【長嶋茂雄・ありがとう八十年】オープン戦大活躍も…開幕戦で4連続三振/⑦4代目・背番号3

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1957年12月7日の巨人入団会見で、金びょうぶの前に立つ。左は品川主計球団社長、右は宇野庄治球団代表

巨人との契約金は1800万円です。中日の提示額は2500万円で、南海は2200万円。もっといい条件の球団もあったし、巨人が一番低かったですよ。

《プロ1年目の1958年は、大卒の初任給が約1万3500円。日清食品から「チキンラーメン」が1袋35円で発売され、国鉄(現JR)の初乗りが10円、電気冷蔵庫が1台10万円だった》

背番号3は、いつの間にか決まっていました。若い番号がいいなとは思っていましたが、当時の東京六大学リーグは背番号がなく、こだわりはありませんでしたね。

《巨人の初代背番号3は、35年の第1回米国遠征中に105試合で110盗塁を記録した内野手の田部武雄。36―42年は外野手の中島治康(38年秋にプロ野球初の三冠王)がつけた。46―57年は軽快な二塁守備と、名人と称された右打ちで第2次黄金時代を支えた千葉茂。長嶋氏は4代目で、74年の引退とともに永久欠番になった(監督時代の2000、01年に復活)。4人は全員、のちに野球殿堂入りした》

初めてのキャンプは兵庫・明石ですね。練習は午後3時ごろ終わり、その後はマージャン。立大の練習の方が長かったですから、水原茂(当時の登録名は水原円裕)監督に「これで大丈夫ですか?」と聞いたこともあります。

主力は川上哲治さん、与那嶺要さんらベテランが多く、若手は4歳上の広岡達朗さんくらい。打撃練習ではいつも打席に一番乗りし、そのたびに「新人は後だ」と怒られましたが、何日かすると言われなくなりました。礼節は必要だけど、ユニホームを着ているときは長幼の序など無用です。

オープン戦からよく打ちましたから、自信を持って4月5日の開幕戦を迎えました。結果は皆さんご存じの通り、国鉄・金田正一さんの前に4打席連続で空振り三振。やっぱりプロだな、今に見てろよ、と思いましたね。

《オープン戦は19試合で打率・270ながら、7本塁打を放った。プロ初安打は4月6日の国鉄とのダブルヘッダー第2試合、三林清二から中越え二塁打で記録。通算10打席目だった。1年目は29本塁打、92打点で2冠(打率・305は2位)に輝き、満票で新人王に選ばれた》(2014年11月26日付紙面に掲載)

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6月19日

6月19日 20時51分 更新
【終了】◇開始18時00分◇東京ドーム
チーム123456789
日本ハム0130000004
巨人0000000011

[勝敗]勝: 北山 亘基 (5勝2敗)、敗: 山﨑 伊織 (6勝2敗)

【日本ハム】北山 亘基-田宮 裕涼

【巨人】山﨑 伊織、横川 凱、アルベルト バルドナード-甲斐 拓也、大城 卓三

[本塁打]大城 卓三 3号 (巨)

公示 6月20日

登録

なし

抹消

なし

予告先発6月20日東京ドーム

巨人

赤星 優志(4勝0敗 防御率2.20)

西武

髙橋 光成(2勝0敗 防御率2.32)

巨人

投手成績

防御率Tomoyuki Sugano1.67
勝率Tomoyuki Sugano.833
勝利Tomoyuki Sugano15
セーブ大勢29
HPバルドナード アルベルト26
奪三振戸郷 翔征156

打者成績

打率吉川 尚輝.287
安打吉川 尚輝154
本塁打岡本 和真27
打点岡本 和真83
出塁率岡本 和真.362
盗塁吉川 尚輝12

セ・リーグ

投手成績

防御率山﨑 伊織(巨人)1.34
勝率ジャクソン アンドレ(DeNA)、村上 頌樹(阪神).778
勝利ジャクソン アンドレ(DeNA)、村上 頌樹(阪神)7
セーブ松山 晋也(中日)26
HP大勢(巨人)20
奪三振バウアー(DeNA)86

打者成績

打率岡林 勇希(中日).309
安打岡林 勇希(中日)83
本塁打佐藤 輝明(阪神)19
打点森下 翔太(阪神)49
出塁率中野 拓夢(阪神).382
盗塁近本 光司(阪神)19

番記者