「EVしか乗れなくなる?」気候変動のフェイクが拡散 いま何が

ことしの夏も酷暑が予想されています。世界の平均気温は去年、記録が残る1850年以降で最も高くなり、洪水や猛暑などの異常気象による被害が相次ぎました。

背景にあるのは、地球温暖化。人間の活動による温室効果ガスの排出量の増加が、主な原因とされています。

ところがいま、温暖化や気候変動に関する偽の情報や、根拠がない情報がSNSにあふれる事態に。いったい、誰が何の目的で?

増加する「気候変動懐疑論」

「地球の気温は一定でないのは当然。人間の影響で暑くなったのはウソだ」
「気候科学はひどい詐欺だ。気候変動をあおる連中は恣意的に切り取っている」

いま、気候変動についてSNSで増えているのは、このような根拠のない投稿です。

イギリスのニュースサイト「トータス」によると、気候変動を疑うインフルエンサーによるXの投稿は2021年から2024年にかけて82%増加。YouTubeでも43%増加したといいます。

冒頭で紹介した1つ目の発言をしたのは、アメリカの人気ポッドキャスター、ジョー・ローガン氏。

YouTubeの登録者数は1990万人で、世界で最も人気のあるポッドキャスト司会者とも言われ、この発言のあった動画は1千万回以上再生されています。

もう1つの発言は、YouTubeの登録者870万人以上のカナダのインフルエンサーによるものです。

イェール大学の調査によると、これら人気のあるオンライン番組10番組のうち8番組が、気候変動に関する偽情報またはミスリーディングな情報を拡散していることがわかりました。

世界気象機関によると、2024年は観測史上最も暑い年に

いったいなぜ?

インフルエンサーは、なぜこうした情報を発信しているのか。

気候変動対策などに取り組むUNDP=国連開発計画は、気候変動に関する「偽情報」が拡散される背景には、主に2つの動機があるとしています。

◆国連開発計画による分析
▽既得権益を守ること
とりわけ化石燃料関連の産業は再生可能エネルギーの有効性などに対する疑念を広めることで、経済的な利益を維持しようとしている

▽注目を集めて収益などを得ること

科学に疑問を投げかけたり陰謀論を広めたりしてSNSで注目を集め、広告収入やオンライン上での影響力、政治的な支持につなげようとしている

では、本人たちは、どのような動機を語るのか。

NHKは、人気インフルエンサーのひとりで、「人間の活動によって、現在の温暖化が進んでいるのは間違いだ」と発信しているアメリカのインフルエンサー、マーク・モラノ氏に話を聞きました。

モラノ氏は、国連や政府、企業が二酸化炭素対策で利益を得るために、デマを流していると主張しました。

モラノ氏
「気候に影響を与える要因は何百もある。地軸の傾き、水蒸気、メタン、雲、火山、太陽、海洋循環などだ。二酸化炭素だけが気候を左右するという考えは科学的な検証に耐えない。例えば西暦0年ごろと比べればいまは同じかむしろ涼しいかもしれない」

「気候変動の問題は、科学とは無関係な、企業による明らかな詐欺的キャンペーンです。その主張があまりにも荒唐無稽で、少しでも検証すれば崩れるようなものだったため、懐疑派は粘り強く活動を続け、少なくとも現時点では勝利を収めていると言えます」

「国民はもはや信じていません。支配層はこの問題を誤って扱いました。人々の生活を大きく損なう政策を、恥をかかせたり叱ったりして従わせようとしても、うまくいくはずがありません」

一方、国連の専門機関の報告によれば、人間の活動が温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がなく、過去50年間における地球の気温上昇の速度は、少なくともこの2000年の間で前例のないものだとしています。
また、国連などは、気候変動は対策によって抑えることができるとしています。

広がりは日本でも

気候変動に関する科学的根拠のない主張は、日本語でもここ数年、増加傾向にあります。

NHKがXを分析したところ、気候変動そのものや、脱炭素の対策を否定したり疑ったりする日本語の関連投稿は、5年前は6万件あまりでしたが、去年は3倍以上の22万件に増加していました(リポスト含む)。

