スポーツ界では近年、女子選手の目覚ましい活躍や、多様な性のあり方を訴える活動により、ジェンダー平等を実現していく動きが国際的に広がっています。
一方で、近代スポーツは男性を中心に発展してきた歴史があり「スポーツは男性のもの」という意識も根強く残っています。
3月5日、成城大学の「スポーツとジェンダー平等国際研究センター(SGE)」は「スポーツから考えるジェンダーインクルージョン」をテーマにしたトークイベントを開催。ハフポスト日本版も協力しました。
進行は、SGEの副センター長であり、成城大学文芸学部専任講師の野口亜弥さん。ゲストには、元サッカー選手でLGBTQ当事者の下山田志帆さんと、メディア論・フェミニズムを専門とする東京大学大学院の田中東子さんを迎えました。
スポーツ界に巣食うジェンダーの不平等、LGBTQ差別の問題を浮き彫りにしながら、今後のメディアや学校体育の役割、そしてジェンダー平等の可能性を探りました。
トランスジェンダー選手の排除は「自分の存在を否定される気持ち」
まず議題に挙がったのは、米国でのトランスジェンダー選手を排除する動き。
ドナルド・トランプ大統領は2月、トランスジェンダー女性がスポーツの女子競技に参加することを禁止する大統領令に署名。就任演説で「性別は生物学的な男女のみ」と宣言するなど、ノンバイナリーといった性別の二言論にとらわれない人の存在を否定するような政策を進めています。
2019年、LGBTQ当事者であることを明かした下山田さんは「私の性自認はノンバイナリーが一番しっくりくるもので、それを公表して生きています。自分の存在を否定されたように感じたし、大きなショックを受けました」と語りました。
田中さんも「スポーツはジェンダー二元論を作ってきた最大の文化の一つでしたが、東京やパリ五輪を通して、ノンバイナリー、トランスジェンダーの選手の居場所が形成されつつありました。ですが、今回の大統領令はそうした取り組みが一気に無きものにされ、当事者のスポーツをする権利や尊厳の抹消にも繋がりかねません」と強い危機感を示します。
男性種目、女性種目で分けられている近代スポーツは「性別二元論」の規範が根強く残っています。LGBTQ当事者、とりわけトランスジェンダーの若者は、その近代スポーツを元にして男女で区分けされている「学校体育」に居心地の悪さを抱きやすいのも事実です。
下山田さんは「女子はダンス、男子は柔道と性別で分けられたり、男子はサッカーのルールすら説明されずに『男ならわかるだろ』と言われたりすることにストレスを感じて、アイデンティティに悩む子も少なくありません」と語ります。
田中さんも「スポーツには常に男女二元論が根付いていて、そのもとであらゆるシステムや教育、空間の切り分けが出来上がっていることにより、トランスジェンダー選手を排除する動きや、同じカテゴリに加わることを不満に思う気持ち、スポーツの苦手な男の子たちを排除する仕組みが形成されているのでは」と指摘します。
女子サッカーの“メンズ”という文化に救われた
社会では性の多様性の大切さが浸透しつつありますが、スポーツ界は「性別二元論」に基づいたルール設定などから排除のリスクが大きく、依然としてLGBTQ当事者がクローゼットになりやすい業界とも言えるでしょう。
一方で、下山田さんは「私自身はスポーツ、女子サッカーというコミュニティに助けられた」とも振り返ります。
「女子サッカーは性自認が女性ではない選手、女子選手同士で付き合う選手の存在が当たり前の世界。小学生の頃から、手を繋いで帰るトップ選手や、引退後に性別移行する選手を見てきたので、男女二元論ではなく『女子の中にもいろんな人がいていいんだ』という感覚でした。
自分の性のあり方に気づいた時も『自分は一人じゃない』と思えたし、辛い、孤独だと感じることもなくて。自分のあり方を全肯定してもらったおかげで、今があると感謝しています」
女子サッカー界ではかつて、性表現が男性的で、女性と付き合っている選手を指す「メンズ」という言葉が広く使われていました。
下山田さんは「メンズという言葉には、”女性でないなら男性”のように、男女二元論の視点も含まれてしまっている。でも、まだLGBTという言葉が広がっていなかった時代に、“メンズ”という言葉でそうした存在が可視化され、居場所を作ってきたのでは」と言います。
一方、最近の若い選手の間ではもう使われなくなっているといい、「今は時代が追いついてきて、男性が女性かではなく『いろんな性のあり方がある』という空気感が根付いているそうです」と、また一歩進んでいる現状を語りました。
スポーツ雑誌に登場する女性アスリートはわずか0.03%?
