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                            會津ニ十






「淳子、聞いてるの。」


「聞いていてよ。」


頁を繰る手をとめ、月湖を眺める。
手には桜色の薄い便箋、なんていったかしら、あの子からの手紙ね。

風が緑を揺らし、生徒会室にも初夏の香りが流れ込む。


「だからね、結構なことになっているみたいよ、あなたのルームメイト。」
「結構って。」
「ほら、あの、貴女におネツだった二年のきれいな子、かしげちゃんだっけ?」
「ああ、いたわね。」
「食堂でね、一騒動ですって。それ以来教室でも、居心地悪いみたいよ。
薫子さんが心配です、って、ひかるが。」
「ひかる・・・・・,ねえ。」
「んもう、まぜっ返すのはやめなさいよ。
ともかく、ずうっと一人部屋で謎に満ちた淳子様のルームメイトですものね、
私なら頼まれたってご免だわ。」
「それは、どうも。」

本は諦めて、月湖の相手をしてあげる。




あの子とのおままごとが、存外気に入っているようね。
確かにあの子はあなたの夢見るような、女の子。
いとうるわしき時代の思い出として、後生大事に宝石箱にしまい、
過ぎ行く日々の中で愛惜をこめ、取り出して溜息をつく宝石。
わたくしは、宝石には用は無い。
飾り立てて暮らすには、人生は短過ぎる。

求めるものが、多すぎる。




「倶楽部には顔だしてるけど、なんとなく痛々しくってねえ。」
本気で心配しているのだろう、本当にあなたらしいわ。
「かといって、下手に私が構っても、火に油を注ぐかもしれないでしょう。」
他人を思いやる気持ちの余裕が、羨ましくなることがある。









硝子を通し、続く緑が深い。
風が光を運び、鮮やかに映り散ってゆく。



ひかるはときどき、はにかみながら、手紙を私に見せてくれる。
暖かみが増し距離が近づいてくるのが、たわいもない文字から見えてくる。
とても、羨ましい。
あれ以来、あかねたちの言葉にざらつきはなくなった。
そして、さめすぎたぬるま湯のような空気が身体を浸す。

追い立てられるように体育館で汗を流し、追い詰められるように黒板に向かう。
それでも喉が詰まりそうになると、図書館に足を向ける。
幼い頃、両親と日本橋へ行った日を思い出す。
三越で買い物に精を出す母を待ち、丸善を父と冷やかして歩いた。
「三越より丸善が好きな女の子、なんてねえ。」
苦笑いした、母の顔が浮かぶ。
丸善の匂いが、私を守ってくれる。


あの子の微笑が徐々に貼りついたようになってゆく。
細い手首に血管が鮮やかに蒼く浮いてくる。
白々とした夜明けに寝台でぼんやり座っている。
喧しい雀どもを、そろそろ抑えつけなくては。





「 お姉様」
麗しい顔を紅潮させて、かしげが書架を縫ってくる。
ゾラを書棚に戻しながら、わたくしはゆっくりと顔を回す。
「突然なのですもの、もう私びっくりしてしまって。」
この時間の図書館は穏やかな空気が支配する。
遠くから、倶楽部に興じる生徒の声が響いてくる。
こんなところに来るような酔狂な生徒は、そうはいないはず。

「驚かせてしまったら、ごめんなさいね。」
微笑んで首を傾げて見せる。
「いえ、そんな、光栄ですわ。」
「あのね、以前お話しした、お薬。」
上気した顔に、戸惑うような影が差す。
「疲れが少し溜まってしまって、おねがいできる?」
珍しく間をおいて、彼女は目を逸らす。
「 父に、頼んでみます、けれど。」
大病院の一人娘、望むものが叶えられないことなどなかった唇が拗ねて見せる。
「でも、お姉様、此の頃全然、お側によせてくださらない。」
聡そうに上目を、わたくしに投げる。


かかった雀、
心の中で舌なめずりする音がする。


「随分と、つまらぬことを、気にかけていらっしゃることね。」
見せつけるよう、柔らかく後れ毛に指を絡ませる。
「あなたは、 特別。」
指先だけで、舐めるように耳朶から顎の線をなぞる。
酔ったように潤む目を、息がかかる距離で覗き込む。
「 わたくしたちだけの、秘密。 」
包み込むように取った手に、紙片を滑りこませる。
細かく喘ぐ指に、粘りつくように指を絡める。


なんて、煩わしいことなの。


指の股を深く探りながら、頬に軽く唇を寄せる。
雀の喉を締める。






静まりかえった書架の向こう、薫子が立ち竦んでいた。















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