【 17 】
サンタ・カタリーナの夜は、波音が遠く響く。
イギリスの屋敷では、荒野を渡る風の音が響いていた。
揺らめく蝋燭の下で、
宝石箱からネックレスを選び出す。
大きなの純白の真珠が、一粒。
蝋燭の光は柔らかにその光沢を浮かび上がらせる。
あの方へのわたしの想いの様に。
ネックレスにあわせて、ドレスを選ぶ。
繊細なレースに縁取られ下品にならない程度に胸元の開いたドレスにしよう。
ベッドにドレスと絹の靴下を広げ、わたしは湯浴みする。
薔薇の香油を落とし、薔薇の湯気に包まれて。
今宵を想いほんのりと肌が上気するころに、湯をあがる。
髪を柔らかく巻いて、真珠を首に巻く。
白い光の粒が、わたしの膨らみのあいだにそっと触れる。
靴下を引き上げ、ふわりとドレスを纏い、唇に薄く紅を差す。
りかさまのグラスを選ぶ。
今夜はこのなめらかなラインのものを。
どことなく艶やかなカーブを描くその形は、
りかさまのお指にとても似合うことだろう。
時計の鐘が鳴った。
盆にグラスと酒をのせ、わたしは部屋を出た。
高まる鼓動を感じながら、頬が熱くなる。
「りかさま。」
扉の前で、声をかける。
いつもわたしは緊張して、少し高い声になる。
りかさまにはお見通しだろうと思うと、又頬に血が上る。
「お入りなさい。」
いつものように、りかさまの声。
少し低めで、心を蕩かすような声。
「失礼します。」
部屋の中には、いつものように黒い意匠を凝らした、
レースのローブを纏うりかさま。
なぜか、向かい側の椅子にはあの貴族が座っている。
「まだ・・・御用事が済まないのでしたら、後ほど出直して・・」
「いいのよ、かおる。
こちらへいらっしゃい。」
貴族の口の端が、ほんの少し上がったような気がした。
わたしはりかさまのお側へ。
いつものようにグラスをお渡しし、カラフェから注ぐ。
少しちくりとした失望とともに、わたしは引き下がる。
「では、又、なにかございましたらお言いつけ下さいませ。」
りかさまが、グラスを持つ手を止める。
「まだ・・・帰る必要はないわ。」
「ですが・・」
わたしは思わず、貴族の方に目を向ける。
わたしがりかさまと頂くはずだったグラスを細い指で操っている女。
「こちらへ・・・いらっしゃい。」
わたしはわからずに、りかさまのお側に跪く。
「いいえ、わたくしの、そうね、膝の上に。」
「え・・・」
つい目の前にいる貴族に目が行ってしまう。
「ご遠慮なく、どうぞ。」
こともなげにけぶるような睫を伏せ、グラスに口をつける。
りかさまが満足げに、微笑まれる。
わたしはおずおずとりかさまのお膝の上に。
細い指が私の真珠を弄ぶ。
「大きな真珠ね。」
「はい。」
「乙女のように、白い。」
「はい。」
鎖骨に指が流れる。
そして円を描くように、首筋を遊ぶ。
「かおる・・・・」
「はい。」
「もう息が、荒いわよ。」
目の前の貴族はまだそ知らぬ顔で、グラスを持ったまま。
わたしは鼓動が聞こえるのではないかと、頬が赤くなる。
りかさまはわたしの頬が赤らむのを、楽しげに見つめている。
顎に指がかけられ、唇が吸われる。
「りかさ・・・まっ・・・」
「気にしなくていいのよ。」
指がドレスのリボンを解いてゆく。
わたしの膨らみが露になり、
優しくりかさまの指が嬲るように尖らせてゆく。
わたしはりかさまの下されるものならば、全てを受け入れてしまう。
それほどまでにこの方はわたしの全て。
その快感と、屈辱に、わたしは目を固く閉じる。
わたしは貴族の前で、あられもない姿となり、
りかさまの腕の中で、荒い息を吐いている。
貴族はその透き通るような冷たい蒼い双眸をこちらに向けるばかり。
ドレスはもげた羽のように、足元に落ちる。
わたしは真珠を纏うだけの惨めな姿で、りかさまの腕の中で震え続ける。
りかさまはいつになく優しく、そして的確に。
わたしを狂うほどに刺激する。
わたしは頬に涙が伝っているのすら、気が付かないほどに。
「かおる、いらっしゃい。」
わたしは抱き上げられ、天蓋の中に横たえられる。
りかさまはローブの片肌をはだけられ、わたしの首筋に唇を這わせる。
「ああ・・・あ・・・っ・・・りかさま。」
耐えきれず、わたしは名前を口にしてしまう。
「嬉しいの・・・?」
耳元を擽るように囁く。
りかさまが笑っていらっしゃるのがわかる。
それでもわたしは答える。
「は・・い。」
「そう、いい子ね。」
そして、舐めるように耳朶を噛みながら、
「今宵はもっと、楽しくてよ。」
「え・・・・」
いつしか天蓋の中に、あの貴族が立っていた。
わたしは反射的に身を固くする。
「まあ、随分な御挨拶ね。」
わたしはりかさまの首に、縋りつく。
「いやです・・・わたしは、りかさまと・・・。
いやです・・」
りかさまはこの上なく嬉しそうに微笑まれる。
「まあ、かわいいこと。
でも、何も心配することはないのよ。」
わたしはりかさまを見上げた。
「今夜は私も、一緒だから。」
わたしは大きく息を呑む。
何故、何故、りかさまは。
わたしがあなた様しか見えないことは、ご存知のはずなのに。
そして、りかさまのお望みならば、
どんな浅ましいことでもわたしは拒むことはできないのに。
「ゆうひはとても、物覚えがいいの。
わたしの癖も、あなたの癖も・・・ね。」
