9
あたしの掌の中で、ぼんやりとあなたは顔を上げる。
あたしたちの夢は、もうすぐ醒めるから。
夢の中だから、あたしは言ってしまう。
「あたしは確かに、あなたが好きよ。
でもわかってるの、あたしたちは違う人種だっていうことが。」
KAORUとあたし、KAORUとあなた。
「何が違うの、あんなに気が合ってたじゃない。」
「でも、違うのよ。人生における価値観もモラルのあり方も。
そして、そんな硬さが大好きだったのよ。」
あたしとあなた、KAORUとあなた。
「ほら、過去形じゃない。」
「ううん、過去形にしたのは多分あなたの方が、先。」
過去形にさせたのは、ずるい、あたし。
「そんなの、詭弁だわ。」
「いつのまにか、あなたが見ていたのはあたしの横の、あの子。」
愚にもつかぬプライド、それくらい魅かれていた。
そんなふうに、自分に言い訳する。
こんなにも残酷なあたしは、きっと地獄に堕ちるに違いない。
「あの子の口唇が触れたとき、どう感じたか思い出して御覧なさい。」
夢から醒めて、素直に触れる口唇。
KAORUのそれとは違う、成熟した大人同士のキス。
あなたが重ねるのは、あどけない精一杯のキス。
本当のキスは、どっち。
あたしはこれ以上、あなたに近づかない、
あたしの舌は、苦い絶望の味がした。
「ほら、違ったでしょう。」
抱きしめているのは、あたし?KAORU?
「でも、あなたは素直になれなかったのね。」
泣いているのは、あなた?KAORU?
「あの子はとても憧れていたのよ、あなたに。」
首を振り、フローレンスは必死で目をそらす。
覗き込みなにを見つけようとしているの、あたしは。
虚勢のブランケットの下、KAORUが泣きじゃくる声がする。
「でもつたないから、あんな風にしかできなかった。」
KAORUの嗚咽が、胸をかきむしる。
重なるのはあたしの、心臓の鼓動。
涙の中であたしたちの魂は、共鳴する。
あたしたちは、あなたの涙で浄化されるのだろうか。
「あたし程にあなたがわかっていないあの子は、逃げ出すしかなかったのよ。」
幼子のようなあなたを、母のように抱きしめる。
どこまでも安っぽいレプリカのような、あたし。
あたしたちの限りない憧れと、取り返しのつかない後悔を。
KAORUの囁きを重ねる。
「かわいい、あたしのフローレンス。
今度、気になる人ができたならもっと素直にならなきゃだめよ。」
ぐちゃぐちゃの顔のあなた、今までで一番魅力的。
あたしは胸の奥底に、大切にしまいこんだ。
シャンパンの微細な泡が弾けて散った。
摩天楼は、雲海の遥か彼方。
人影のまばらなビジネスを、キャビンアテンダントがにこやかに廻ってくる。
「ブランケット、頂ける?」
一息にフルートグラスを飲み干して、
フットレストを上げて、座席を倒す。
ブランケットに包まれば、すぐにまどろみの淵がやってくる。
目覚める頃には、彼方の大陸へ。
目醒めたくなかった、危ういバランスの American Dream。
互いのプリズムで、幻惑した閉塞の Impossible Dream。
私たちは、みんな正直で欲張りで、
それが少しずつずれあって。
私たちは、みんな優しくて寂しがり屋で、
それが少しずつ重なりあって。
ブランケットを引き上げる。
口唇の感触が蘇る。
彼女たちの感触は混ざりあい、私はそれに包まれる。
緩やかなエンジン音に抱かれる。
地上60、000フィートの、最後のアメリカの夢を見よう。
「フローレンスの飛行機、もう行っちゃったのかな。」
「Leeにはわかってたの?」
「何が。」
「何でもない。」
「彼女、Leeのこと、好きだったんだよ。」
「あたしね、彼女のこと、好きだった。」
KAORUの腕が首に回る。
ゆっくりと、あたしたちは抱きしめあう。
それは、魂の奥底に注意深くしまいこんだ思いをいとおしむように。
ゆっくりと、あたしたちは舌を絡めあう。
それは、遠い昔にわざと忘れてきた秘密の思い出を味わうように。
白いシーツのなかで、
あたしとKAORUは見果てぬアメリカの夢に、朽ちてゆく。
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