岐阜県関市のご当地映画『名もなき池』、市が補助金2000万円を交付した作品のトラブルが話題になっている。
本作は兵庫県豊岡市の企画会社「IROHA STANDARD」による提案を採用し、同社の執行役員を務めるプロデューサー兼監督「Shin Beethoven」が主導した映画であり、まずシン・ベートーヴェンという怪しげな名前に世間は騒然となった。
未完成のまま問題が明るみになったのは3月上旬、関市が補助金を交付した条件のひとつが「2025年3月末までに複数の映画館で4週間以上、有料で公開すること」──それらが果たされず、市は全額返還を請求。撮影に協力したロケ先やキャストへの未払いまで発覚し、主演俳優の伊達直斗はChatGPTで書かれたというシナリオの稚拙さや劣悪な撮影現場についてメディアに明かした。
その後3月21日、関市の承認なく駆け込みのように兵庫県淡路島の映画館「洲本オリオン」で初号試写が行われ、27日より一般上映となった。たまたま取材で京都にいた筆者はニュースを見ながら「あ、これ明日行けるな」ということで淡路島へと足を伸ばし、公開2日目に噂のご当地映画を鑑賞した。
「涙あり笑いありの人情劇」とシン・ベートーヴェンが語り、「昭和100年×世界の刀鍛冶×日本一の頑固親父」とポスターに謳われた『名もなき池』、その出来映えやいかに──。
のっけから編集に不穏さが募る
まずワンカット目から映画のタイトルとなった「名もなき池」がロングショットで映し出される。クロード・モネの絵画「睡蓮」になぞらえて「モネの池」とも呼ばれるこの観光名所は、もともと人工の貯水池であり、近年はインスタ映えスポットとして評判を集めている。
そんな由来が女子高生ふたりによる、あからさまな説明セリフで紹介されていき、その愚直さはご当地映画であることを宣言するかのよう(それこそChatGPTが生成した会話なのだろうか?)。
デジタル一眼レフが捉えた映像はしっとり淡く、明るめで色を抜いたトーンも今風である。だが、会話にインサートされる池のアップは極端に短く、ロングショットも同じアングルでの切り替わりで画調が極端に変化するなど、のっけから編集に不穏さは募るばかり。
ストーリーを紹介する前に、まず『名もなき池』最大の問題点を指摘すると、映像と音声が1秒ほどズレているシーンが多く、絶えず見る側にストレスを与えてくれる。「手を叩く」「ビールを机に置く」といった動きのズレは明白で、リップもセリフと合っているのか合っていないのか疑念がつきまとう──。
ただし見せ場のひとつ、刀鍛冶のシーンだけはぴったり合致しており、玉鋼を叩く画と音のシンクロに、ありたがみを味わうことができる。もちろん低いレベルでの感動だが、もし狙いだとしたら見上げた実験精神だ。
また、セリフは概ねクリアに録音されているものの、俳優の衣服に仕込んだピンマイクによる衣ずれ……ガサゴソとした雑音がそのまま残っており、これまた酷い。通常の映画なら仕上げの整音作業でノイズをカットするのが当たり前であり、音ズレと相まって終始ストレスを高めてくれる。
「魂を込めろ!」。関の伝統文化を重んじる刀鍛冶のセリフが何度も出てくるが、そっくりそのままお返ししたいクオリティだ。