貴族がローブをさらりと落とす。
わたしはただ、りかさまの瞳をみつめているしかない。
「まあ、そんなに怯えた目をして。
かわいらしいこと。」
りかさまがまた口付ける。
手元で真珠を弄びながら。
「なぜ・・・なぜなのですか?」
わたしは必死にりかさまだけを見つめ、問い掛ける。
「わたくしは美しいものが好き。
知っているでしょう、かおる。」
りかさまは、慈愛とも取れるほどの笑みを浮かべる。
「わたくしを求めるあなたは、とても美しいわ。」
そして、わたしの前髪をかきあげて、額にふわりと口づける。
「さあ、そんなに固くなるのはもうおやめなさい。」
貴族がわたしの脚に触れ、柔らかな刺激を込めつつ上ってくる。
あれほどに嫌いな女なのに、
そのりかさまと寸分違わぬ指の感触がわたしの神経を操り始める。
りかさまは真珠を口に含み、わたしの胸を愛撫する。
その柔らかく硬く、冷たく暖かい舌に、わたしの胸は狂喜する。
絹糸のような黒髪が、首を締めつけるように絡む。
ああ、りかさまの髪でわたしを今締めつけて頂けたらと。
そして、貴族もわたしの脚に口づける。
じらすように、急かすように、
吸いつくかと思えば、噛む様にわたしを翻弄する。
わたしはりかさまに縋りつき、貴族を忘れ去ろうとする。
りかさまの口の中で、胸の昂まりと真珠が転がされる。
貴族の唇はわたしの身体の入り口を、じらすように弄ぶ。
幾万の神経が、全て快感となり押し寄せてくるようで、
わたしは、又、堪えられない涙を流す。
唇が開いているのが、わかる。
声が洩れているのが、わかる。
でも、それらはもう意味をなさず、
わたしは激流に巻き込まれたように、震えている。
「りかさま・・・・」
「いいのよ、ゆうひ。
好きになさい。」
二人の声が、遠くから聞こえる。
「嫌・・・・っ・・・」
細い声は言葉の体をなさず、ただ喘ぎとなり洩れるばかり。
「かおる、とても綺麗よ・・・」
涙にまみれたわたしの両頬を、りかさまが包む。
「いえ・・・いいえ・・・・。」
余りの羞恥に、わたしは思わず顔を逸らす。
その瞬間、貴族の細い指が容赦なくわたしに押し入る。
「あ・・うっ。」
強張ったわたしの身体に、鋭い痛みが走る。
又、涙が伝う。
そんなわたしの顔をりかさまは離さず、見つめ続ける。
こんなに苦痛に歪んだ顔を、涙にまみれた顔を。
恥ずかしさに歯を食いしばる。
「いいのよ、それで。」
りかさまの声は、暖かさすら含んでいるような不思議な響きを帯びる。
唇に唇が重ねられる。
強張ってしまったわたしの舌を、蕩かすようにりかさまの舌がかき乱す。
わたしは痛みと屈辱から逃れようとでもするように、
りかさまの舌におすがりする。
滑らかに、わたしを包むようにりかさまはわたしを抱き締める。
わたしたちの胸の間で、真珠が触れ合いまろやかな刺激となる。
わたしの肩に、腕に、りかさまの髪がかかる。
わたしはこの方に捕らえられたような幻覚に襲われる。
りかさまが、わたしの全てを支配しているかのような。
その恍惚のなかに、わたしの身体も感覚も麻痺してゆくようで。
痛みはいつしか快感に変わっていた。
溢れる恍惚は、瑣末な理性など押し殺してしまう。
全ての刺激が、りかさまだけに収束される。
貴族の唇は、わたしの膨らみを滑るように吸う。
わたしの唇は、りかさまを求め喘ぎ貪る。
いつしか鋭い痛みは鈍くなり、そして快感に変わる。
そして、りかさまもわたしの中に入ってくる。
二本の指の奏でる狂おしいハーモニーは、嵐のような激しさで。
わたしはりかさまに必死でしがみつく。
唇はりかさまに犯されたまま。
わたしの舌は必死でりかさまを捜し求める。
身体の内側を蠢くものが全て刺激となり押し寄せてくる。
飛ばされてしまわないように。
りかさまのお側に。
震える程の快感の渦の中で。
背骨が折れるほどに、身体が反りあがる。
喉が裂けるほどの声を上げる。
そして、純白の真珠の光が瞳の裏で弾けた。
「りかさま、これで宜しかったのですか?」
ゆうひがローブを整えながら尋ねる。
「ええ、とても、ね。」
少し乱れた黒髪が、その美貌に妖しさを彩った顔でりかが答える。
「なぜ・・・」
「そのような問いは、必要無いわ。」
満足そうな笑みとともに、グラスをゆうひに上げる。
この輝かしいまでの威厳、高貴さでわたくしは全てをあなたに捧げる。
だからこそ言葉がでてしまった。
「わたくしは・・・・」
「あなたはわたくしの第一の、そして忠実な愛おしい部下。」
りかさまは立ちあがり、わたくしのそばへ。
冷たく細い指先で、わたしの薄い唇をなぞり口づける。
「では、あの子は・・・・」
りかさまの口元が上がる。
瞳の奥に、わたくしが見たことの無い光が灯ったように思えた。
「あの子は・・・そうね・・・・夢、かしら。」
その声音は、皮肉と言うより寂しさを含んでいるような不思議な香りがした。
わたくしはこの方の中へは、入ることができない。
ならば一の部下であり続けよう。
わたくしがこの方に愛される、唯一つのやり方で。
そして、わたくしはあの部屋を後にする。
りかさまとあの子を残したままで。
遠く波の音が、今夜は荒い。
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