【2】
王宮から、サンタ・カタリーナのイギリス総督任命の知らせが届く。
暗くじめついた荒野、重苦しい石の城で鬱々と過ごしていた日々ももうすぐ、終わる。
妹君は輿入れをまだ渋っているようだ。
政略結婚の道具として、遠い親戚から貰われてきたくせに。
あなたが早く結婚していれば、総督の件もこんなに揉める事はなかった。
何の役にも立たないならば、せめてその身を売ればいい。
自分を偽りたくないのならば、命を売るしかない。
「就任は、来年の四月。」
長いテーブルの上座で、あの人が言う.
「薔薇が、見られないわね.」
少し乱暴にステーキにナイフを入れる。
血が滴るようなレアを、滑らかに口に運ぶ。
「直ぐに、薔薇園を作らせます。」
向いで、静かに白皙の美貌が口を開く。
「五月には、満開になるように。」
生粋の貴族らしいブロンドを静かにかき上げる。
優雅なフォークで、ウェルダンを口に運ぶ。
「妹君はいつご出立ですか。」
眉根に薄く皺が寄る。
「そうね、先に送ってしまいましょう。
行ってしまえば諦めるわ、全く。」
蝋燭の灯りを受けて、ブルネットの口の端が上がる。
「ゆうひ、一緒に連れて行ってくれる。」
ワインを傾ける手が止まる。
いかにも不満そうだけれども、お首にも出せない、貴族だから。
士官学校の後輩だというだけで、いつのまにかこの城に出入りするようになっていた。
一段高い処で、顔色一つ変えずどんなことでもやってのける。
そして、必ず私を一瞥する。
リカ様の右腕のあなたには、左腕が余程目障りなのだろう。
上辺だけの敬意を込めて言ってみる。
「あなたなら、安心ね.」
侮蔑に満ちた目が、こちらを睨み返す。
そして、あの人に微笑む。
「分かりました。」
初めてこの城に来た時から、目障りだった。
あどけなさそうな顔をして、あの人には商売女のように微笑む。
競うように剣を振るい、血を浴びる事を厭わない。
あんな飢えた目は、とても私には出来ない、したくない。
あの人の命令ならば、しばらく側を離れよう。
あなたには出来ない、血筋だけが取り柄の我侭な妹のお守。
「留守の間、よろしくね。」
あの人はあなたには、ふさわしくない。
側にいるべきは、私のはず。
三人の晩餐が終わりに近づく。
ベルベットの天幕の下、デザートが運ばれる。
繊細な細工が施されたチョコレートが、舌に沁みる。
「甘いわね、誰かの舌みたいに。」
思わず赤らめた顔が、下を向く。
「少し、甘すぎるかもしれませんね。
細工は、美しいけれど。」
向かいを一瞥もせず、貴族が呟く。
シャンデリアの下、鮮やかに薔薇が咲いている。
田舎貴族からイギリス領総督、出世したものだ。
伸び盛りの島国は、今家柄より実力がものを言う。
旧態の安楽を貪るスペイン領は、面白いように陥落した。
祖国の為という大義名分で、街を焼き払い人々を切り裂いた。
そして、私の横にはいつもこの二人がいた。
「次は、どちらの海にお出になります。」
瞳に赤く灯を映して、かおるが尋ねる。
まだ、血が浴びたいの。
でも、あなたにはそれが一番よく似合う。
「総督ですもの、そういう危ない事はなさらない。」
蒼い目を眇めて、ゆうひが言う。
良く分かってるじゃない.
怜悧で賢いサラブレッド。
私の為に、どこまでも駆ける。
かおるが気に入らないのは、すぐ分かる。
でも、あの子は離せない。
そして、あなたも側に置く。
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