第5回東野篤子教授がテレビに出て感じた差別 心ない言葉あびても闘う理由

聞き手・宮谷由枝

 メディアで発言する女性専門家に対し、心ない批判や蔑視発言がされることが少なくありません。国際政治が専門の筑波大の東野篤子教授(51)も、その一人。その違和感について聞きました。

【連載】Think Gender 2023 インタビュー

ジェンダー平等で、日本は世界水準から大きく遅れをとっています。それは、私たちの思考や日常にどのような影響をもたらしているのでしょうか。3月8日の国際女性デーに際し、記者が「いま、このテーマを、この人に」と思う相手に話を聞きました。

ウクライナ侵攻から1年 感じた根深い差別

 ウクライナ侵攻を機にテレビに出演するようになったこの1年は、私にとっては女性差別がいかに根深いものか実感する日々でもありました。

 外見を揶揄(やゆ)されたり、言ってもいないことを言ったことにされていたり、侮辱的な言葉を浴びせられたりします。SNSなどで攻撃してくる人たちに、「この人は、私が女性だから強く出ているのだろう」と思う場面もたくさんあります。夫(慶応大・鶴岡路人准教授)も国際政治学者で、同じようにメディアに出る機会が多いですが、私に比べると誹謗(ひぼう)中傷は明らかに少ないです。夫婦で話していても、私たちの安全保障観に大きな違いは感じません。結局、女性という属性で、攻撃のしやすさを判断されているのでしょう。

 悩むのは、男性にはしない攻撃の矛先を向けられたとき、「あなたがしているのは女性差別です」と指摘するかしないか、です。

 他に解釈の余地のない女性差別用語そのものであればわかりやすいですが、複数の国際政治学者が男女問わず指摘していることについて、私の発言だけが揶揄や歪曲(わいきょく)されて発信されたとき、それを女性差別とどう証明するのか。なにより、中傷者側が「女性差別のつもりはない」と言い切れば、それ以上の反論は難しくなります。

「男性の専門家と私とでは明らかに…」

 時間が限られていることもあって、現時点では外見についての中傷は抗議し、発信内容を歪曲された場合には事実関係の指摘をするにとどめています。

 でも、「あなたは明らかに、男性にはしないことを私にしている」ときちんと指摘したほうが、後に続く女性たちに、よりよい未来を残せるのではないか、とは毎日悩んでいます。

 テレビに出演した時も、男性の専門家と私とでは明らかにしゃべる量が違う、ということはあります。

 腹は立ちますが、それを理由にメディア出演を控えれば、私が研究で得られた知見を一般の方に知っていただく機会も同時に失われてしまう、と思って出続けています。

 一方で、ウクライナ侵攻を機に、広瀬さん(慶応大の広瀬陽子教授)や私のような女性研究者がテレビに出る機会が増えたのは、大きな変化だと思っています。

 以前は男性だけで議論するという構成も当たり前でした。ですが今は番組によっては、専門家として出演するのは私と広瀬さんだけで、男性アナウンサーがMCを務めるという事例もありました。「『女性だけが出演するのなら、たいして専門的な話は聞けないだろう』と視聴者に思われてしまう」とテレビ局が判断しかねない状況ですが、今はそういう構成でも専門知識を伝える番組として成立する、とテレビ局が判断するようになったのは大きい。ウクライナ侵攻以外のテーマでも広がっていけば、と願っています。

SNSで反論すると「だから女性は嫌なんだ」

 もう一つ悩んでいるのは、主に外見に関する中傷を受けた私に対し、善意で慰めようとしてくれる人たちへの対応です。外見を揶揄され私がやめるよう呼びかけていると、「あなたはそんなに醜くないから大丈夫ですよ」などと言って私を慰めようとする人がいます。しかしそれは、「『醜い』と判断されれば中傷されても仕方がない」と言っていることにもなりかねません。「ほめようとけなそうと、他人の外見について他人が論評する資格はない」という意識が広まればよいと願っています。

 こうした女性研究者をめぐる環境は、なかなかすぐには改善しないと思っています。

 親しい女性研究者から、「あなたのようにたたかれるなら、私は表には出られない」と言われたことがあります。私がSNSで反論していると、「黙ってスルーできないのか」「だから女性は嫌なんだ」と言われることもよくあります。私が闘えば闘うほど、ほかの女性研究者に「自分はああいう目にあって傷つきたくない、表には出られない」と思わせてしまっている面もあるのかもしれません。

