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208/211

208:これがサトウキビ?

「実際それなのかは分かんねえけど、海中に生える細長い草なら知ってる」


「海藻、とかいうオチじゃないよね?」


「流石にそれは無いな。手で掴むとスパッと切れる鋭い葉がついてんだ。形は稲みたいな感じだな」


 葉に関しては分からないな。龍魚クンは既に葉を取って茎だけの状態で持ってきてくれたから。

 ……取り敢えず、現物を見てみないことには何とも言えないか。


「それはどこに生えてるの?」


「いつもの漁をしてる場所から、もっと南に行った辺りだ。岩礁がある浅瀬に、ポツポツ生えてる」


「そこに案内して欲しい」


「もちろん良いぜ。早速行くか」


 ニチカは捲れた水着を戻し、乳房を仕舞う。ああ、残念。とか言うてる場合じゃないな。いい加減、ピンク時空からシリアスに戻らないと。


「……なあ、ところで」


「ん?」


「この競泳水着って……」


 言い淀んだニチカ。ああ、なるほど。


「あげるよ。親愛の証だね」


「マジか! ありがとう、アキラ! 漁がメッチャ楽になるぜ!」


 立ち上がり、俺の唇に濃厚なキスをくれる。

 まあニチカが一番使う頻度は高いし、泳ぎ系の困り事があったら、どうせ泣きつく先は彼女だし。


「ん~~アキラぁ」


 顔中にもキスの雨。多大に感謝されているみたいで、くすぐったかった。あと、また勃ってしまった。






 ニチカの家を出て、ひたすら南へと歩いていく。既にここら辺が島の南東に当たるワケだが、ここから少し西へ向かえば火山の裏手に出られるんだろうか。

 と、質問する前に。ニチカの足が止まった。シトシトと降り続ける雨粒が、小さな波紋をいくつも広げる海面。目的地というワケか。


「まだ海は荒れてるかな?」


「いや。朝方に比べると全然だな」


 ニチカは天を見上げる。未だ雨雲はあるけど、さっきのヤバイ雨量をもたらした真っ黒のヤツは通り過ぎていて、現在の空は灰色だった。

 そういや、ハス貸しにネバリハスを借りれなかったな。俺たちが橋の方に居たせいか。まさかあの大雨の中、あんな場所に人が居るとは思わないだろうから、回って来なかったんだろう。

 

「いっちょ潜ってみるわ」


「大丈夫?」


「おう。浅いし、ここらは流れもほとんど無いからな」


 海を熟知している彼女が言うのなら、まあそうなんだろう。ちょっと心配癖がついてしまったかな。

 そんな俺に、またキスをくれてから。ニチカは海へと入って行った。ピンと両腕を上に伸ばし、美しい流線型のフォルムで進んで行く。本当に競泳選手みたいだな。


 数十秒して、彼女が顔を上げる。目的地の付近に着いたのだろう。一度俺を振り返って微笑むと、そこからトプンと沈んだ。素潜りは彼女の十八番。淀みのない動きだった。


「……」


 待つこと、数十秒。ニチカが上がってくる。その手には長い草が1本。やった。と思ったのも束の間。


「え!?」


 ニチカの手、出血していた。岩にでもぶつけたのか。心臓がドクンと跳ねて、叫びそうになるが。出血は非常に部分的……掌から指先に限定されていた。恐らく大したケガではない。とはいえ、やはり心配でオロオロしてしまう。


 ニチカはそのまま、平泳ぎで戻ってくる。普通に泳げてるみたいだし、やっぱ重傷ではないみたいだけど。

 やがて浜辺に上がって来た彼女は、持っていた草をポイと放る。そして自身の掌を見せながら、


「いやあ、スパッといったぜ」


 あっけらかんと笑った。その掌は今もまだ少し赤いけど……出血量自体は少なく、大事は無さそうに見える。


「良かった。大ケガじゃなかったか……」


 気が抜けて、大きな息を吐いた。


「心配しすぎだっつの」


 と口を尖らせながらも、どこか嬉しそうにしている。

 ていうか、失念してたけど。ニチカ本人も切れ味の鋭い葉が生えていると言っていたな。つまり彼女は織り込み済みだったのか。


「悪いことしたね。ケガ覚悟で採って来てくれるなんて」


「良いんだよ。今日のことを考えれば、いや今日だけじゃなくアティ関連で世話になった全部の恩を考えたら、1000分の1も返せてねえぜ」


 だから有無を言わさず、自分だけで行ったのか。男前な子だね。ベッドでは可愛い子猫ちゃんだけど、ぐふふ。


『きっしょ……今からでも殺処分するか』


 やめて。そろそろ童貞卒業も近付いてると思うの。ここで死ぬのは辛すぎる。ていうか、俺の気持ち悪い独白は、大体タイミングよく聞いてるよね……って、今は女神さんに構ってる場合じゃなかった。


「ケガを見せてみて」


「ん。まあ大したことはねえけどな。傷自体は深くねえ」


 彼女の掌を手に取って確かめる。言う通り創部は深くはないけど、範囲が広い。これ全部から血が出たから、大ケガかと錯覚したんだな。

 とはいえ、やっぱり治療はした方が良いくらいのレベルに思える。


「ウチに来て。ジェル軟膏を塗ろう」


「ん。これくらい」


「良いから。ね?」


 言い聞かせるような声音で。腰を抱き、こめかみの辺りにキスをする。塩の味がした。


「大袈裟に思うかも知れないけど、キミが大事だから」


 歯の浮くようなセリフだけど、なんかスッと出てきてしまう。まあそれだけ本音ということだ。

 

「しょ、しょうがねえな」


 なんて言いながらも、頬が緩んでるニチカ。


「待ってて。釜を呼び出すよ」


 持つのも危なっかしい草ということなら、釜の中に入れてしまうのが安全だ。重い素材だけじゃなく、こういう時にも役立つね。


「……」


「……」


 ん?

 いつものように、来いと念じてるんだけど。


「……」


 もう1回、更にもう1回。ええっと。


「どうしたんだ?」


「いや、それが。いつもと同じやり方をしてるんだけど……来てくれないんだよ」


 ちょっと待ってて、と言い残し。俺は女神さんを呼んだ。

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