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#037 先祖・小泉八雲のルーツをめぐり、たどりついた国【アイルランド】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~

お名前:守谷天由子さん
ご職業:ジュエリーデザイナー
在住地:トラモア(2020年~)
出身地:東京
HP:
Ayuko 小泉八雲の末裔 lit.link(リットリンク)

小泉八雲のルーツをめぐる旅

――ヨーロッパをルーツとしながらも日本の怪談を世界に広めた文豪、小泉八雲ことラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)氏のご子孫だとお聞きしました。

 はい、私は小泉八雲の次男、稲垣巌のひ孫です。つまり玄孫(やしゃご)ですね。ただ、家系図がずいぶん複雑なため、明確に自分のルーツや小泉八雲について詳しく知るようになったのは、はじめて祖母(巌の娘)の自宅を訪ねた28歳の時でした。

――お祖母様と話して自分のルーツを知った時、どんな心境でしたか?

 私は昔から海外を訪れることが好きで、ドイツで1年間ワーキングホリデーをし、その勢いのまま世界一周をしてみたりと、旅三昧な20代を過ごしていました。そんな中で祖母と先祖の話をする機会が巡ってきました。今で言うギリシャで生まれ、アイルランドやイギリスで育ち、片道切符で世界を巡って日本で所帯を持った先祖である小泉八雲。そんな彼の旅好きな一面に、強くシンパシーを感じました。

――アイルランドとの出合いはやはり小泉八雲氏が関係しているのでしょうか?

 そうですね。ちょうど祖母から話を聞いた時、次の旅先を考えている最中でもありました。それなら!と思い、彼の足跡を辿る旅にでることにしたんです。その時巡った国のひとつが、彼が育ったアイルランドというわけです。

――先祖のルーツを辿る旅、いいですね。他にはどこを巡りましたか?

 小泉八雲の英語名「ラフカディオ・ハーン」の由来ともなった生誕の地ギリシャのレフカダ島と、10代の一部を過ごしたイングランド、あとは彼が高校中退後に20年ほどいたアメリカのニューヨーク、シンシナティ、ニューオーリンズ、横浜行きの船に乗るために滞在したカナダのバンクーバーにも訪れました。ただ、せっかく各地に行くのであれば、フラフラと各国を巡れるのも今のうちかな思い、ついでに友人のいるドイツやエストニア、ブルガリアにスロベニア、オーストリア、ハンガリーなども回ったので、結果的に小泉八雲のルーツを巡りながら、世界一周の旅に出たような感じになりました(笑)。

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小泉八雲/ラフカディオ・ハーン(1850~1904)
アイルランド系ギリシャ人の作家・日本研究家。1890年、アメリカ合衆国の出版社の通信員として来日し、日本女性と結婚し帰化。死などをテーマとした日本の民話を「怪談 (kwaidan)」という名の文学作品へ昇華し、世界へ広めた。

アイルランドでの出会い

――アイルランド移住の経緯を教えてください。

 ルーツを巡る旅を終えた後、またワーホリに行きたいと思ったんです。せっかくならば、やはり小泉八雲に関連するアメリカ、ギリシャ、アイルランドが良いと思いました。そのなかで、唯一ワーホリの制度があったのがアイルランドでした。そこで今の夫と出会って、移住を決めました。

――パートナーの方とはどういったきっかけで知り合ったのでしょうか?

 実はワーホリに行く前、ルーツ巡りの旅中にアイルランドで知り合っていたんです。アイルランド南東部のトラモアには「Lafcadio Hearn Japanese Gardens(ラフカディオ・ハーン庭園)」という小泉八雲の人生をモチーフにした日本庭園があります。のちの夫がそこで働いていて、私がお客さんとして訪れた時に知り合いました。その時は立ち話程度で、Instagramを交換しただけでしたが、その後の旅の投稿にも頻繁にコメントをくれました。そこからアイルランドにワーホリに行くと決めたので、現地に住む彼にいろいろと相談し始めたんです。気づいたら夫になっていて、一緒にトラモアに住んでいるという感じです(笑)。

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ラフカディオ・ハーン庭園の公式HP:https://www.lafcadiohearngardens.com/

――すごいご縁ですね! 結婚はアイルランドで?

 いえ、日本でしました。日本の方が手続きが簡単だったので。あと、アイルランドでは離婚するためには当時は4年の別居生活が必要で(2024年現在は2年)、日本よりも離婚のハードルも高かったんです。結婚のタイミングで離婚のことを考えるのも変な話ですが、将来は何が起きるかわからないですからね(笑)。

――生活の拠点をアイルランドにした理由はなんですか?

 夫の仕事や、将来的に子供を授かった時の社会保障や教育の手厚さ、あとは情報環境ですね。夫と日本にいた時に、偶然ある芸能人が薬物問題をおこして、昼夜テレビで報道されていたんです。それを見た夫が、芸能スキャンダルの報道が多く、政治などの大切なニュースが少ないことに違和感を覚えていたんです。文化の違いではありますが、これも理由の一つですね。

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お子さんの初節句。夫のキースさんがガイドを務めるラフカディオ・ハーン庭園にて。

ジュエリーデザイナーと日本語教師

――現在のお仕事について教えてください。

 日本にいる時に立ち上げた「Apocaθist(アポカシスト)」というブランドで、ジュエリーデザイナーとして活動しています。素材にバイオリンの弦やピアノのパーツなど、楽器の部品を使用しているのが特徴です。

――ブランド名にはどんな想いが込められているのでしょうか?

