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『 クラップ・ゲイム 8 』










運命の女神。



その血塗られた唇から、軽く投げキッス。
あんたも所詮そんなもんね。
最初から期待してなんかなかってけどね。
切り裂くような冷え冷えとした眼差しが
いつしかかおるに重なって。
俺は安ホテルでバーボンを浴びる程に飲んで。
どんなに臓腑を抉り出しても、
それでもこびりつく、それは太古の原罪のように。







ある日、女が訪ねてくる。
その哀れみを愛と履き違えた、聖母のような女が。
引き摺り上げられた、俺の抜け殻。
倹しく心温まるパーティ。
ライスシャワー。


救世軍の制服を纏い、太鼓を抱える自分を、
どこかで見ている自分がいる。
それは、とても冷え冷えとした眼差し。


その眼差しから目を背け、俺は街に繰り出す。




骸となった身体の底が軋む。
じわりじわりと浸蝕される。
それは緩慢な狂気とすら呼べるような。



灰色の街角で、奴はスタンドに立ち。
灰色の街角で、俺は教えを説き。

人波のうねりに紛れ、俺達の視線は擦れ違う。


煉獄のような天国に暮らし、
天国のような煉獄を乞う。




日々の贖罪は、冒涜の積み重ね。
崩れるのは時を待つばかり。
天国の慈悲と救いがごろごろしている世界、
そんなものに耐えられない、そういう人種は確かにいる。


夜ごと抉り出す臓腑、
翌朝にはなにもなかったように贖罪に励み。
けれど、深く煌く闇は深く静かに俺に積もってゆく。








ネオンも街も凍りつく夜。
マンホールの蒸気に紛れ、行くともなく辿り着くあの頃の店。
郷愁とか後悔とかそんな安っぽい言葉にすぎないのかもしれない。
突き動かされるように、俺は回転ドアのバーを取る。


「よう。」
「久しぶりだな。」


まるで落ち合ったかのように、彼に出会う。
運命の女神は、とことん根性が曲がってやがる。



「どうだ、仕事は?」
「まあ、それなりにな。」



立ち込めた空気がビロウドの幕となり、
俺たちは顔の見えぬままに言葉を交わす。



「アデレイドは?」
「よくやってくれてる、そっちは?」
「ああ、そうだな。」
「このご時世だ、まともにしてても生きていくのが精一杯、ってとこか。」
「精一杯、生きたいんならな。」


空気にあのころの、混沌とした色が戻ってくる。
葉巻をもみけした奴が言う。
「お前んとこ、いくか?」
まるで当たり前の様に。
「まだ、あるんだろ、あのホテル。」
酷薄な瞳は、あの頃となにも変わっちゃいない。
そして俺も、なにも変わっちゃいなかった。










シャツをはだけたままで、ズボンもろくに下ろしもしない、
動物のような、本能だけの交わり。
貪りあうように、かみ合うように。
それはまるで拳闘の試合のように。
どちらかが尽きるまで、容赦なく続けられる。
そしてかおるは俺を知りつくし、
見境無いまでに溺れるように刻んでゆく。


「かおる、嬉しいか?」
「そうだね、この世で二番目くらいには。」


舌なめずりをするように、俺を誘い足元に這いつくばせる。
俺は奴隷となり、彼を隅々まで清め敬う。
これが冒涜でなくてなんだというのだ。







夜が冷えて、ガラスが白く凍る頃、
かおるがブランケットから見を起こす。
「りかさん、ほら。」
手には色褪せたダイス。


「クラップしようぜ。」


浮かぶ笑窪は、まるで御使いのように清らかで。
慈悲すらも感じさせる眼差しで。
抗う事が出来る者など、この夜の底にはいやしない。


「なにを賭ける?」

口の端を上げ愛らしい笑窪が浮か。
スーツにはリボルバー。
その刹那、たしかに彼は運命の女神となり。
抗う事が出来るならば、それは叶わぬ夢に過ぎない。


こともなげに、奴の手の中でダイスが転がる。
こともなげに、俺たちの目と目が重なり合う。












血糊と脳漿に塗れた壁。
横たわるのは、ただの穢れきった肉塊にすぎず。
乾ききった網膜には、もう何も映りはしない。
ただ、至福の光景を印画紙のように焼きつけたまま。





凍ったN.Y.の片隅の、下水道の底にこびりつく、
蟲けらどもの結末としては上出来じゃないか。







街路にはクラクション。
マンホールの蒸気。
いつもと変わらぬ排気ガス塗れの雪が降り注ぎ。
偽りの純白に覆われた朝。
なにもかも、変わらずに世界は回り続ける。
神の慈悲は惜しみなく注がれる。






















そして、ハヴァナへ行こう。

白いリネンのスーツを纏い、果てしのない海を眺め、
極上の葉巻、最上のラム。
パナマ帽を伊達に引っ掛けて。
黙示録のその日まで、天国行きの船を待ち、
デッキチェアでパラソルの下、まどろもう。

そして、かおるは俺に言う。





「クラップしようぜ。」


















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