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「じゃあ、よろしくね KAORU 」
「よろしく。」
さしだされた右手は、あたしのそれと同じように細くて長くて冷たくて。
あどけない瞳と柔らかな輪郭との、アンバランスが気に入った。
「きっと何もかも上手くいくわ。
KAORU も、KAORUを得たLeeブランドも。」
およそあたしの服とは対極にあるような、
それだけで洗練された上質のリネンのような、KAORU。
モデルクラブのオーナーはあたしの気が変わらぬうちにと、強引なセールスマンも顔負けの勢いで話を進めてくれた。
この国で成功するには、人は無限の多面体であることを要求される。
要求を満たせない輩は、裏をかかれ容赦なく潰される。
自分をカッティングすることに、恐ろしいほどの努力を費やすことを大多数の人は余儀なくされる。
カッティングして研磨して、そして使い物にならないまがい物が、通りには溢れている。
こんな石は見たことが無い。
一見くせの無い透き通るようなその容貌に、密やかに息づく翳りや色香が、
決して悟らせぬよう注意深く仕舞いこまれているような。
彼女をカッティングして研磨することに、
あたしはマゾヒスティックな期待すら抱いていた。
閉塞したアメリカン・ドリームに、あたしは飽きあきしていたのかもしれない。
アポイントメントはホテルのダイニング。
あたしはコンチネンタル、あなたはアメリカン。
ルームサーヴィスでは近すぎて、オフィスでは遠すぎて、
注意深い距離を無意識に測る、あたしたち。
「ねえ、そういう男らしいスーツ、趣味なの?」
「私の仕事には、こういうのが向いてるのよ。」
「あなたの為なら、いつだってデザインしてあげてよ。」
いつものジョーク、プリズムに光を投げかける。
あなたはフォークでスクランブル・エッグをかき回す。
「いいわ。」
「まあ、どうして?あたしにデザインして欲しいって物好きは、山といてよ。」
「あなたのオートクチュールなんて、支払えるわけないでしょ。」
心地よい受け答え。
光は屈折し、あたしたちを抜けてゆく。
「代金なんて、いいわよ。」
「ただより怖いものは、ないわ。」
「あたしはあなたが、大好きなだけよ。」
少しだけ、本音。
いつものように光が散って。
「じゃ、なんかあったら電話して。」
丁寧にブローした、波打つブロンド。
颯爽と去る後姿にゆらりと手を振って。
光の塵をはらうように、あなたは出て行った。
KAORUを連れまわす。
教えるつもりなど毛頭ない。
何を選んで、何を取り入れるのか、
それだけに興味がかきたてられる。
何も得るものがないのなら、あなたとあたしどちらかが間違っていたということね。
窓から零れる光が競い合うように、立ち尽くすKAORUに纏わりつく。
緩やかに廻る瞳に、光は弾けてあたしは眩しくて。
「このブルー、好き。」
壁にかかる、マティス。
色彩が迸る。
分断するラインで、絵画が艶かしく息を吐く。
「カタログ、買ってこっかな。」
午後の陽射しの中、美術館を後にする。
用心深くて、貪欲で、KAORUは色々な顔を見せ始める。
あたしと重なって、あたしと裏腹で、それは万華鏡のように色を変える。
俯瞰してみるならば、実は大胆、この絵みたいにね。
だから、キャスティングしたのかもしれない。
フローレンスとあたしの、心地よい二人芝居に。
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