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【4】











鬱然とした廊下を、どろりと雨音が染めてゆく。
燭台の灯りが、ゆらゆらとわたしの影を弄ぶ。




客用寝室はもう灯りが消えている。
何とはなしに、安堵する。
早く、あの御方に触れて頂きたい。
そんな思いが石榴のように、胸から溢れ出す。












暖炉の前で、りかが書類から顔を上げる。
火を受ける瞳は赤く煌くようで、其の中でわたしは焼かれるよう。
目尻に微かに皺を寄せ、それはいとおしいという表情なのだろうか。





「随分と遅かったわね。」




暖かい部屋に、貴族の残り香を見つけてしまう。
艶やかな黒髪の、一筋の縺れを探してしまう。
この方には、なんて浅ましいわたし



いつも通りグラスを渡し、いつも通り酒を注ぐ。
暖炉の火に、琥珀が煌く。



ブランデーが気になって、上目で顔を窺ってみる。
「なあに?」
黒いレースに赤が映り、顔に血の色の影が差す。
まだ、酔うほど飲んでいないはず。
「お気に、召しましたか。」



嬉しそうにグラスを傾ける。
細い咽喉の上下するさまだけで、こんなにも艶かしいあなた。



「まだよ。」




細い指が水晶に絡められる。
手首を掴まれ、暖炉を背に導かれる。
瞳にからかう様な笑みが散って、わたしの顔を覗きこむ。
寛ぐこの方の頬を恭しく包み、柔らかく唇を合わせる。







臙脂の背凭れに寄りかかり、舐める眼差しにわたしは身を委ねる。
ドレスなど透かす様なその眼差しに、恍惚としてわたしは目を逸らす。



それは羞じらいではなくて、もっと見つめて欲しいから。




「私の大好きな、薔薇、ね。」
柔らかな笑顔が嬉しくて、思わず頷いた。
ひんやりとした手の甲が、頬に触れる。
頤から鎖骨へ濡れたような滑らかさでなぞられて、
わたしは縛りつけられた様に、動けない。



「薔薇は蕾が、一番綺麗だわ。」











はにかんだように微笑むかおるを膝に抱き上げる。
頬を、首を、羽のように.唇で触れてあげる。
天使みたいに嬉しそうに笑うのね。
「くすぐったい?」



笑窪を浮かべて首を振る。
小さな鱗みたいに薔薇色に光る唇で、
あどけなく、だけど巧みに唇を返す。
天使の祝福など、貰えない私に。


ベルべットとレースの波間から、慄える脚がはだける。
吸いつくような薄い靴下に、指を伸ばす。
膝が強張り、そして慎ましい悦びに緩んでゆく。
首筋に触る薔薇の息遣いを聞きながら、
絹ごしに昂まる官能に、酔い痴れる。








暖炉の火にまみれるように、上下する膨らみに口を這わせる。
どんなに血で洗っても、生まれたての肌は変わらない。
私の膝の上で、かおるは艶かしい匂いを纏ってゆく。
火照る肌に、うっすらと汗が紅く光る。
戦場とは違う汗ね。





「もうすぐ、サンタ・カタリ-ナね。」



虹彩を煌かせ、あなたの口が開く。
霧に閉ざされた荒野でも、荒れ狂う大洋でも、あなたの側ならばどこでもいい。
あなたが目指す高みなら、私が切り開き途を造るだけ。
こうして肌を合わせられるなら、どこにでもついて行く。
膝から昇る華奢な爪は、わたしの身体を掻き乱す。
背中のボタンは、滑らかに散ってゆく。
薄い肩に触れる唇が、熱い。






開く唇から、チョコレートより甘い吐息が洩れる。
舌で触れると、求めるように又開く。
私の飢えた天使。
天国のあなたも好きだけど、地獄に降りるあなたはもっと綺麗。
「欲しいの?」
求める唇に、親指を這わせて。
赤い舌が花弁みたいに伸びる。







「そろそろ、いいかしら。」













暗闇に浮く、天蓋のカーテンが開く。
夜の海よりなお蒼いローブの、貴族の影が映った。















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