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                          會津二十







夕暮れの薄明りが図書館の窓に、長い翳を落す。

淳子は、読みかけの「折口信夫 全集1」から目を上げた。
細い指で、頁にそっと栞を挟む。
栞には、小さな菫の花があしらわれている。



「淳子お姉様。」

この子は、誰だったかしら。
「先日は高価なお土産を、有難う御座いました。」
そうそう、お父様のお土産の舶来の香水を差し上げた。
二年の、貴城さんだったわね。
「それで、あの、ご迷惑とは存じますが、受取って下さいませんか。」

手作りの栞が差し出される。
仏蘭西人形の様な頬が、うっすらと赤くなる。



「そんな、お気を遣わなくても宜しいのに。」
気持ちは嬉しいけれど、わたくしは答えてあげられなくてよ。
淳子は弓を描く眉を、少し顰めてみせる。
「お姉様がお好きだって伺った、仏蘭西製の香水。
母が持っておりましたものを少々失敬致しましたのよ。」
甘いティファニーの香りに魅かれて、つい受取ってしまった。





まもなく、夕食の時刻になる。
この処、淳子はきちんと食堂に顔を出している。
今まで部屋に運ばせることが殆どだった憧れの上級生を目当てに、
食堂には下級生が待ち構えていることだろう。
ああ、わずらわしいこと。
わたくしはただ一人、あの子を見ていたいだけだというのに。

廊下を早足で抜ける。
行き交う人々に、挨拶を交わしながら気も漫ろだ。




全寮制の轟学園の入寮式、一目見てからあの子が頭を離れない
白磁の様な、滑らかな白い肌。
天鶩絨の様な、艶やかな赤い唇。
黒曜石の様な、潤んだ黒い瞳。
そんな神様の贈り物をまるで気が付いていない様な、あどけない微笑み。
思うだけで、胸が熱くなる。





「淳子さん。」
今頃、校舎に向かうぶんに呼び止められる。
「もう、お帰り?
此の頃、随分とお固いのね。」
「もうすぐ、夕食のお時間よ。」
「そんなもの、女中に運ばせれば済む事ですのに。」
そういって、年にはそぐわない妖艶な笑みを浮かべる。
「悠子先生に呼ばれておりますの。」
意味が分からないふりで、微笑み返す。
もう少し気をつけたほうが宜しいんじゃない。
困るのは貴女方でしょう。

「淳子さんだけよ、教えたの。」
人差し指を、唇に軽くあてる。
軽やかに走っていく、ぶんの後姿を見送った。


溜息をついても、想いは巡りつのるばかり。
もう入寮して、一ヶ月になろうという頃なのだ。
そろそろ、考えてもいいのかもしれない。
わたくしのの前に顕れた、あの子。

淳子は無意識に、胸の奥で呟いた。






か・お・る・こ。



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