2025年6月18日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第9番ロ長調 D.575 名盤

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ピアノ・ソナタ第番ロ長調はシューベルトが20歳となった1817年に作曲されましたが、この年はピアノ・ソナタに熱心に取り組んで、全部で8曲も書いています(ただし2曲は未完です)。その最後の曲がこの第9番です。構成的にまだ“若書き”という印象は拭えませんが、既にシューベルトらしさも充分に出ていて、シューベルティアンにとっては決して無視できない佳曲だと思います。

曲は全4楽章で、以下の楽曲構成です。

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
堂々とした力強い和音で開始されます。やがて軍隊?行進曲風の主題に移りますが、どこかのんびりしているのはウィーンの軍隊だからでしょうか?() でも、これ好きです。

第2楽章 アンダンテ
歌曲の伴奏風に始まりますが、若きシューベルトならではの美しい抒情に癒されます。中間部は一転して何物かに熱い心を動かされます。

第3楽章 スケルツォ、アレグレット
リズミカルで楽しいスケルツォ楽章です。トリオの穏やかさはウィーン・スタイルというところでしょう。

第4楽章 アレグロ・ジュスト
アレグロですが、軽やかで優雅なリズムには思わず心が躍らされます。

それでは所有するCDをご紹介します。

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ヴィルヘルム・ケンプ(1968年録音/グラモフォン盤)
第1楽章はケンプらしい堅牢な基本テンポであっさりと進みます。大袈裟な表情を付けずに古典派風に奏していますが、それでいて情感を豊かに感じさせるのはこの人の素晴らしいところです。第2楽章もまた素朴な美しさがあります。第3楽章は落ち着いたテンポの中にしっかりと愛情が込められているようで心が和みます。終楽章はリズムが幾らか重めですが、逆にほのぼのとした雰囲気が味わえます。打鍵も強過ぎず抑え気味なのが良いです。録音は明瞭ですが、ピアノの響きには落ち着きが有り好ましいです。写真の全集盤で所有しています。

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パウル・バドゥラ=スコダ(1968年録音/RCA盤)
ウィーン生まれのバドゥラ=スコダはシューベルトのピアノ・ソナタ全集を40代で完成させました。この人は楽譜研究にも熱心で未完作品の補筆にも取り組んでいます。演奏に関しては元々ヴィルティオーゾ・タイプでは無いので、初期の作品に特に向いていると思います。第1楽章の強過ぎない打鍵と穏やかな表情には自然と引き込まれます。第2楽章もさらりと弾いているようですが、ウィーンの奏者特有の揺らぎがとても味わいを感じさせます。第3楽章、終楽章では軽やかなリズムが心をわくわくと躍らせてくれます。RCAの録音も明瞭で美しいピアノの響きを捉えています。写真は所有する全集盤です。

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ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
第1楽章冒頭を重くずっしりと堂々と開始しますが、行進曲は表情が豊かで楽しいです。第2楽章は静かな佇まいですが、どこか青年シューベルトの胸の高まりを秘めている様に感じさせます。中間部での激しさがその何よりの証です。第3楽章は生き生きとしたリズムが幸福感を一杯に表わします。終楽章はゆったりとしたテンポで重みが有り、表情を豊かに変化させていてとても聴き応えが有ります。ピアノの音の粒立ちがとても美しく、音色も綺麗です。録音は明瞭で優れます。ソナタの全曲録音がVoxBoxから3セットに分かれて出ていましたが、これはそのVol.1に含まれます。

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スヴャトスラフ・リヒテル(1979年録音/フィリップス盤)
これはリヒテルが64歳の最円熟期に来日した時の東京文化会館におけるライブです。第1楽章はゆっくりとしたテンポで堂々とした構えですが、行進曲の豊かなニュアンスの変化は流石リヒテルです。第2楽章は意外とあっさりと進みますが、弱音がとても美しいです。ただし中間部の聳え立つような立派さは圧巻です。第3楽章は遅いテンポで重さが有ります。終楽章では逆にテンポを速めて生き生きと躍動感を感じさせます。ピアノタッチとリズムの良さが素晴らしいです。録音は日本ビクターの手によりますが、残響は少な目ながら明瞭で、リヒテルの美しい音を見事に捉えています。

