公道用に卸して二次的
に使えるが、ホイールから
外して長期保存の物は危険
なので使わないほうがよい。
ゴムの弾性が劣化している
事もあるからだ。
かといって、新品タイヤは
絶対に皮剥きと揉みナラシ
が必要で、その段階を経て
タイヤの「旬」が到来する。
二輪のタイヤの旬は、結構
短い。
初物がいいのは江戸っ子に
とっての初鰹くらいなもん
で、タイヤは新品そのまま
では全開や深傾斜旋回走行
はできない。皮剥きと揉み
均しが必要なのだ。
それゆえ、コースを走って
すぐにポイ(これ、実に多い)
のほぼ新品タイヤ(ほんの2
時間程度使用)を縁故あれば
入手して公道用ロードモデ
ルに履かせるというのは大
いにある手だし、1980年代
にはそれが峠マンたちの間
で流行っていた。
そして旬の期間を楽しんだ
ら、即廃棄して新たにまた
タイヤを入手する。
スリックタイヤ以外のスポ
ーツタイヤでは使える手法
だが、最近、そういうかな
り実質的に有効なリサイク
ルをする二輪乗りはあまり
見ない。
新品タイヤこそが全方位的
に良い、とする固着固定観
念に囚われ過ぎているよう
だ。
やりすぎる人だとですね~、
1980年代~90年代初期には、
サーキットでも、パドック
に捨ててある使用済みタイ
ヤを貰って来て、それをF3
レーサー(NSR)に履かせて
全日本や地方選手権で優勝
したりしている人もいた(笑
本当に優勝してたり、常に
上位入賞だったのだからオ
ドロキなのよ。
あれは何だろう?とよくよ
く吟味してみると、あれは
「旬つまみ」てやつだよね。
旬物の美味しい所だけ逃さ
ずに箸先でつついてちゃっ
ちゃと食べる、みたいな。
日本トップのノービスレー
シングライダー、抜け目無
かったよ~。
おら、おどれーた。
ちなみに、本年鈴鹿8時間
耐久に出場するうちのMC
の綿貫マイク選手も、普段
の街乗りバイクのタイヤは
それをやっている。
マイクのお姉さんのバイク
もそれ。コース使用の中古
タイヤを公道車に履かせて
いる。
最初、目の前で見た時、懐
かしいことやってるなぁ、
今でも一部にはいるんだ、
こういうことやる人、とか
思った。古くから行われて
いたハイグリップスポーツ
タイヤの有効リサイクル利
用は、今の時代でも廃れて
いないのかぁ、と多少感慨
深いものがあった。
今の時代、「何が何でも新
品でないと駄目」という人
が多すぎる。タイヤだけで
なく、他の物品でも。
たぶん、音楽とかやらない
人たちだろうなぁ。
ギターとかバイオリンやチ
ェロ等は新品よりも引き込
まれた高品質な中古の個体
のほうがいいに決まってる
のに。理由は楽器は音が勝
負だからだ。特にアコース
ティックの弦楽器などは、
元々の良質性は絶え間ない
振動を与える事により音が
育ち、良音性が増幅する。
それと「日本刀などには全
く興味が無い人たちなのだ
ろうなぁ」とも思う。
日本刀は古ければ古い程良
質である、という一つの揺
るぎない定理が存在する。
鐵そのものが全く後代と異
なる。平安末期の古備前や
鎌倉期の京都粟田口などは
最高峰の鐵味を見せている。
現代では再現不能。
新品の刀などは、特例的な
作品を除いて、質性も美術
的価値も低すぎる。
「新品=最良」ではない物
の代表例が弦楽器と日本刀
だろう。
オートバイのタイヤもそう。
高級品の新品を俺は着けて
るのだぞよ、というような
ステイタスなどというくだ
らぬものが勝負所ではない。
でも、ここ近年はドカンチ
さんが多過ぎてね、世の中
は。
最高のタイヤは「ナラシを
終えたタイヤ」と「まだ旬
の季節の中にあるタイヤ」
なんだよね。
ド新品がいいわきゃない。
あともう一つ、近年二輪走
行技量の著しい低下という
社会現象と共に不思議な事
がある。
それは、タイヤの真ん中だ
けしか減っていない人たち
が、タイヤを有効的に面圧
をかけてサイドエッヂの際
まで使っている人たちを逆
に非難しているという現象
だ。
曰く「タイヤマウント」と
か称して。
見ると、タイヤの端のほう
はコーティングさえ残った
ままで、見るからにカッチ
カチ。
いくらデュアル構造でセン
ター部を硬く、両サイド部
をハイグリップゴムという
メーカーが英知を注いだタ
イヤを履かせても全く意味
がない。タイヤを有効に使
っていないのだから。ただ
単に俺は高級高額ハイグリ
ップタイヤを履かせている
のだぞ、という点のみで心
の安寧を得て。
それだけならまだしも、タ
イヤをまんべんなく綺麗に
使っている人たちを逆に批
判したり非難したりする。
本末転倒のすっとこどっこ
いここに極めり、てやつな
んだよなぁ。
真ん中より横が新品の時の
ままでコーティングも剥が
していないと、タイヤはカ
チカチだよ。いくら車体立
てのみで走っていても。
熱伝導でサイド部まで加熱
はされるにせよ、基本的に
原理としてはサイドがカチ
カチになる。そこのエリア
でのグリップを得る事を運
転方法で捨象し切ってるか
ら。
なおさらそれでバンク旋回
させようとしたら危ないよ
な。
ほんと、あぶねだよ、その
タイヤ。
でも気づかない。
気づかないだけなら社会に
害は無いが、タイヤをまん
べんなく綺麗に有効利用し
ている乗り手の人たちを非
難する。
さらには「タイヤはサイド
まで使う必要は無い」とま
で言い始める。最近多いネ
ットで二輪オーソリティー
ぶった連中が。
タイヤをどこまで使おうが
本人の自由だが、物理的な
現象、特性というものは人
の情念とはまったく関係の
ない次元の問題として存在
していることに頭が回らな
い。
サイド部分をカチコチにさ
せてしまう二輪の乗り方は
良い要素が無い。これは物
理的な現象面として。
黙ってればいいのに、タイ
ヤを綺麗に全域使う人の事
を的外れな視点で非難する
のは、とてつもなくカッコ
悪い。
ロードモデルの二輪のタイ
ヤは面圧をかける正しい操
縦走行をしていれば、深く
バンクさせなくとも自然と
サイドエッヂ付近まで潰れ
てすり減る。
むしろタイヤの端まで使お
うとして車体を寝かせ過ぎ
るのは極めて危険だ。それ
また不適正な乗り方なのだ。
タイヤは潰して揉んで使う
物だ。
「見えてない人」がとんで
もなく現代は増えすぎてい
て、私はそれに驚いている。
マッチをすれない、刃物で
鉛筆を削れない、と同様で
脳の働きが上手くいかない
のだろうなぁと感じる。
円周率3で育った世代あたり
から。