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『 クラップ・ゲイム 5 』
未明の街路に立ち尽くす。
ネオンも街も沈みこむ。
蒸気が、重く纏わる。
枷が嵌ったように、石を蹴る。
ハヴァナの喧騒が耳の底を抉る。
娘の恋心が、手に吹きかかる。
男の偽善が、吐き気をせり上げる。
悪い酒が、まだ残る。
こみ上がる気配に、路地へ入る。
饐えた匂いに、胃が裏返る。
あの町の何もかもが、記憶の何もかもが。
臓腑を抉りとる。
足元に広がる。
それは俺の、辿りつかない後悔。
「酒、弱かったっけ。」
通りの灯を背に、声がする。
近づく翳を、仰ぎ見る。
「逃げたんじゃ、ないのか ?」
壁に凭れて、俺は聞く。
「とっくに巻いて、帰ってきた。」
声に抱かれて、へたり込む。
華奢な指が、顎を掴む。
仰ぎ見る顔が、ステンドグラスのそれに重なる。
邪宗の門で懺悔を乞う、自分。
「賭けには、勝ったの?」
舌舐めずりする瞳が、問いかける。
「イカサマ、だからな。」
錆びた釘で打ち据えられた舌が、答える。
屍を喰らう、天使の笑顔が浮かぶ。
壁に磔けられ、俺は爪に欲情する。
エデンを追われ、迷いついたこの世の果て。
汚物と吐瀉と下水とが、澱んだ空気に融和する。
腐ったコンクリートの壁に、歪曲する言葉が粘りつく。
「明日が本番だ。」
飽く事を知らない舌が、囁く。
「あんたも来る?」
あるかなしかの理性の欠片が、顔を背ける。
贄のように、俺は捻り上げられる。
「俺は、行かない。」
微かに眇める瞳が笑う。
捧げ物のように、俺は抱き締められる。
「どうして俺と、離れたい?」
末期の河に飛びこむように、喰らいつく。
流れに任せ体と心が、大きく波を打つ。
塵溜めを這いずりながら、俺は爪に引き裂かれる。
「りかさんも、乗ろう。」
俺を弄る上目が霞む。
尖る舌が円を描く。
濁った激流の底、それでも求め手を伸ばす。
凍える大河の果て、そのとき至福が押し寄せる。
「船に。」
かおるを抱いて、乗ろう。
永遠に辿りつけない、彼方。
夜明けの兆しは、もう来ない。
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