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アルフレッド・ブレンデル(1998録音/フィリップス盤)
ブレンデルが67歳の時にアムステルダムのコンセルトヘボウで開いたリサイタルのライブです。元々過剰な表現を嫌う人ですが、最円熟を迎えた演奏は若い頃の学究的過ぎる弱点も影を潜めて全くの自然体です。1楽章、第2楽章と幾らか速めのテンポでサラリと弾いています。にもかかわらず、曲のどこをとっても深い味わいが滲み出ていて凄いです。シューベルトととことん体質が合うのでしょう。第3楽章もスッキリと爽やかです。終楽章は落ち着いたリズムですが、豊かな情感に溢れます。打鍵のキレと美しさには全く衰えが無く素晴らしいです。フィリップスの録音は深く美しいブレンデルの音を忠実に捉えています。

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内田光子(1998年録音/フィリップス盤)
第1楽章冒頭の和音を意外と抑制して開始します。続いて“行進曲”というより“ハイキング”みたいで楽しいです。その後も一貫して可愛らしいです。第2楽章はゆっくりとした足取りで夢心地となり心を癒されます。3、4楽章は遅めのテンポでだいぶ落ち着きが有ります。内田光子は大抵ディナーミクの巾の広い、微に入り細に入る演奏が多いイメージですが、この曲ではそうしたことが有りません。ただ聴いているうちにやや一本調子の印象を受けます。古典的と言えばそうなのかも知れませんが。。。ピアノの落ちついた響きは美しく魅力的で、フィリップスによる録音が素晴らしいです。 

以上では、ワルター・クリーンに特に惹かれますが、リヒテル、ブレンデルもやはり良いです。 

ということで、シューベルトのピアノ作品を連続して来ましたが、ここで一応は打ち止めです。

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2025年6月11日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第13番イ長調 D.664 名盤 ~可愛らしいヨゼフィーネ~

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ピアノ・ソナタ第13番は1819年に作曲されました。シューベルト22歳の年です。全3楽章で構成される規模の小さなソナタですが、まるでモーツァルトのような可愛らしい旋律に溢れた(ということは、またシューベルトらしくもある)作品の為に、シューベルティアンにはとても愛されていると思います。

その年にシューベルトは、オーストリアの美しいシュタイアー地方を旅行して、そこで19歳のソプラノ歌手ヨゼフィーネ・コラーと知り合います。
滞在をした商人ヨーゼフ・フォン・コラー家の娘のヨゼフィーネは、とても可愛らしく、ピアノも上手に弾くことから、一日の仕事が終わると夕食が始まるまで音楽を一緒に楽しんで過ごしました。

シューベルトはヨゼフィーネがとてもお気に入りで、幾つかのリートと共に第13番のピアノ・ソナタを彼女に贈りました。若きシューベルトの幸せな日々が想像できます。それ以前のソナタと比べて規模は小さいですが、楽曲の魅力は格段に増しているように思えます。やはり恋愛は芸術に欠かせない! ですね。

ちなみに後年に書かれた、同じイ長調の第20番ソナタが楽章構成の大作ですので、それに対して第13番は「イ長調の小ソナタ」と呼ばれます。 

以下は曲の構成です。

第1楽章 アレグロ・モデラート
何という可憐で愛らしい旋律なのでしょうか。シューベルトのヨゼフィーネへの恋慕の想いが痛いほど伝わって来ます。幸福感の合間にひっそりと現われる憂いの気分が何とも言えません。

第2楽章 アンダンテ
とても静かな、まるで夢の中に居るかのような雰囲気を持ちます。途中で不安な気分に捉われるのもシューベルトらしいです。

第3楽章 アレグロ
一転して、軽やかに速い音型が続きます。ここでは余り暗い気分は顔を見せずに最後まで愉しさを持って曲を閉じます。

それでは愛聴CDのご紹介をします。

Schubert-sonata-13-zap2_g4170649w スヴャトスラフ・リヒテル(1962年録音/EMI盤)
リヒテルの演奏には晩年のライブ録音も有りますが、これはその名が世界的に広く知れ渡った頃のEMIによるセッション録音です。第1楽章はゆっくりとしたテンポで優しく歌います。ルバートをかけずにイン・テンポで進みますが余り閃きは感じさせません。第2楽章は弱音による静寂に浸り切っていて、深い夢の中のようです。終楽章は速めでピアノタッチとリズムのキレの良さが素晴らしいです。録音はEMIらしいウオームな音で、シューベルトにはむしろ相応しいです。余り古めかしさは感じません。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_sl1400_ ヴィルヘルム・ケンプ(1967年録音/グラモフォン盤)
第1楽章をケンプにしてはテンポの動きに揺らぎを感じさせますが、基本テンポは速めで表情はあっさりとしています。情感に乏しいということは無いのですが、更にこぼれるような愛情が欲しい気はします。第2楽章も淡々と進みますが、懐古的な印象を、それもどちらか言えば失意の想い出が蘇るようなほの暗い気分です。終楽章はリズムもテンポも幾らか重たい感じで、ドイツのベートーヴェン風に感じられます。しかし打鍵は強過ぎずに抑制気味です。録音は少々古めかしくなりましたが、ピアノの響きには落ち着きが有り問題は有りません。写真の全集盤で所有しています。 