 中国研究などで、とても優秀な女性研究者を何人も知っています。台湾有事の可能性も語られる中、きっと彼女たちが表舞台に出てくる日が来るはずです。

 もしも私が受けているような差別や攻撃が、彼女たちに向いてしまっても、「これっておかしいよね」と思える人が増えるように。今ここで踏ん張らないと、と思って闘っています。

略歴

 1971年生まれ。筑波大学教授。専門は国際関係論、欧州国際政治。主な研究領域はEUの拡大、対外関係など。

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  • commentatorHeader
    福田充
    (日本大学危機管理学部教授)
    2023年3月8日21時25分 投稿
    【視点】

    東野篤子先生は二重の戦いを強いられてもなお社会的責任を全うしようとされており、その姿勢に頭が下がる思いです。二重の戦いとは、一つにはロシア軍によるウクライナへの一方的かつ全面的侵攻に対して研究者の立場から分析、解説してメッセージを発することで日本の市民の理解に資するためのロシアの侵攻との戦いであり、もう一つの戦いはSNS上で繰り広げられる東野先生への性差別やルッキズムに基づく誹謗中傷レベルの攻撃に対して、「それは差別である」と社会に訴え示すための戦いです。 東野先生にとって、公正なる社会を構築するためには、民主主義の社会においてこの二つの側面は繋がっている問題であり、一方を重視して他方を見過ごすことはできない問題なのだと思います。その戦いに支持を表明したいと思います。 これまで、国際政治や安全保障の分野でも研究者の数やメディア露出において圧倒的に男性優位な状況があり、その中で今回の侵攻以後、東野先生をはじめ多くの女性の研究者やジャーナリストの発言により、その視点や考察はさらに深掘られ、多様性をもたらしたと思います。そうした状況や変化に、日本のドメスティックな環境や意識が耐えられるか、変われるかが問われており、そのことを意識した「戦う役割」を東野先生は敢えて背負われていることに、敬意の念を表したいと思います。

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    末冨芳
    (日本大学文理学部教授)
    2023年3月8日21時57分 投稿
    【視点】

    闘う研究者は、何と闘っているのか?実は目の前の差別者と闘っているだけでなく、差別を見ない・パスしたい我々の弱い気持ちや、差別主義者に差別をインストールしてしまうこの社会の論理や構造と闘っている面もあります。 私も闘う研究者枠にカテゴライズされることもありますが、東野先生の誠実な「闘い」を尊敬する一学徒として、同じカテゴリに分類するのは誤りであると明言しておきます。 それは国際政治学というグローバルな学問領域と、日本の教育学というグローバル化の途上にある学問のタフネスの差にも起因しているととらえています。 理想もイデオロギーも異なる相手との、緊張関係を前提とする国際政治学に対し、教育学は日本に限らず、人間の陶冶可能性や、学びが人間を成長させるという人間観を共有する前提の学問であるという大きな違いがあるからです。 どちらが良い悪い、強い弱いではなく、人間や世界、社会とどのような視点から向き合い、分析し、考察し、よりよくしていけるかのアプローチが異なるのです。 この学問の多様性こそが人間社会の進化を生み出していく力の源泉でもあるのですが、差別者とのコミュニケーションのタフネスは、東野先生が代表される国際政治学に及ぶものではありません。 私はTwitterは対話の場になり得ないと考え、冷淡な対応をしていますが、東野先生は、可能な限り丁寧な対話を試みておられます。 〉時間が限られていることもあって、現時点では外見についての中傷は抗議し、発信内容を歪曲された場合には事実関係の指摘をするにとどめています。 インタビュー記事でまとめきれなかった東野教授のお考えについてはご本人のツイッターで確認されることをおすすめします。 https://twitter.com/atsukohigashino/status/1633398506940407810?s=46&t=Sn5fBZDLNIBlsXGofBAQMQ なおこのコメントを見て、女性研究者なのに客観的な分析をしているなどと、一瞬でも思った読者がいるとすれば、そのようなあなたの思考を生み出している要因や構造について考えてみなさいという課題を出しておきましょう。 それがあなたのタフネスの成長、差別からの脱却、権利と尊厳を互いに尊重する民主主義の理想の実現に至る、出発となる問いだからです。

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連載Think Gender 2023 インタビュー(全14回)

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