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「いいわよ、放っときなさい。」
「だめだよ。 此の頃いつもじゃん。」






何かが呼んだのかもしれない。
フロ-レンスからの、電話。



「決めたの、私、フランスに行くわ。」
「いつ?」
「二日後。」
「随分と、急ね。」
「でしょう。」
そう言って笑う声は、すこし乾いている。


「・・・・・・ 連絡遅くなって、ごめんなさい。」


受話器を下ろす直前に付け足すように言い足した。


















眠ったふりのKAORU。
ブランケットにくるまって。
あたしに背を向けて、あたしに貼りついて。



「行かない?」


くしゃくしゃの髪を、わざわざ覗き込む。
「うん。」
「逢いたいでしょう、フローレンスに。」
隈の浮いた目だけが、こちらに上がる。
「Leeは、いいの?」
「あたしに責任を押し付けなくたっていいじゃない。」


押し付けていい、だから言っている。





「行かない。」


そしてあたしは、大荷物を抱え、
閉ざされた扉の向こう、KAORUはまだ枕に顔を埋めたまま。













夜更けの摩天楼は何もかもが、凍てついたようで。
薄い闇に目を凝らすように、タクシーの窓に凭れかかる。

もう二度と逢えない、二度と逢いたくない、逢っちゃいけない、
だから、逢いにゆく。











「なあに、この有様。」


すっきりと機能的だったフローレンスの部屋。
あらかたの荷物は運び出し、
殺風景といってよいリビングには、一面のビジネス・スーツ。
スーツに脚をとられたように、ぼんやりと座り込むフローレンス。


「だって、持っていく服が決まらないのよ。」
「お気にいりの男らしいビジネススーツは?」
「もう、着たくないの、ああいうの。」

いつものお遊びでないことは、張り詰めたような瞳ですぐ解る。

「じゃあ、着たいのだけ詰めればいいじゃない」
「着たい服なんか、持ってないのよ。ひとっつも。」


クィーンズベリー・ルールでしか対峙できなかった、あたし。
クィーンズベリー・ルールを飛び越えようとした、KAORU。
あたしたちはあなたに、TKO負け。

「じゃあ、とりあえず捨てちゃいなさいよ。」

あたしは、誰に話しているの?







頭を冷やしたければ、アルコ-ルが手っ取り早い。
キッチンに、ワインボトルが辛うじて一本。
散乱したスーツ、アメリカン・ドリームの残骸に座り込む。



「もう、勝手にフランス行くんですって。」


「あたしからの、お餞別。」
白い絹のパンツスーツ。
温かくてクール、硬そうで柔らかくて、あたしの魅かれたあなたそのもの。
これは、あたしの最初で最後の告白。





「どうして、わかるの?」


戸惑った瞳、素敵なもの言い。
あたしはあなたが好き。
あまりにも対岸だから、手を伸ばすことすらも出来なかったけれど。


だから、後悔はしていない。
だけど、忘れることもできはしない。


「あなたのこと、好きだもの。」
「でも、あなたは彼女を選んだわ。」


月並みだけど、頬を伝う涙があんまりに綺麗で。
無意識の自分に、まだ気が付かない可愛らしいフローレンス。
あたしの顔は、さぞや嬉しそうだったことだろう。




「私、失恋したんだわ。だからこんなになっちゃったのよ。」




あなたの瞳に、あたしが滲む。
涙で歪んだ、笑顔のあたし。
扉の奥で、泣き顔のKAORU。


あたしたちは其々に、必死で肩を張り、
精一杯のバランスを取りながら、アメリカの夢を彷徨い続けた。









「失恋したのは、あたしたちよ。
 本当に気がつかないの、フローレンス?」











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