第6回断った性接待、「後悔してない」 元「女子アナ」が語る脆弱な立場

伊木緑 黒田早織

 「脆弱(ぜいじゃく)な立場」だった――。元タレントの中居正広氏とフジテレビのアナウンサーだった女性とのトラブルに端を発した問題で、第三者委員会の調査報告書は「業務の延長線上」の性暴力と認定したうえで、女性アナウンサーの置かれた立場をこう記した。自身に重ねて報告書を読んだのは、フジテレビの女性アナウンサーだけではない。

 「報告書を読んで苦しくなった。自分の時と同じだ、と」

 キー局のアナウンサーだった30代の女性は、入社2年目の出来事を思い出す。

 不定期で出演していた、ある深夜のバラエティー番組。収録のたびに打ち上げがあり、出演者の有名男性タレントの隣に座らされた。プロデューサーらから「触られてこい」と促され、腰に手を回されたりハグされたりするのは毎度のこと。帰り際、スタッフらからタレントと同じタクシーに乗せられそうになるのをいつも必死にかわしていた。

性被害から身を守っただけなのに

 最終回の日も別々のタクシーに乗ったが、家に着く前に、男性タレントからメールが届いた。

 「いまどこ? 家どこ? いまから行く」

 戸惑いながら、「散らかっていて座るところがありません」と返信すると、「玄関で立ったままできる」。

 性交渉をにおわせる内容にあぜんとして、そこで返信を打ち切った。

 翌朝、職場で上司らに報告した。「大変だったね」と言ってくれ、その男性タレントが収録のために局を訪れる時に鉢合わせしないよう、シフトを調整すると約束してくれた。でも、そのタレントの出演は続くのか、と驚いた。

 プロデューサーからは飲みに誘われた。「なんでしなかったの? もったいない」「他の人もやってるんだから、そうなるって知ってたでしょ」と言われた。

 その後、その男性タレントの名を冠した人気番組の司会の後任に、タレント本人からの「指名」で自分が決まりかけていたのに急に外された、といううわさを複数の同僚から聞かされた。

 出たいと思ったこともない番組だったから惜しくもなかったが、驚いたのは、ほかの番組からも声がかからなくなったことだ。

 「セクハラが嫌だなんておかしな主張をしている」「あいつは空気を読めない」

 そう陰口を言われていることを知った。

 「私、セクハラ大丈夫です」と冗談めかして言ってみたが、効果はなかった。「性被害に遭わないように自分の身を守っただけなのに、仕事がなくなっていくのはショックだった」

 いまも自問自答する。自分はあの時、「性接待」を受け入れて、番組の司会に就いていたら幸せだったのだろうか。

 自分にはできなかった。でも後悔はしていない。数年後に退社し、いまはテレビから離れた仕事をしている。

「同じことが起きかねない」

 ある地方局の女性アナウンサー(28)はフジテレビの問題が報じられた当初、「自分とは違う世界の話。なぜちゃんと『自衛』しないのだろう」と思ったという。

 アナウンサーは体のラインが出る服を着ると、ネット上で胸のカップ数を勝手に予想されることもある。そんな服を避けたり、性的なハラスメントが起きかねないと感じる派手な飲み会はなるべく断ったりして、自分を守ってきた自負がある。「志を持って仕事をしているのに、『アナウンサーってそういうこともあるんでしょ』という目で見られて迷惑」とすら思った。

 でも報告書を読んだ今、「私があの立場でも、同じことが起きかねない」と感じる。

 役員に気に入られた人が花形番組に抜擢(ばってき)された例を社内でいくつも見聞きし、「アナウンサーのキャスティングは実力だけで決まらない」と痛感してきた。相手に喜んでもらえれば仕事がしやすくなると考え、「スポンサーの社長がアナウンサーと飲みたいと言っている」と営業部から呼ばれた飲み会に行ったこともある。

 被害に遭った女性も自分も、「この番組をやりたい」「自分の夢をかなえたい」という向上心を持って働いていたのは同じだ。その思いが利用され、被害が起きたのだと腑(ふ)に落ちたという。

 フジの第三者委は報告書で、女性アナウンサーの置かれた立場を「脆弱な立場」と記した。「社員でありながら番組出演者の側面もあり、番組への起用はプロデューサーの意向が優先され、選ばれる立場」とした。調査の中で、幹部からも「現場のプロデューサーやディレクターがキャスティングに強い影響力を持つので、アナウンサーは現場で可愛がられる、顔を売るといったことが必要になる」という発言があったという。

 第三者委は、「番組に起用されたい女性アナウンサーとしては、起用権限のある者(編成局、プロデューサーやディレクター、メインMCなど)との間に権力格差を感じる者がいてもおかしくはない状況があった」と指摘した。実際、アナウンサーへのヒアリングでは「担当したい番組につくことができず会食に行っておけばよかったと後悔を述べる者もいた」と記されている。

