【7】
まだ少年といってよい、そんな輝く瞳だった。
「ちちうえ・・・っ・・!」
飛び込んできた、総督の息子。
乱れた絹の金の髪、海を映す藍の瞳。
怒りを剥き出しにした育ちの良さそうな顔立ち。
地上に天使がいるのなら、きっとこんな風だろうとは思わずにいられない。
わたくしは極上の笑みを浮かべる。
「 ・・・・・・貴様っ !」
まあ、そんな物言いをするものではないわ。
剣の腕はそれなりに磨いていても、
お上品な嗜み程度のそれでは、人を切ることはできないわね。
生命の最期の息衝きを、その最期の滴りを、
切り裂く剣が吸い込む刹那。
それはもう、官能の極みへとわたくしを誘い込むの。
かをるもまた、そういう人種。
でもあなたは違うこと、わたくしには分かってよ。
空を切る刃の風をかわしながら、
薄く腕にひとつ筋をつける。
傷ついた天使を見たいが為だけに。
ブラウスが裂けて、滲んでゆく紅が美しい。
しゃにむに振りかぶった剣を、払い落し、
この美しい少年にのめりこみ刻む予感を、
うっとりと感じながらわたくしは剣を振り下ろす。
「逃げろ!」
まあ、もう、動く気力などないと思っていたのに。
総督が身を挺して庇ってしまうなんて、残念だこと。
血の海に染まる大広間から、天使は飛び出してしまった。
「りか様、わたくしが。」
返り血を浴びて、瞳を煌かせたかおるが跪く。
ああ、あの天使はどことなくこの子に似ていたのだわ。
見事な宝石細工のみせる、光と影のように。
馥郁と醸し出される、この純粋で清純な耀きが。
「いえ、りか様、わたくしが。」
玲瓏な貴族が、挑戦的に唇を尖らす。
「そうね ・・・・できるならば、生きたまま捕らえてきて。
・・・・かおる、行っていらっしゃい。」
下された命令に、無邪気なまでの笑みを浮かべ。
血に染まった剣を片手に、かおるがあの子を追っていく。
捕らえかえってきたならば、あの子とかおるを戦わせよう。
かおるは天使を切り刻み、その血を全身に浴びながら、
花のように微笑むのだろう、ただわたくしの為だけに。
艶やかな返り血を纏い微笑むかおる。
足元に崩折れた生命の炎の薄れていく天使。
その醜悪なほどに美しい対比を思い描き、わたくしはしばし恍惚となる。
街の外れまで、息子を追い詰める。
のこのこ付いて来た従者が邪魔臭い。
ただのお坊ちゃんかと思ったら、案外としぶとくて、
わたしは段々と焦り出す。
あの御方は生きて連れて帰れと仰った。
それは彼に魅かれたということ?
優しげな顔をして、わたしのような女とは、
剣を交えられないとばかりに逃げ回る。
いくら美しくても、りか様の興味を引くなんて許せない。
それが男であっても、女であっても。
生きてなど連れて帰ってなどあげない。
青い瞳を永遠に閉ざした、物言わぬ首だけを持って帰るわ。
それでも、りか様はきっと喜んで下さるに違いない。
サロメのように、捧げ持って口付けるかもしれないわ。
そしてあなたの血に濡れた唇で、わたしの隅々を味わって下さるはず。
わたしはあの方の唇で、悦楽の涙を流したいの。
「たに様!お逃げ下さい―――――― 」
従者が一太刀で沈んでいく。
その一瞬をついて、金の髪は波間に消えていった。
「申し訳ございません。あと、一歩という処で・・・・・」
心の底から残念そうにかおるが言う。
「仕方ないわね。わたくしのかおるは。」
唇を噛むわたしの頬に、りか様の細い指が触れる。
頬に軽く唇が舐めて、そして艶然とした笑みが浮かんだ。
「 では。
・・・この街を、火の海にしておしまい。」
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