AI時代に「スポーツ」はどう変わる?元フィギュア五輪選手、町田樹さんらが語り合う「よい指導者」と選手の「個性」

データ偏重が加速すると、スポーツは「昭和化」する?AI時代のスポーツについて、元フィギュアスケーターの町田樹さんらが語り合いました。

近年のスポーツ界において、急速に押し寄せるAI(人工知能)の波。

審判の判定補助から解説、選手育成、試合の戦術構築に至るまで、新たなテクノロジーの導入が、スポーツの現場を大きく変容させています。

3月5日、成城大学の「スポーツとジェンダー平等国際研究センター(SGE)」が「スポーツ界におけるAI・ビッグデータの導入」をテーマにしたトークイベントを開催。ハフポスト日本版も協力しました。

進行は、SGEセンター長であり、成城大社会イノベーション学部教授の山本敦久さん。ゲストに元Jリーガーで筑波大蹴球部監督の小井土正亮さん、フィギュアスケート五輪元代表で、國學院大学准教授の町田樹さんを迎えました。

AIやビッグデータの活用により、選手のトレーニングや指導者のあり方はどのように変わっているのでしょうか。

左から小井土正亮さん、山本敦久さん、町田樹さん
左から小井土正亮さん、山本敦久さん、町田樹さん
野村雄治 / HuffPost Japan

映像と自分の感覚を“同期”させ、技術を磨く現代アスリート

選手のフォームや動作を撮影し、AIで分析して数値化する。AIによる動作解析で選手個人に合ったトレーニングや練習方法を提案する――。このように、現代のアスリートの競技力向上において、AIは大きな役割を果たそうとしています。

2014年のソチ五輪個人・団体で入賞し、引退後はアーティスティックスポーツについて研究する町田樹さんは、自身の現役時代との「差」をこのように語ります。

「平成初期に競技を始めましたが、当時は練習映像を確認・分析するという手立てはなく、『こういう感じだった』という自分の体感覚とコーチの助言だけを頼りにスキルを見直していました。対して、今の選手たちは、当たり前のように映像(客体)と自身の感覚(主体)を“同期”させながら、より加速度的にスキルを磨いているのではないでしょうか」

例えば、メジャーリーグでは2015年から全球団を対象に「スタットキャスト」(高精度カメラと軍事用レーダーを用いた映像解析システム)が導入され、球速だけでなく、回転数やボールの変化量、あるいは打球速度や打球の角度などが数値化できるようになりました。これらで得たデータをもとに新たな打撃理論が生まれたり、配球の判断や選手の評価にも大きな影響を与えています。

一方、こうした“データ偏重”のスポーツは、選手の感覚や判断力を鈍らせるのでは――との指摘もあります。イチローさんは、母校・愛工大名電の部員たちに対して「データでがんじがらめにされて、感性が消えていくのが現代の野球」と警鐘を鳴らしています。

データ偏重が加速すると、スポーツは「昭和」に戻る?

町田さんは「アルゴリズムやセオリーは、アスリートたちが長年の努力を重ねて導き出した法則であり、大事な知見」と前置きした上で、「個性を磨くより、そうしたアルゴリズムなどの絶対的な『型』に合わせることが良しとされたり、義務だとされたりしたら、選手たちは息苦しくなるのでは」と語ります。

「データが導き出すアルゴリズムは、言い換えれば『標準(ノルム)』であり、自分自身と照らし合わせることで『自分はまだここが足りないから磨かなければ』あるいは『標準には達しているけれど、あえて独自のスタイルでやっていく』と自己を再発見する契機にもなります。

ところが、このアルゴリズムにハマっていない選手を評価しないような指導者や制度が生まれると、アスリートにとっては『足かせ』になるのではないでしょうか」

客観的なデータやテクノロジーの普及により、感覚や精神論から脱却し、科学的な根拠に基づいた練習を組み立てる指導者は確実に増えているでしょう。一方で、山本さんは、過度なデータ依存は「選手を画一化させる可能性がある」と指摘します。

「昭和のスポーツ界においては、圧倒的なカリスマ性のある監督の指導哲学にむけて、選手たちが画一化される傾向がありました。AIやデータに基づく『最適解』をたどることは近道であり、リスクは低いのかもしれません。ただ、窮屈なスポーツのあり方がまた再現されるのではないでしょうか」

現役時代、唯一無二の表現力でファンを魅了した町田さん。アルゴリズムが「絶対」になると「アスリートは息苦しくなるのでは」と指摘する
現役時代、唯一無二の表現力でファンを魅了した町田さん。アルゴリズムが「絶対」になると「アスリートは息苦しくなるのでは」と指摘する
野村雄治 / HuffPost Japan

AI時代、「よい指導者」のあり方はどう変わる?

