goo blog サービス終了のお知らせ 

渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

軍用車両という乗り物/歴史の軌跡

2025年06月20日 | open



モーターサイクルをこう
いう事に使ってほしくな
い、というのが心の底に
あっても、それを以て車
両批判をする事は私はし
ない。車両が戦争をする
訳ではないからだ。
二輪についてそれを言う
と、飛行機やトラックに
ついても同様の位相にな
ってしまう。軍用犬だって
あんな事に犬を使役して

ほしくはない。
だが、時代がそれを許さ
なかった。20世紀の「戦
争の時代」が。
ただ、兵器や犬が戦争を
起こしたのではない。
そんな事を言ったら、ま
るで代々木日共そのもの
の言い方になってしまう。
あたかも軍用車両や兵器
戦争を起こすかのよう
に。

そのくせ、ソ連の兵器に
は沈黙していた。

そういうのは絶対に私は
拒否する。
第一、1970年代、80年代
に今のコンプラ似非正義
マンのようにオートバイ
を蛇蝎のように毛嫌いし
て体制側と帯同して3ない
運動を推進していたのは
代々木日共ではないか。
オートバイに乗る若者は
反社会的な不良である、
と得意のレッテル貼りを
して。
60年安保~80年安保頃ま
での新左翼学生運動活動
家を指して、
トロッキッス
トであり米
帝の手先、スパ
イだ、と
代々木は公言して
いたよ
うに。
東大では無党派である全共

闘学生にまで武装襲撃をし
てい
たのも代々木日共だっ
た。
「平和主義者の良い人」
装って。

なので、1980年代に私た
ちが中心となって、国政
の在り方の変革として、
二輪車高速道路料金行政
訴訟を16000人のライダー
の原告団で裁判闘争した
時も、代々木はじめ既成
政党などは「革新」も保
守も、けんもほろろ
で嘲
笑するがの如しだっ
た。
理由は明白。自党の得票
に繋がるか否かのみに既
存政党は関心があり、具
体的な国民の生活の安全
や保障、交通社会として
の健全な発達等には一切
興味がなかったからだ。
実に不誠実、不真面目で
ある。

それゆえ、その頑強な質
的構造があるゆえ、私た
ちはあえて「無党派」を
貫き、絶対に特定政党や
政治団体や宗教団体や圧
力団体の紐
付きにはなら
ないという
基本方針を最
初から最後まで貫いた。


政党や政治団体や宗教団体
の後ろ盾もなく、無党派の
私たちが手弁当で続ける地
道な社会活動は、実質結構
かなりしんどかった。特に
原告団組織化を担う動力車
である活動の中心となる連
絡会事務局員の活動
は、ま
るで馬車馬のように全員が
動いていた。当然無報酬で。
そうした中、連絡会の
代表
事務局長は初代、二代の二
名が連
続して脱落するよう
に脱会
して運動から撤退し
て消息
を絶った。
後に、自分がその訴訟を担
ったような事をネット上や
自己周辺への自己PR売り宣
伝として資料配布と同時に
公言してい
る人もいるが、
賢明な周囲の人は判断がつ
くだろう。ある特定時期か
らその人が出す高速道路料
金訴訟についての情報がプ
ツリと途絶えている事に。
出る訳がない。自分はピー
ク時に登る直前以降は全く
関与せず、決着が着く時に
はその場に居なかったのだ
から。エンジン回転ならば
レッドが10000rpmとして、
3500rpmのあたりで消えた。
実質的な運
動のピーク直前
と現実的に
料金体系変革が
実現する決着の時
には、初
代代表、二代目代
表はどこ
で何をしているの
か不明の
状態だった。完全
に高速二
輪料金是正運動から消える
ようにいなくなっていた

らだ。

三代目連絡会代表事務局長
となる神奈川在
住の企業経
営者のバイク乗りの人と、
日死んだ友人(事務局中央
委員)、そして私(事務局編

書記長)と他の鋭意ある
連絡
会事務局の有志達が残っ

頑張って、実際に高速道路
料金体系という現実を
変革
したのだった。決して
逃げ
ずに。仲間も最後まで見捨
てず
に。
個人的な選択肢として活動
からの逃亡とかは、私にと
ってはあり得な
かった。
中心にいる人間が活動を逃
げるようにやめる
のは、心
を決めて起った訴訟原告団
16000人のライ
ダーを裏切
る事になるし、訴訟自体に
参加せずとも、変革に期待
を寄せていた多くの二輪乗
りを裏切る事にもなる。
何よりも自分自身でそれは
「やってはならない事」と
して肝に銘じていた。
江戸城や鶴ケ城に攻め手
押し寄せる中、自分だけ

スタコラと逃げる訳には

かないのだ。

それが二代目代表が脱落逃
亡した後に、俺と先日死ん
だ友が
互いにサシで真剣に
語り合った血盟、魂
のスタ
ンダードだった。

「あったり前の事」なんだ
けどね。

世の中、当たり前の事が通
らず、よこしまな言動がま
かり通る事が多い。
いけしゃあしゃあとした顔
をして。

だが、天は見ている。
確実に。
そして、人間界では、そう
した邪な魂はさらに邪な存
在を引き寄せ、同盟する。
それも天は見ている。
見逃さない。
必ずや審判が下される。
それは、たとえ人間の目に
は見えない形であっても。


 
 

 
 
 

 
 

  
 
 


この記事についてブログを書く
« 2025鈴鹿8時間耐久 セッショ... | トップ |