ことしは6月10日の時点で17万件を超えていて、去年を大きく上回るペースです。

特に多くなったのは去年11月ごろからで、就任前から地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を表明していたアメリカのトランプ大統領の動向に呼応するような動きを見せていました。

拡散されている上位の投稿を見ると、トランプ大統領や海外のインフルエンサーの発言を引用したり、翻訳したりして紹介するものが多く見られていました。

誤情報で住民たちが…

海外では、影響が現実に及んだケースも起きています。

オーストラリア南部にある、人口18万あまりの街、オンカパリンガ市ではおととし、市民に気候変動の深刻さを理解してもらい、対策への機運を高めようと、議会で「気候非常事態宣言」の採択を目指していました。

市によりますと、宣言には法的な拘束力はなく、オーストラリア国内の多くの自治体で同様の宣言が採択されています。

しかし当時、SNSなどでは、宣言が採択されると「自由が制限される」とか、「電気の使用状況などが監視され、プライバシーが脅かされる」といった趣旨の情報が拡散されていたということです。

なかには、「EV=電気自動車にしか乗れなくなる」とか、「再生可能エネルギーで作られた電気しか使えなくなる」といった投稿もみられました。

これが、宣言に反対する住民が大勢議会に詰めかける事態に。議場に入ることができなかった人たちが大きな声を出すなど、騒ぎとなりました。

議会は一時中断され、身の危険を感じた市長や議員は、出動した警察によって集まった人たちが建物の外に出されるまで、避難を余儀なくされたということです。

オンカパリンガ市のモイラ・ウェア市長は、敷地内にいた市役所の職員も影響を受けたとして、こう振り返りました。

ウェア市長
「車まで尾行されたり、車に乗る様子を撮影されたりした人もいました。抗議していた人々はカメラを装着してライブ配信していて、議員や職員たちは恐怖を感じていました」

誤った情報が拡散され、抗議活動につながった背景については明らかになっていませんが、ウェア市長は、この数か月前に行われた市長選挙で気候変動対策に否定的な候補が僅差で敗れたことが影響している可能性もあるとみています。

ウェア市長
「意思決定の過程から排除されていると感じている人たちに対しては、いつも警戒する必要があります。そういった人たちの声を取り入れていく方法を見つけることが重要です」

気候変動が「分断」の要因に

偽情報が都市に与える影響について研究しているオーストラリア国立大学のイカ・トライスバーグさんは、社会の問題や意見の対立が、偽情報が拡散する土壌を作り出していて、気候変動はターゲットになりやすいと指摘します。

特に石炭などの化石燃料の採掘が盛んなオーストラリアでは、気候変動対策が進むと雇用を失うのではないかという不安があることから、偽情報が広がりやすい土壌があるとして、偽情報が拡散する前に、社会の中にある分断や格差に目を向ける必要があると話しました。

トライスバーグさん
「偽情報が拡散されることが予見される段階に焦点をあて、コミュニティーを理解し、弱い部分を把握しておくことが重要です。情報が信頼できる形で発信できる環境を築く必要があります」

いまできることは?

UNDP=国連開発計画は、誤情報も偽情報も、気候科学に対する人々の信頼を損なわせ、政策対応を遅らせたり、議論を分極化させたりするとして懸念を示しています。

そして、個人でできる対策として、情報源を確認したり、科学的な裏付けができる専門家などに相談したりすることをあげています。

国連では、気候変動に関係する「事実」と「根拠」をそれぞれサイトで公開、以下のような内容を伝えています。

▽気候変動は人間活動に起因している
▽わずかな気温上昇も影響がある
▽いますぐ行動すれば、まだ気候変動を抑えることができる

また、UNDPアジア太平洋局は5月、気候変動の影響や対策などについて伝える対話型AIのキャラクター「Una」を公開しました。

「Una」は、日本語や英語、中国語などおよそ10の言語に対応していて、国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルの報告書など、UNDPが承認した情報をもとに文字や音声で質問に答えます。