小井土さんが監督を務める筑波大学蹴球部には、パフォーマンス局と呼ばれるピッチ外の活動を行う組織があり、自分たちの試合や他カテゴリーの試合を分析し、個人プレーやチームとしての戦術、日々のトレーニングに生かしているといいます。

小井土さん自身も、柏レイソルや清水エスパルスで分析官を務めた経歴の持ち主。一方、教え子の三苫薫選手との対談を振り返り、「データに基づいた論理的な組み立てだけでは勝てない」と指摘します。

「彼が言うには、ボールを前に運んで、相手の守備範囲まで持っていくーーいわゆるゲームを作るところは論理的な思考に基づいているそうです。一方、最後の点を奪う場面は『本能の世界なので直感に従う』と話していました。

選手にもロジカルなタイプも入れば、クリエイティブなタイプもいますが、全員が合理的、最適解を目指すだけでは勝てません。データに基づいた戦術をチームに落とし込みつつ、本能的な選手を上手く組み込んで、センスを発揮させられるかどうかが『よい指導者』の一つの基準になるのではないでしょうか」

筑波大蹴球部でパフォーマンス局を作った小井土さん。データに基づいた合理的な戦術を重視しつつ「それだけでは勝てない」と指摘する
筑波大蹴球部でパフォーマンス局を作った小井土さん。データに基づいた合理的な戦術を重視しつつ「それだけでは勝てない」と指摘する
野村雄治 / HuffPost Japan

また、蹴球部では1時間ほどの全体練習の後に、それぞれが個人技術を磨く自由練習の時間を設けているといいます。小井土さんは「データによる『最適解』を皆が共有している今、より個性を尖らせることが求められるのでは」と語ります。

「例えば、三苫選手はその時間で1対1の自主練習を重ね、どんな相手・場面でも抜けると言う武器を磨いたからこそ、今の活躍があります。全体の『最適』と『個別化』の二つを両立させないと、これからの時代は選手として埋もれてしまうのではないでしょうか」

小井土監督の話に耳を傾けた町田さんは、「AIがコーチに取って変わるのではという見方もありますが、学生が自らデータと向き合っていると、最適解ばかりにとらわれてしまう。違う立場から『それだけではダメだ』と導いてあげる存在が、なおのことこれから先の時代は求められるのかもしれませんね」と語りました。

山本さんは「データで『正解』が分かっていても身体がそれを忠実に再現できるかは分からない。できるはずのことができなかったり、そこがスポーツの難しさであり、面白さ」と語る
山本さんは「データで『正解』が分かっていても身体がそれを忠実に再現できるかは分からない。できるはずのことができなかったり、そこがスポーツの難しさであり、面白さ」と語る
野村雄治 / HuffPost Japan

データだけで判別できないのが「スポーツの面白さ」

オリンピックなどの国際大会では、たびたび「疑惑の判定」が議論を巻き起こしますが、近年は最新技術を活用し、正確・公正な審判を下す動きが広がっています。

体操の世界選手権では2024年、選手の骨格や関節の位置を測定して、技を即座に識別し、加点や減点の要素も識別する「AI採点支援システム」が全種目で導入されました。

町田さんは「フィギュアでは、回転不足などの判定基準が問題視されることが頻発しますが、AIで判定できるようになれば“三苫の1ミリ”のようなことも生まれるのではないでしょうか」と期待を寄せます。

一方で、演技力や音楽の解釈などを判断する「演技構成点」については、AI採点の導入は時期尚早と見ているようです。

「クラシックバレエからモダンバレエ、コンテンポラリーダンスが生まれたように、芸術は既存の型を壊すことで新たなスタイルを築き、歴史が発展してきたという経緯があります。

仮にアルゴリズムに即して『美しさ』が判定されれば、前衛的な表現は生まれなくなるのでは。そもそもアーティストは機械ではなく、生身の人間に伝えるために表現しているわけなので、そこはまだ人間が担うべき領域ではないかと思っています」

今後は、選手の演技映像から、助走速度や回転速度、ジャンプの高さなどをAIが数値化し、「トリプルアクセルはこうすれば効率よく跳べるというアルゴリズムが生まれるかもしれません」と町田さんは言います。

ただ、いくらデータで「成功の法則」が分かったとしても、肉体がそれを忠実に再現できるかはまた別の話。小井土さんは「やってはいけないミスをしてしまうなど人間らしさも含めてスポーツ。データを上手く活用した人が『勝てる可能性』は高まるかもしれません。ただ、それでも勝てないのがスポーツの面白さではないでしょうか」と語りました。

AIを含めたテクノロジーがスポーツ界に入ってくる流れは止められるものではありません。AIやデータにどこまで頼り、どう生かすのか。テクノロジーに「支配」されるのではなく、上手く付き合っていくために、指導者や選手は主体的に考えていく必要があるのでしょう。

この記事は成城大学「スポーツとジェンダー平等国際研究センター(SGE)」とハフポスト日本版のコラボレーション企画です。

(文・編集/荘司結有)