 Apocaθist  は、ギリシャ語で「生まれ変わる、蘇生する」という意味です。楽器の部品の中には、役目を終えると捨てられてしまうものがたくさんあります。演奏を支えてきた弦やリードたちがそのまま捨ててしまうのはかわいそうだと常々思っていました。だから、そうした部品たちを身近なジュエリーとして生まれ変わらせたいと思ってつくったブランドです。移住前は伊勢丹などに置いていましたが、移住後は私はデザインを担当して、制作は日本の職人に依頼して、オンラインでのみ販売しています。

――アイルランドで販売はしないんですか?

 アイルランドは寒い時期が長いため服で隠れてしまうので、ジュエリーにこだわる人も少ないんです。でも、夫の職場であるラフカディオ・ハーン庭園のお土産コーナーで折り鶴をモチーフにしたピアスなどを置いてもらったりしていました。そうしたら州都のバイヤーの方がたまたま目に留めてくれて、ローカルアーティストの作品を扱う彼女のギフトショップにApocaθistも置いていただいています。
 また、日本語教師もやっています。八雲は日本で世帯を持ち、松江や熊本、東京で英語を教えていました。世紀を超えた子孫の私は八雲の育ったアイルランドで日本語を教えている。かなり薄まっているとはいえ血は争えないのかも? と思ったりしています(笑)。

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ヴァイオリン弦/ヴィオラ弦を用いたApocaθistのピアス
通販サイト:https://apocathist.thebase.in/

中絶と同性婚を合法化したカトリック国

――アイルランドに移住して驚いたことはありますか?

 つい最近(1995年)まで離婚でさえ違法だったほど保守的なのに、どんどん先進的に変化していることに驚きますね。中絶に関しても2019年に合法化されました。中絶をしていたら助かったであろう臨月の女性が、法律を遵守したことで母子共に亡くなってしまう出来事がきっかけでした。「中絶が違法なせいで失われた命だ」という意見が国内で上がり始めて、国民投票で中絶が合法化されたんです。同性婚も2015年に合法化されていて、国単位での合法化は世界初でした。その後、2017年にはゲイを公言する首相も誕生しています。

――すごいスピード感ですね! 一方で、宗教的に賛否がありそうですね。

 そうなんですよ。アイルランド人の9割弱がカトリックと言われているので、本来はとてもセンシティブな問題なんです。それなのにさまざまな合法化を実現できたことが、いい意味で不思議というか、私も気になっているところです。アイルランドは国土も人口もだいたい北海道と同じくらいですが、約540万人の人口のうち10%強が移民です。こういった点もあって、多様性を受け入れることでこの小さな国を発展させていこうという姿勢があるのかなと勝手に推測しています。

ご当地ダンス&シチュー

――アイルランドというとケルト民族のイメージがあります。現地の文化などを垣間見ることはあるのでしょうか?

 もちろんありますよ。例えばダンスですね。ケルト民族の伝統的な踊りをベースにした、上半身をあまり動かさず、顔もポーカーフェイスで、脚だけで踊るダンスがあります。はじめは「なんで脚だけで踊るんだろう」「なんで無表情なんだろう」と思ってみていましたが、歴史的な背景を知って合点がいきました。

――たしかに上半身が動かない特徴的なダンスですよね。どうしてなんですか?

 元々ケルトではダンスの文化があったんですが、イギリスが占領するにあたってアイルランドならではの文化や言語を禁止して弾圧した背景がありました。その時に苦肉の策として生まれたダンススタイルなんです。要は、窓越しに見られても踊っているとバレないように、脚しか動かさないダンスのスタイルが生まれたんです。こうした創意工夫で自分達のアイデンティティを守ってきた国なんです。

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脚だけで踊る「アイリッシュ・ステップダンス」の例。

――アイルランドのグルメはどうでしょう?

 アイルランド産の黒ビール(ギネス)で煮込む「ギネスシチュー」が有名ですね。とくに雨の日につくると美味しいそうです。なんでも、気圧が低いと沸点が下がるため、味が滲みやすいのだとか。どんよりした天気の多いアイルランドだからこそ、それをプラスに変えて楽しむ知恵なんだなぁと。
 ちなみに、日本にあるギネスビールよりアイルランドのものの方がアルコール度数が低くフルーティーで、水より飲みやすいくらいです。

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アイルランドの国民食「ギネスシチュー」。

旅行はテーマを決めるのがおすすめ

――アイルランドはどんな人におすすめの国ですか?

 住むのはハードルが高い国ですが、テーマを決めて旅行するのはおすすめですね。私は先祖のルーツを巡りましたが、アイルランド文学にゆかりのある場所を訪れたりするのは、好きな人にとってはたまらないと思います。実際に20世紀最大の作家の一人とも言われているジェイムズ・ジョイスの『ダブリン市民』に登場した場所や、ノーベル文学賞を受賞したウィリアム・バトラー・イェーツの作品にまつわる聖地を巡る人は多いですよ。アイルランドは第二次世界大戦に参加していないので、古い建物が自然な形で残っているのも魅力です。
 ただ、冬季(12~2月)は天気が悪い上に日照時間も短く、営業しないお店もあるので、アクティビティの多い5〜8月ごろに来るのがおすすめです。

――天由子さんの今後について教えてください。

 小泉八雲については、まだまだ自分の足で訪れたい場所がたくさんあります。八雲がクレオール文化の研究のために訪れたカリブ海にあるマルティニークに行くことをずっと夢見ています。
 あと、2025年のNHKの朝ドラ『ばけばけ』のヒロインのモデルが小泉八雲の妻・小泉セツなんです! 朝ドラでもきっと描かれるであろう、セツゆかりの熊本や神戸、八雲が少年時代に訪れてトラモアを思いだしたと言われている焼津なども訪れたいですね。その時には、ぜひ六代目の息子を連れていきたいです。

取材:2024年6月
写真提供:守谷天由子さん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです

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聞き手

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おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。

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