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                        吉屋かめ乃




「 戻りました」
「あら、・・・今日は少し、早いのね」
「あかねが、何か急いでいたようで。」


自由にお使いなさい、と云ったのに
毎度律儀に同じグラスだけを取り出す。
あなたは夕食を終えて部屋に入ると
水差しの水を少しだけ含んで一日の喧騒を脱ぎ、この部屋の住人に帰る。
わたくしの賭けは、初めっから、平等なものではなかった。

愛らしい口唇をしめらせ、液体が薫子にしみ込んでゆくのを
恍惚の思いでじっと、見とどける。
せめての罪滅ぼしのつもりかもしれない。
白い咽喉が小さく上下する。

塩酸メチルフェニデート。精神賦活剤という名前の、マイルドな覚醒剤。
嗚呼、もう、これであなたはあなたでない、別の人格となるのです。







なんだか、口の中が渇く。
今度は心持ち多めに注ぎ、勢い良く飲み下す。

亦、渇く。
もう少し、と水差しを傾ける。


最近はみな、限りなく普通に振舞ってくれる。
どうしてだろう、そんなことがこれほどに嬉しいなんて。
・・・・・・なんだか今日は、とても・・気分がよいわ。
ええまったく、踊りだしたいくらい!





「・・・あ   お姉、様  わたくし 」



声が顫えていることくらい、自分でもわかります。
けれど、今はそれどころじゃあないの。
なにしろ、わたしのことを、今ならお伝え出来そうなのだもの。



「なぁに?」

たっぷりと微笑んで、薫子を迎えてやる。
既に小刻みに震えだした可憐な指先が、わたくしの頬にふれる。
そのまま、絡みつく。
ふわりと甘やかな匂いが薫り、棲みつく。


「 ん、 っふ  は ・・ ふ おね、えさま、
 わたくしを、叱らないでく、 だ…さる? 」
「それは、場合によるわ。 」
「・・・嫌わ、な いで  くださ る? 」
「・・・・・ええ」


わたくしたちは微笑みあう。
そうして手を引いて、底なしの地獄を訪ねにゆく。
誰に否定されたとしても、それでもわたくしは
あなたを、 愛しているのよ。


「今日は、とって も   ・・っ お喋りな、 きぶん なのです、わ。」
飽くまで愉しげな笑い声交じりに紡がれてゆく言葉。

さぁ、あなたの望みはなあに?

呼吸までが融け合う距離で、
震える口唇をいとおしく、伸ばした舌でなぞる。
セーラーカラーの縁をたどり、やわらかな項をしっとりと撫で上げる。
もうずっと、その感触を思い描いてきたのだけれど
わたくしの思考などまるで及ばない繊巧に美しい質感が、弄ぶ指までを溶かせる。
薫子の体に起こる痺れが、わたくしの脳へそのまま伝わり
振動に合わせて混ぜ溶かしてゆくよう。


「  ん」
「仰いなさい。わたくしに叱られるような、何をなさったのかしら? 」
生え際のうぶ毛をくすぐるように、引っ掻く。

「 ぁ・・  」
「 かおるこ・・・ 」






すこしの後ろめたさが、わたくしの足を早めます。
部屋に戻って、送って貰ったばかりの「少女画報」最新号を胸にかかえて。
千佳子さんは、わたしが薫子さんと仲良くしようとするのを
もう止めたりなんて致しません。
わたくしたちは二人とも、美しいお姉様と同室になる薫子さんへの醜い嫉妬と
勇気がないがために薫子さんから遠ざかった哀れな罪を
深く、マリア様の前に反省したのです。

あかねと千佳子は、胸をはずませて早足で階段を昇り、
淳子と薫子の部屋の前へ立ち、ノブに手をかけた。

「あかねさん、薫子さんがお読みになったら、わたくしにも是非貸してね。」
「ええ、勿論。 ええ。」







冬服の濃紺のリボンを引き抜く。
そう云えば、そろそろ衣替えの季節ね。

耳に直接送り込む。
「 薫子 」
潤みきっているくせに妙な落ち着きを沈着させた瞳に、
淳子はだんだんと苛立ちを隠せなくなる。

あなたではない、あなた・・・。

薫子の媚態が大きく揺れる。
寝台に押し付け、視界を覆う。
わたくし以外見ては、駄目。


「 云わないなら、やめにするわ」
「  ・・ん   じゅん、こ お姉さ 、ま、
 わた くし・・・わたくしは 、お姉様、に  もっと触れ… てほし、いの です」

こわばり始めた両手を必死にのばし、哀願するわたくしの愛しいこ。
堪らない感情が迫り上げるのを、ゆったりと舌を浸して堪能する。
けれどこれは、薫子であって薫子でないもの。
魂までは届かない舌を、縺れるように偽物の薫子のそれと絡める。
心地よい痺れを共有する。
赦されようなどとは、最早思わないわ・・・



わたし以外のものが身体を支配しているのが解るのに、抵抗できない。
お姉様とわたくしの脚が交叉する。

とても、あついのです。

お姉様の指が腿のうえを一ミリでも移動すれば、声が出そうになってしまう。
もしかすると、出ているの。わからない。
わたしは、わたしでなくなる夢を見ている。







「 きゃ 」
「・・・っ ・・・あかねさん、」

云い知れぬ声が、古木の扉から漏れる。
あかねと千佳子は、どちらからともなく互いに手を取り
扉の前から動けずに顫え合っていた。

夢の扉は未だ開かれることなく、淳子を待ち続けている。







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※精神賦活剤(塩酸メチルフェ二デート)・・・・
   中枢神経興奮剤で、大脳に作用して脳細胞を刺激し、自発運動を盛んにする。

   鬱病、抑鬱状態、ナルコレプシー患者に対して処方されるが、
   依存、乱用状態に陥りやすいため、現在は鬱病患者への処方は少なくなっている。
   簡単に言うとテンションを上げまくる、即効性の高いアッパー系。 
   向精神薬の中でもっとも管理の厳しい第1種に指定され、
   米国でも麻薬の次に厳しいスケジュールⅡに指定されている。らしい。(…)


   【副作用】不眠、手足の震え、食欲不振、全身のこわばり、不安、苛立ち、
   興奮神経過敏、幻覚、妄想、頭痛、めまい、振戦、鬱状態、チック、口渇、動悸
   胸部圧迫感、血圧の変動、発熱、発汗、排尿障害、身の調節障害
   また、薬の効果が消失した後に眠気、不機嫌、不快感、倦怠感など。














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