【5】
部屋に炎が爆ぜ、音が沈む。
ゆっくりと映る影は、壁に伸びる。
緊張に肩甲骨が浮き上がり、その感触を楽しんで。
熱い背が強張り、しなやかな腕が私に縋るよう。
柔らかい髪の間に指を滑り込ませ、甘い耳朶に舌を寄せる。
「なあに? かおる。」
臙脂の背凭れにゆうひの手がかかる。
顎に指をかけ、かおるを覗き込む。
「欲しいでしょう?」
瞳に私が、微笑んで映る。
虹彩が大きく開く。
ゆっくりとかおるは、首を振る。
私しか見えないかおるが、大好きなの。
だから、何も見えなくなって。
貴族がぞんざいに、肌蹴た肩に手を掛ける。
抗い私に縋る指を、愛撫するように一本ずつ外してやる。
見つめる瞳にありったけの優さを込め、微笑む。
「もう少し、酔いたいの。」
あの子の選んだグラスを取る。
ゆうひが思い切り、腕を捻り上げる。
水晶が飛び散り、あの子のように煌き舞い落ちる。
カーテンの巻き上げられた優美な寝台の前で、ゆうひは足を止める。
「行きなさいよ。」
炎を浴びた顔が、こちらを睨み返す。
平手を振り上げ、寝台に叩き込む。
言葉を失ってなお、睨み返す飢えた瞳。
噛み締めた口の端から、一筋血が伝う。
航海に出る前に、思い知らせよう。
あなたのいるべき処を。
私のあるべき処を。
琥珀の液体を舌で転がす。
冷たくて蒼いゆうひは、私と同じ血が流れているのだろう。
だから、あの子の目を潰して。
何も見えなくなるほどに。
レースの海の中、泳ぐようにそれでも後退る。
乱れた胸元に巻き毛がゆるやかに波打ち、上下する。
あの人もそうやって、誘ったの。
胸の底に凍らせていた、痛みが突き上げる。
髪を掴み取り、顎を上げさせる。
漆黒の瞳が瞬きすら忘れた様に、私に向けられる。
ありったけの軽蔑の潜む声で、囁いてやる。
「留守を任せるお礼をしてあげる。」
あの人の温もりを拭い去るように、口付ける。
顔が逸らされ、唾が飛ぶ。
髪を掴む手に力を込め、反り上がる喉に嘲りを込める。
「あの方の、お望みよ。」
喉が波打ち、顔を逸らす。
泣いて許しを乞いもしない。
暖炉の火を背に、漆黒のあの人が座っている。
戦場で血にまみれる、私を見る時の眼で。
薔薇のドレスに手が掛かる。
天使の羽根が捻られる。
誘うようなあざとい色で、身のほどを知らないにも程がある。
街の女でも、もうすこし弁えがある。
そんなにあの人に触れて、欲しいの。
あなたに相応しく、扱ってあげる。
はだけたレースの胸に手を掛け、ゆっくりと引きおろす。
「触らないで。」
やっと言葉を思い出したの。
構わず両手を掴み上げ、嘲るように服を剥ぐ。
「触りたくなどないわ。」
まだ逃れようとする喉を、爪を立てて押さえ込む。
脚で思いきり膝を割る。
「あなたの、息を止める以外はね。」
わたしの嘲笑に、跳ねるように蹴り上げる膝が答える。
鳩尾が詰まり、思わず手を離す。
闇雲に噛み付かれ、ブロンドに掴みかかられる。
私のいとおしい、美しい、獣たち。
容赦無いゆうひに抗うかおるが、心を酔わせる。
私の為に戦って、その白い肌を血に染めて。
私の中に倒れ込むあなたを、愛してる。
まるで、動物だ。
ならば、身体で分からせるしかない。
跡がつこうと構うものか。
肘で喉元を押さえ込む。
吸い付くように、噛みつくように唇を這わせる。
汗にまみれ滲む血の、錆びた味がする。
生娘のように無垢な膨らみに、思いきり歯を立てる。
その痛みに、耐えられぬ叫びが上がる。
組み敷く身体を固く戒め、微動だにさせてやらない。
あの人を、全て拭い去ってあげる。
冷たく燃える怒りを込めて、強く柔らかく刺激を与える。
どれほど愛していても、出来ないほどの愛撫を。
あの人と、同じようにしてあげる。
もうすぐ、身体が応えだす。
嗚咽に搾り出すような呻きが混ざる。
ブルネットにまみれた涙の中、かおるの顔がこちらを向いた。
薄い瞳が赤い唇が、喘ぐように開かれる。
美しいわ、かおる。
何もかも見えなくなる、あなただけを見ていてよ。
そして、私だけを見て。
あの人が微笑む。
私を抱くときと変わらぬ眼差しに縋りつく。
心とは離れたどこかで、抗う身体が燃え出すのが分かる。
眼差しに包み込まれる。
何もかも消し去って、あの人だけを見ていよう。
だから、私だけを見て。
暖炉の火は、部屋を歪ませる。
あの人の影は揺らぎ、
滲んでなお、美しい。
← Back Next →
| SEO |