【 19 】
「ラッカム達の処刑を、布告しましょう。」
琥珀の液体を口に運びながら、りか様が呟いた。
カウチに侍るように座るわたしの巻き毛を弄びながら。
そんなわたしがまるで目に入らないというような風情で、
貴族が答える。
「承知致しました。
大々的にいたしますか?」
しなやかな指で髪を擽るように巻きつける。
「そう、カリブ中に噂が行き渡るようにね。」
りか様はとても楽しそう。
赤くふっくらとした唇が艶やかに弧を描く。
「処刑はいつ頃に、いたしますか?」
ブランデーを一口含まれる。
「総督就任の舞踏会の後、かしら。」
貴族は少し遠慮気味に、言葉を挟む。
「随分と慌しくなりますが。」
りか様の瞳が緩やかに流される。
その黒々と吸いこまれそうな瞳に、わたしの頬は熱くなる。
「そうね、でも、奴らの機会をできるだけ狭めなければ。」
「と、申しますと。」
そしてお優しげに微笑んでわたしの頬に唇をよせられる。
「舞踏会で袋の鼠にしてしまいましょう。」
貴族は顔色一つ変えず、答える。
「素晴らしい案ですわ。」
わたしには入れない、いえ入りたくない世界。
わたしはりか様のお側で、りか様の仰るようにできればそれでいいの。
わたしは身体をりか様にしなだれかける。
「かおる、分かって?」
りか様がわたしに言葉を求めるのは珍しい。
わたしはただ、頷くだけ。
「あの子には手を触れては駄目よ。」
そしてわたしの頬に指を滑らせる。
「あの子・・・とは?」
貴族が怪訝そうな顔になる。
「金髪の海賊の頭領は、」
貴族の細い眉が一瞬ひそむように動く。
「わたくしが、相手をしたいのよ。」
貴族はわかったというように、目を伏せる。
「・・・・御意に。」
静かに一礼して、貴族は部屋を出た。
わたしはりか様にただ寄り添ったまま。
厚いビロウドのカーテンの向こう、ざわざわと風が揺れたような気がした。
それはまるで、あの遠いイングランドの荒野のように。
りか様はあの荒野を駆け抜け、荒海を乗り越え、
刀を血で染めながらここまで駆け上がった。
わたしはただひたすら追いかけるだけで、
それでもただ嬉しくて。
安住の地など、わたしにはどこにもない。
ただ、あなたのお側だけ。
「かおる。」
「はい。」
わたしは髪を弄ばれながら、答える。
「やわらかいのね、あなたの髪は」
「はい。」
暖炉の爆ぜる音がする。
りか様は瞬き一つせず、見つめている。。
この炎の向こうに、何が見えているのか。
わたしは見えるはずも無いのに、目を凝らす。
りか様と同じ香りを嗅ぎ、りか様と同じ風の音を聞き、
そしてりか様と同じものが見たい。
りか様の何もかものお側にいたい。
この狂おしいまでの思いをいだかせる、ただ一人のお方。
「ねえ、かおる。」
「はい。」
りか様の両の掌が、わたしを包む。
深い虹彩がわたしの瞳を抉る。
その痛みに、わたしの胸は波打つ。
「あの金髪の・・・・・タニは。」
低く歌うように、語り掛ける。
「あなたの面差しに、似ているわ。」
戸惑ったようなわたしの顔に、くすりと笑う。
炎の翳が差す。
柔らかく、唇が唇に触れる。
舐めるように、舌が動く。
わたしを確かめるかのように舌が絡められ、
吸われ。
炎の音は、もう聞こえない。
ただ、胸の奥に小さな炎がぽつりと灯る。
「今夜は疲れたわ、下がりなさい。」
長い廊下を部屋に戻る。
りか様の微笑が、お声が蘇る。
あの方はタニという青年を、
まるで待ち侘びているかのようにお話しになっていた。
わたしと似た面差しを持つ者。
あの微笑と艶やかな声が、わたしを疼かせる。
りか様はあの青年のことを考えているのだろうか。
胸の炎は、まだ消えない。
それは、切ないまでの嫉妬を伴って。
チカ様のお部屋から灯りが洩れている。
夕べの祈りの声が細く流れてくる。
この方は何を祈るというのだろう。
何故祈るというのだろう。
わたしは神に祈ったことなどなく。
それは恐らくや、あの方も同じこと。
惑いながらただ自らを信じ、突き進み続けた。
荒野から大海へ。
そして、カリブのこの島まで。
道標の無い彷徨は、どこまで続いているのだろう。
どこだろうと構わない。
ただ、りか様のお側にいられるならば。
夜道に馬を駆る。
時折、無性に走り出したい時がある。
それはあのお方を垣間見てしまった時。
りかさまのお心を。
月の翳が、銀の髪に散る。
潮の混ざった風が、通り過ぎて行く。
りかさまは彼を欲しがっている。
あの驚く程に面差しの似た、彼を。
胸の奥で小さな棘が、ささくれる。
それは揺れる月の翳の中で、じわりと胸を締め付ける。
わたくしはあの方に誰よりも近いはず。
この貴族としての誇りを、孤独を。
誰よりも分け合える。
だからあの子が、どんなに望もうとわたくしは決して揺らがない。
揺るがずに頭を上げるわたくしは、りかさまに誰より近いのだから。
岬のはずれで馬を止める。
屋敷が闇に遠く浮き上がる。
今宵の空には星すら見えない。
微かな波音は、引きずり込むような不安を呼ぶ。
さざなみのような予感が胸にざわめく。
どれほどにりかさまがあの子を欲しているか。
あの褐色の瞳がどれほどにあの方を見つめているか。
わたくしがどれほどにあの方を狂おしく求めているか。
そして、わたくしは貴族だからこそ、ただ立ち尽くすしかない。
たとえ、血にまみれた幕切れがまっていようとも。
← Back Next →
| SEO |