Schubert-sonata-13-16-025_20250611001001 リリー・クラウス(1969年録音/ヴァンガード盤)
クラウスが晩年にソナタ第16番と合わせて録音しました。その頃のクラウスのシューベルト録音は少ないので貴重です。第1楽章は速めのテンポで生き生きと愉悦感を湛えています。特別に情緒的に弾こうとはしていません。第2楽章も同様に流れるように進みますが、それでいて心の奥の不安定な気持ちが垣間見られるようです。第3楽章は生命力が迸っていて、可憐さどころでは無い荒々しいぐらいの情熱が感じられます。打鍵にもキレと力強さを感じさせます。残響の少なめの録音ですが、クラウスの生々しい演奏を聴くにはむしろ適しています。

Schubert-sonata-403_20250611001001 パウル・バドゥラ=スコダ(1971年録音/RCA盤)
ウィーン生まれのバドゥラ=スコダはシューベルトを得意として、ピアノ・ソナタ全集を40代で完成させました。これはそれに含まれる録音です。元々ヴィルティオーゾ・タイプでは無いBスコダですので、この曲などには特に適しています。第1楽章の優しい表情はどうでしょう。速いスケールでは運指に滑らかさが足りなくも感じられますが、それもまた魅力と成る(?)ほどです。第2楽章の静けさはあたかも青年シューベルトが夢を見ているようです。終楽章は落ち着いたリズムながらウキウキするほどにチャーミングです。ピアノの響きも美しいです。写真は所有する全集盤です。

Schubert-sonata-vol-2-_ac_sl1500_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
クリーンのシューベルトの中でこの曲もまた非常に素晴らしい演奏です。第1楽章はゆったりとしたテンポで情感一杯に歌っていて、恋するシューベルトの高まる気持ちがそのままに表れています。第2楽章も静かでゆっくりとした佇まいで、まるで静かな夢の中に居るかの様です。終楽章は気分の高まりと落ちつきのバランスが絶妙です。クリーンの弾く音の粒立ちがとても美しく、ピアノの音も凄く綺麗です。録音は明瞭で優れます。クリーンのシューベルトはソナタ全曲録音がVoxBoxから3セットに分かれて出ていましたが、これはそのVol.2に含まれます。

Schubert-sonata-13-14-rrc1021_20250611001001 スヴャトスラフ・リヒテル(1979年録音/Regis盤)
これはリヒテルが64歳の最円熟期に来日した時の新宿の厚生年金会館におけるライブです。第1楽章はゆっくりとしたテンポで静かに歌いますが、そこには息づかいの自在さが有り、1962年のEMI盤よりもずっと心に沁みます。第2楽章は極めて遅く最弱音により、決して覚めることの無い深い深い夢の中に居るようです。終楽章は相変らずピアノタッチとリズムの良さが素晴らしく、‘60代半ばになっても衰えは全く感じさせません。このホールは残響が少な目と記憶していますが、日本ビクターによる録音はリヒテルの美しい音を上手く捉えています。現在は国内リマスタリング盤も出ていますが、所有する英国のライセンス盤でも充分に満足できます。

Schubert-sonata-657 ラドゥ・ルプー(1991年録音/DECCA盤)
ルプーが20代でDECCAと契約してシューベルトを続けて録音しましたが、その後9年間が空いて録音した第21番と組み合わせたのがこの第13番でした。第1楽章をゆったりとしたテンポで愛らしい情感を込めて歌わせています。第2楽章はルプー特有の静謐感がとても印象的で、夢さえ見ることなく深い眠りの底に落ちているようです。終楽章はかなりの弱音でデリケートに開始しますが、その後のディナーミクの変化が1、2楽章と対比が付いて面白いです。ピアノの音はとても美しいですが、個人的には残響がやや多過ぎるように感じます。

以上の中で特に気に入っているのはリヒテルの1979年盤ですが、Bスコダとクリーンのオーストリア勢にも惹かれます。

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2025年6月 4日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第14番イ短調 D.784 名盤

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ピアノ・ソナタ第14番イ短調は、前作の第13番の完成から4年後の1923年に書かれました。このときシューベルトは26歳です。彼の余りに短過ぎる生涯においては4年間というのは長い空白だと言えます。もっとも一年前の1822年にはソナタ風の「さすらい人幻想曲」を作曲してはいました。