女性、若さの価値を社会がどう捉えるか

 第三者委の報告書公表を受けて行われた記者会見でフジの清水賢治社長は、「普通の(芸能)事務所ならキャスティングはマネジャーを通じて交渉するが、(現状のフジテレビは)マネジメントのスタッフが非常に少ない組織。キャスティングがプロデューサー対いちアナウンサーという構造にならないよう、(マネジメントのスタッフが)間に入ることを含めて検討したい」と話した。

 アナウンススクールを主宰する加藤康裕さんは、「女子アナ」という言葉を否定してきた。「女子」には、男性中心社会から見て「自分たちを脅かさない、たやすくコントロールできる」というニュアンスを感じるからだという。

 毎日放送(MBS)アナウンス部長だった頃、「アナウンサーは『若いから』『美しいから』という理由だけでできる仕事ではない。長年かけて技術を磨き、話芸で見る人、聴く人の心をつかむ仕事だ」と諭し続け、制作現場から「このアナウンサーを起用したい」というオファーがあっても、可否はすべて自ら判断してきたという。

 加藤さんは「ニュースの内容よりも、若くてきれいな女性がそれを読む姿を重視する傾向が、キャスティングする側、そして見ている人たちにもあったのではないか」と指摘する。「フジテレビの問題は、社会が女性、若さの価値をどう捉えるのかという問いを突きつけた。フジだけの特殊な問題とせず、社会全体の意識を変えていくしかない」

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この記事を書いた人
伊木緑
東京社会部
専門・関心分野
ジェンダー、メディア、スポーツ
黒田早織
東京社会部|裁判担当
専門・関心分野
司法、在日外国人、ジェンダー、精神医療・ケア
  • commentatorHeader
    仲岡しゅん
    (弁護士)
    2025年6月19日6時54分 投稿
    【視点】

    こういった「性接待」に多くの人は憤りを感じるでしょうけれど、翻って皆さん自身の職場ではどうでしょうか。 いまだに、ベテランの男性管理職に若い女性社員が付いてお酌をする、なんていう文化はないでしょうか。 ちなみに弁護士業界でもありましたよ。 会派の行事などで、若い女性弁護士たちが「大御所」を囲んでお酌をするといったことが。 (そういうのが嫌なので、私は会派などには属さず独自路線を貫いています。) もちろん、記事のような「性接待」とは程度は大きく違うでしょうけれど、若い女性が権力を持った男性を喜ばせるという、根本にあるものは同じです。 私たちも他人事ではなく、これを契機に自分の職場を省みて考えてみる必要があります。

    …続きを読む
  • commentatorHeader
    松谷創一郎
    (ジャーナリスト)
    2025年6月19日3時7分 投稿
    【視点】

    6月11日に民放連が発表した「民放各社のフジテレビ同様事案に関する自主調査結果について」では、全国の民放各局の社内調査を集約し、フジテレビと同様の事案はなかったと結論付けています。会食等での不快な思いやハラスメント事案の報告はあったとされていますが、今回の朝日新聞が報じた元キー局アナウンサーの証言は、この調査結果にはおそらく含まれていません。 ・民放連「民放各社のフジテレビ同様事案に関する自主調査結果について」2025年6月11日 https://j-ba.or.jp/category/topics/jba106567 なぜなら、これらの民放局の調査はほとんどが現役社員のみを対象としており、退職者や制作会社など外部スタッフは含まれていないからです。社内外への通報窓口を設けたのは日本テレビだけです。現役局員は、問題のある体質の中でこれまでやってきた方々であり、見て見ぬふりも含めて問題事案に関与していた可能性もあるでしょう。ですので、そのようなひとたちだけを調査しても、問題がちゃんと確認されるはずがありません。 現在の民放連会長である早河洋氏(テレビ朝日会長)は、ジャニーズ性加害問題の際にテレビ朝日でしっかりとした検証を行わなかった人物です。『ミュージックステーション』で見られたジャニーズ事務所とテレビ朝日とのズブズブの関係もしっかりと調査せず、敷地内での性加害についても被害者が名乗りを挙げているにも関わらずヒアリングを行わずに調査報告をしました。そのような人物が中心となってとりまとめられた今回の調査結果は、当然信用に値するものではありません。もっとも問題から逃げているひとがトップなのですから。 さらに重要なのは、テレビ番組の8〜9割を占める外部スタッフへの調査が行われていないことです。外部スタッフは局員よりも立場が弱く、より深刻な問題を抱えている可能性があります。私に本音を明かすのも、その多くは外部スタッフです。にもかかわらず局員だけを調査して「問題はあまりありませんでした」と幕引きを図ろうとする各局の姿勢には、強い欺瞞を感じます。 今回の業界から去った元アナウンサーの声を拾い上げた記事は、スクープと言える内容です。テレビ局の男性中心的で体育会系的な企業風土の問題を浮き彫りにしています。伊木緑記者と黒田早織記者には、この問題を民放連に突きつけてほしいと思います。

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フジテレビ問題

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