例えば、地球温暖化の原因とその根拠を尋ねると、「地球温暖化の主な原因は人間の活動による温室効果ガスの排出です。化石燃料の燃焼や森林伐採が二酸化炭素を放出し、これが大気中に蓄積されて熱を閉じ込めます」などと説明してくれます。

また、海面上昇が実際に起きているのかと質問すると「温暖化による氷河の融解や海水の膨張の影響で、過去100年間で海面はおよそ20センチ上昇しました」などとデータを示しながら答えました。

特にパプアニューギニアやバヌアツといった太平洋島しょ国が直面する気候変動の影響や対策について詳しく説明できるということで、世界各地での気候変動対策への理解の促進などにつながることが期待されています。

AIは膨大なデータを処理するため、多くの電力を消費すると指摘されていますが、UNDPによりますと、「Una」は承認された情報だけを取り扱うほか、データをもとにした複雑な推論は行わないことなどから、エネルギー消費が抑えられるとしています。

この状況と向き合うために

私たちは気候変動に関する情報にどう向き合うべきなのか、国連でグローバル・コミュニケーションを担当するメリッサ・フレミング事務次長に聞きました。

Q この状況に向き合う良い方法はありますか?

「残念ながら、気候変動は“文化戦争”の一部になってしまいました。(誤った情報を流す人たちは)気候変動は現実ではない、再生可能エネルギーは信頼できない、あるいは高すぎる、自分たちのライフスタイルを諦めなければならない、と思わせようとしています」

「これらはすべて真実ではありません。問題は、一部の人々が事実を信じていないということです。だからこそ、私たちは力強いストーリーテリングとコミュニケーションを通じて、事実をより良く伝える必要があります」

「残念ながら、事実はしばしば退屈です。とはいえ、個人的な方法で伝える手段もあります。ソーシャルメディアで非常に効果的なのは、個人の発信者です。だからこそインフルエンサーたちと協力しています。これは非常に効果的になっています」

Q 気候変動対策に関わる人々がソーシャルメディアなどで攻撃される状況についてどう考えますか?

「本当に憂慮すべきことです。気候変動対策の活動家たちは、地球を救おうとする主張をしていることで悪者扱いされています。ある国々では、森林伐採などから先住民の環境を守ろうとして最前線に立っているために、殺されることさえあります。これは止めなければなりません。抗議する人々を守る法律が必要です」

「デジタルの世界でも、彼らは多くのオンライン攻撃の対象になっています。国連としても非難していることであり、私たちは世界中の気候変動対策の活動家と非常に密接に協力しようとしています」

「最近の調査では、世界全体で89%の人々が気候変動への対策を望んでいることが分かりました。日本では82%です。私たちはその多数派のために声を上げる必要があります」

「シェアする前に考えよう」キャンペーンを説明するフレミング事務次長

Q 誤情報や偽情報にどう対処すればよいでしょうか?

「国連では、誤情報や偽情報は現代における最大のリスクの一つだと考えています。なぜなら、あらゆることに影響を与えるからです。選挙に影響し、社会の安定性に影響し、分断を生み、科学への信頼を損ない、制度への信頼にも影響します」

「SNSの運営事業者、デジタルプラットフォームが責任ある役割を果たし、みずからのプラットフォームで拡散される有害な情報を減らすことが求められます。また、メディアリテラシーを持つ市民、独立したメディアがあらゆる面で情報を提供する重要な役割を果たすこと、広告主やPR会社が偽情報に資金を提供しないこと、そして最後に、政府が情報環境で建設的な役割を果たすことが求められます」

「国連は80年の歴史の中で多くの激動の時代を乗り越えてきました。確かに、いまも多くの戦争が続き、人権侵害があり、民主主義から後退している国もあります」

「しかし、同時に多くの進歩もあります。いまでは多くの子どもたちが成人まで生きられるようになりました。国連の内部では、戦争を止め、平和を築き、気候変動に対する解決策を共に見いだそうとする建設的な対話が多く行われています。私は希望を持っています」

(ロサンゼルス支局 佐伯敏、シドニー支局 松田伸子、国際部 光成壮、機動展開プロジェクト 籏智広太)

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