スポーツメディアにおけるジェンダー格差も大きな課題の一つ。
田中教授は「テレビ番組においてスポーツとお笑いは特に男性主体の世界。報道される側のアスリートも、する側の記者やリポーターも男性優位で、知らず知らずのうちに『スポーツは男性のもの』という印象を広めているのでは」と指摘します。
下山田さんは、スポーツ雑誌に登場する女性アスリートは、全体の0.03%にとどまるとの調査結果に「驚いた」と報告。さらに、スポーツショップにおいても様々な「男女差」が見られることを明かしました。
「チームオーダー募集の写真には、女子チームも対応しているにも関わらず男子クラブしか写っておらず、スパイクの試し履きコーナーに女子のサイズが置かれていないこともあります。その理由を尋ねると『女子のアイテムは売り上げが伸びない』と言われました。メディアでも同じように『女子アスリートの記事は書いても読まれない』という話をよく耳にしますね」(下山田さん)
この課題に対して、田中教授は「それぞれスポーツは男性のものという前提で、男性スポーツのみを支援する形で発展している。長年の経営・報道のあり方が今の格差を作っているのでは。売り上げやPVだけにとらわれず、スポーツを通じてジェンダー平等を目指すカルチャーを作っていくことを考えていかなければいけませんよね」と提言しました。
ジェンダー平等なスポーツ環境を実現するには?
多くのジェンダー課題を抱えるスポーツ界。変えていくためには、まずどんな方向からアプローチしていくべきなのでしょう。
野口さんはNPO法人プライドハウス東京で、ユースやアライアスリートがともに今の学校の体育授業のあり方を変えていく取り組みを支援。その経験から「純粋に必要なものを表現してくれる若者の声を聞くことは大切」と語ります。
下山田さんも頷き、「最近は自治体のスポーツイベントに呼ばれることも多いのですが、表向きは多様性をアピールしていても、ボードメンバーに男性しかいないこともあります。今すぐできることとして、若い世代やLGBTQ当事者も入れた運営の場づくりを提案したいですね」と話しました。
田中さんは「若年層のうちに才能を発揮した人は、スポーツ以外のことを学ぶ機会を得られない環境に置かれやすい。ジェンダーやセクシュアリティ、人権などのグローバルな社会課題を知らずにその世界に放り込まれて、その現場が全て正しいのだと考えてしまいます。こうした点を、教育や研修を通じて是正していく必要があるのではないでしょうか」と課題を語り、現役アスリートに教育を届ける仕組みづくりの必要性を訴えました。
社会のジェンダー規範や男女差の問題など、スポーツは「社会を映す鏡」でもありました。一方、男性か女性かではなく、自分らしい性のあり方を実現できるように社会が動く中、スポーツ界はいまだジェンダー二元論にとらわれているのが現状。米国でのトランスジェンダー選手に対する抑圧など、逆に社会的排除を生み出す場にもなりかねません。今後もスポーツという「窓」を通して、ジェンダーインクルージョンのあり方を考えていく必要がありそうです。
この記事は成城大学「スポーツとジェンダー平等国際研究センター(SGE)」とハフポスト日本版のコラボレーション企画です。
(取材・文/橋本岬、編集/荘司結有)