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【 21 】

















天蓋を通した薄明かりの下、わたしはりか様の首におすがりする。



りか様はなされるままにわたしの背に腕をまわす。
久方ぶりの抱擁、りか様の髪に顔を埋める。
「そうね、此の頃少し忙しすぎたのかしらね。
 かおるに寂しい思いをさせてしまったかも・・・」


いいえ、いいえ、わたしの我儘なのです。
お忙しいからだけじゃない、わたしの想いはとどまるところを知らないほどにわたしのなかで膨らんでゆくのです。
わたしは、自分が怖い、こんなにもりかさまを求める自分が分からない。

りか様が耳元で囁く。
「かおるはわたくしになにを望むの?」

いきなり聞かれる。
わたしは息が止まる。
なにを・・・・なにを・・・・
「・・・・・・ひとつに」
りか様の舌が耳朶に触れる。
「・・わたしと・・・・・・・りかさまが・・・・」

言ってしまった恥ずかしさに、顔を手で覆う。
身体は何度も重ねている、肌の匂いすら覚えている。
なのに、まだ足りないというわたしの傲慢さにりかさまは呆れていらっしゃることだろう。


くすり、と笑い声がする。
「かおるは、正直ね。」
りか様の髪が頬を擽る。
「もっと、ひとつになりたいのね?」
わたしは顔を隠したまま頷くだけ。
「欲張りなのです・・・わたし・・」
わたしの手をりかさまの手がそっと開く。
「そんなことはないわ・・・・・そんなことは・・・」
不思議な表情でりか様が仰る。
からかう風でもまく、ご機嫌を悪くなされた風でもなく、今までにわたしが見たことも無い顔で。






りかさまは立ち上がり先ほどの硝子の欠片を拾ってくる。
それをご自分の人差し指に当てる。
「ああっ!いけませんっ!」
「そんなに深くないから、大丈夫よ。
 さあ、かおる、横になって。」
わたしはりかさまの考えていることがわからない。
ただ言われたとおりに横になる。
額を優しく撫でられ、慈愛に満ちた瞳がわたしを覗き込む。
唇を小さく開かせられる。
細い人差し指が唇を這う。
りか様の血の匂い。
それはりか様の薔薇の香りと混ざり、わたしの鼻腔を酔わせる。
「赤いルージュがよく似合うわ。」
そしてわたしの傷つけた指をとり、ご自分の唇へ。
わたしの血で染まったりか様はぞくりとするほど、美しくて、官能的で。



唇と唇を、そっと触れ合わせる。
りか様の血の匂いが鼻腔を刺す。
それは薔薇の甘い香りと混ざり合い、不思議な官能を呼び覚ます。
わたしたちは互いの唇を貪りあい、互いの血に酔いあう。
重ねる息が熱く昂まる。
しなやかな指が忍び込み、ドレスの胸元は大きく開かれる。
りか様の肌が、ぼんやりとした闇のなかに艶かしく曲線を描く。
真珠色の光を放つようなそれが、ゆるやかにわたしの上を覆う。
心臓の鼓動を重ねあい、唇を深く深く、重ねあう。
柔らかく押し付けられる曲線に、沿うようにわたしは波を打つ。
「・・・・・んっ・・・・」
小さく声が漏れる。
わたしの身体を弄るように、りか様の舌は激しく熱い。


それは息が止まるほどに。


背中に回した指が、思わず爪を立てる。
りか様の背が反る。
「も・・・申し訳ございま・・・」
「いいのよ。」
薄く開いた口の端を上げ、りか様はかぶりを振る。



首筋に痛いほど歯が立てられる。
それは眩暈がするほどの痺れを呼び、身体の芯が熱くなる。
さらりとした黒髪は柔らかにわたしを刺激し、唇は何か別の生き物のようにわたしを狂わせる。
胸を舌で転がされ、吸われ、滑らかな指が脚をなぞる。


「わたくしの、かおる。」
くぐもった声がする。
「はい。」
わたしは、呂律のまわらない舌で精一杯お答えする。
「まだ、ひとつにはなれなくて?」
ああ、りか様の舌がわたしを下がってゆく。
「・・・・・・わかり・・・ません。」
胸の膨らみの下に歯が立てられる。
「ああっ・・・」
「素直な答えだわ。
 あなたはいつでも、あなたらしい・・・」
りか様のお声は、訝しげでもあり、微笑みのようでもあり、苛立ちのようでもあり、
わたしはお気持ちを測りかねる。
だけど、もう、考えることなどできはしない。
渦巻くような官能の波にさらわれ、ただ、揺らぐことしか。






片膝をそっと持ち上げられる。
腿の裏を、引っかくようにしてりか様の指がなぞってゆく。
絹の靴下が、さらさらと解かれてゆく。
指と絹の感触が溶けあい、わたしは潤い開いてゆく。
りか様の舌が触れる。
「そんなに・・・ほしいの?
 ・・・・・・・わたしが。」
仰け反る首、声が掠れる。
「は・・・・い・・」
どんなにあさましかろうと、もう自分を偽りは出来ないほどに、
りか様はわたしを支配している。
わたしはりか様に支配されている。
それはこの上無い喜びをもって。
微かな舌の動きは、首筋に駆け上がるように伝わる。
わたしの全身に絡みつくように、神経がちりちり収縮する。
りか様の髪が指が唇がそして肌までもが、わたしを燃えたたせる。
全ての思いは熔け、心にはただひとつだけ。




何もいらない、誰もいらない。
りか様だけいればいいの。





「んっ・・・・」
思わず小さく叫んでしまう。
「痛いの?」
「いいえ・・いいえ・・」
わたしは歓びの声を返す。
りか様がわたしを支配し、楔を打ちつける。
それはわたしを蹂躙し、全てを拭い去ってしまうような激しさで。
又叫びそうになる唇が、不意に唇で奪われる。
息が止まる程に強く吸われ、声を出すこともできない。
身体は楔で戒められたまま、全身がりか様に熔けてしまいそうな気すらする。
わたしはただ、しがみつき、唇を求め続け、震え続ける。

りか様の楔は、荒々しく、しかし確実にわたしの中を探り当てる。
唇も、胸も、りか様と重なりあったまま、身体の芯がいたぶられる。
背骨を駆け上がるような、衝撃が走る。
「・・・ん・・・・ん・・っ」
洩れる喘ぎすら吸い取ってしまうように、舌が絡みあう。

「かおる・・・・」
低く掠れた、りか様のお声。
わたしは大きく仰け反り、そして弾ける。




わたしは、磔けられたまま、底知れぬ闇へと堕ちていった。


















グラスにブランデーを注ぎ、バルコニーへと出る。
わたくしの髪に、あの子の匂いが今も尚残る。
それは海風にも散ることはなく、わたくしの身体に、心に染み付いている。
白粉にまみれた欺瞞の香りなどではない。
なにかもっと、そう動物的とでもいうような。
感情がそのまま、皮膚からにじみ出てくるような匂い。

痛ましいまでにわたくしを慕い続ける、かおる。
あなたのぶつける愛は、いつでも剥き出しのまま。

どんなにわたくしが汚そうと、それはいつでも至高の輝きを放つ。


あなたの愛が、わたくしにとってどれほどに美しいものであることか。
きっとあなたは気づかない。。
その眼差し、唇、仕草、体臭までもがどれほどにわたくしを魅きつけて止まぬものか。





わたくしはもう、気づいてしまっている。
愛の囚われ人は、あなたではないということに。






ひとつになることを求めて止まぬのは、このわたくしだということに。
























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