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ジムのメンバーズカードを渡す。
「気になるなら、行っていらっしゃい。あなた専用のメニューを組んでもらって。」
「いいの?」
「わからないことがあったら、フローレンスに聞けばいいわ。」
「え?」
「彼女も同じジムだから。」

瞬くほどの間だけ、彼女は戸惑った顔になり、
そして、気がなさそうな仮面を被って頷いた。



あなたとフローレンスのテリトリー、そんなものもそろそろ必要かもしれない。









コレクションの準備に忙殺される。
KAORUは生真面目にジムへと通い、レッスンを重ね、
事実上のデビューとなる、ミラノコレクションへ向けて自分を磨き上げる。
あたしはといえば、広がり続けるイメージに足元をすくわれかけながら、
抽象を具象に移しかえることに没頭する。








フェミニンで過剰にSexy、
KAORUのキャットウォークは上質に床を滑る

会場は、嵐のような拍手。
賞賛の拍手はもう慣れたけれど、今シーズンのそれは温度が高い。

エンディングの降り注ぐスポットライト、突き刺さるフラッシュライト。
シルク・タフタのマリエのKAORU、眩しそうにあたしに寄り添う。
熱気に押されたように、上気した彼女が頬に唇を寄せる。
あたしは軽くウインクして彼女の肩を抱く。

あたしたちのメッセージは世界中に発信される。







「大成功だったんですって。」
電話口でフローレンスが声を弾ませる。
「チケット送ったでしょう、ああ、勿体無い。」
「行けるわけないことなんか、知ってるくせに。」

あたしは毎シーズン無理を承知で、チケットを送る。
彼女とあたしのテリトリーの違いを実感するために。

「KAORUも凄い評判ね、おめでとう。」
感嘆が素直に声にあらわれる。
「本人に言ったげて。」


そう言ってあたしはKAORUに受話器を渡す。

「フローレンスよ。」
「え、ああ。」

あたしを上目で見ながら、耳にあてて。
あたしは気づかぬ風を装って、コーヒーなど口にする。

「あ、うん。 KAORU。」





いつもどおりの声音、涼しくてハスキーな。

「・・・うん。忙しかったんでしょ。」

「・・・・わかってる。 嬉しい。 ありがと。」

「・・・ん、じゃあ、Leeにかわるね。」


素っ気無い声とは裏腹に、瞳がきらきら上気する。
本当は呆れるほど素直、ただ、用心深いだけ。
その兼ね合いが図れるほどの老練さなどに、用は無い。











あたしの読んだとおり、コレクションの評価はかなり高いものだった。
Leeブランドの新しい顔として、KAORUへの注目が集まり始める。

そんな中でも、彼女は淡々と、日々のルーティンワークを繰り返す。
あたしも距離を変えることなく、KAORUとのバランスをとり続ける。








そして、あたしたちのバランスは静かにずれてゆく。
あたしの思惑など、関係無しに。














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