第14番は、その後に書かれた長大なソナタ作品達と比べると3楽章構成で規模がぐっと小さいです。楽想は全体的に暗く沈んだ雰囲気を持ちますが、26歳でこのような作品を書くとは、その後の運命を予感していたかのようですね。 

以下は曲の構成です。

第1楽章 アレグロ・ジュスト
暗く、どことなく葬送行進曲にも聞こえますし、重い足取りは運命に引きずられるようです。ピアノが強打される部分はベートーヴェン的ですが、その合間に現れる旋律線はやはりシューベルト風です。

第2楽章 アンダンテ
優しい主題で始まり、これもまたベートーヴェン的と言えなくも無いですが、あくまで抒情的で、哲学臭さを感じさせないのはやはりシューベルトです。

第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ、ロンド・ソナタ形式
三連符の速い主題が緊張感を持ってカノン風に追いかけ合います。音型としてはベートーヴェン風ですが、美しい和音や旋律線はどうしたってやはりシューベルトなのです。

所有CDの数はやはり少な目ですがご紹介します。 

Schubert-sonata-403_20250611001001 パウル・バドゥラ=スコダ(1967年録音/RCA盤)
ウィーン生まれのバドゥラ=スコダはシューベルトのピアノ・ソナタ全集を40代の時に完成させました。これはそれに含まれる録音です。Bスコダにヴィルティオーゾ風のイメージは有りませんが、第1楽章の力強い打鍵による音と堂々とした足取りには中々に圧倒されます。第2楽章では音楽の自然な流れとしっとりとした抒情がとても魅力です。終楽章は切迫感が有り、前のめりになるぐらいのリズム感がドイツよりもウィーンを感じさせます。ピアノの落ち着いた響きが美しいです。写真は所有する全集盤ですが、Bスコダは後年にもピリオド楽器により全曲の再録音を行っています。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250508231001 ヴィルヘルム・ケンプ(1968年録音/グラモフォン盤)
ケンプの生真面目で一貫したイン・テンポによるドイツ風の演奏で聴くと、よりベートーヴェン風に感じられるのが面白いです。ところが、それでも情感がとても感じられるのがケンプの素晴らしさです。強音の打鍵には案外と重みが有りますが、決して鋭過ぎることは有りません。録音は少々古めかしくなりましたが、ピアノの響きには落ち着きが有り、ケンプの演奏スタイルに適しているので問題ありません。写真の全集盤で所有しています。

Schubert-sonata-vol-2-_ac_sl1500_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
クリーンのシューベルトの中でも特に印象の強い演奏です。確かにドイツ風の造形性の高いものでは無いものの、第1楽章では思い切りのよい打鍵の力強さと聳え立つようなスケール感はケンプの比では有りません。それでいて優しい旋律線の歌い方にはどこか懐かしさを感じさせます。その切り替えも自然で作為めいたところが皆無です。第2楽章の歌にも自然な佇まいながら胸に沁みます。終楽章は音の粒立ちがとても綺麗で、クリーンの上手さを改めて認識します。録音も明瞭です。クリーンのシューベルトはソナタ全曲録音がVoxBoxから3セットに分かれて出ていましたが、これはそのVol.2に含まれます。

Schubert-sonata-13-14-rrc1021_20250611001001 スヴャトスラフ・リヒテル(1979年録音/Regis盤)
これはリヒテルが64歳の最円熟期に来日した時に東京文化会館において行われたライブです。第1楽章はゆったりとした構えの中に巾の広いディナーミクを持っていて、作品がスケール大きなロマン派風に感じられます。第2楽章では深く沈み込むような情感が胸の奥底まで迫ります。終楽章の音の粒立ちの良さと美しさ、リズムの深さ、音型の意味深さなどが、短い楽章の中で途方も無く表現し尽くされています。何とも素晴らしいシューベルトです。録音は日本ビクターにより収録されましたが、リヒテルの奥深い音を忠実に拾い上げた名録音です。現在は国内リマスタリング盤も出ていますが、所有するライセンス盤でも充分に満足できます。

Schubert-sonata-14-17-sddefault_20250602121601 アルフレッド・ブレンデル(1987録音/フィリップス盤)
ブレンデルが56歳の円熟期の録音で、正に非の打ちどころのない演奏です。落ち着いたテンポで細部に至るまで神経が張り巡らされていて、ピアノタッチは深く美しく、強音の打鍵も過剰に鳴らず音が濁ることがありません。ただし、第1楽章は余りに整い過ぎている為に、若い頃の学究的過ぎる弱点の名残が感じられ無くもありません。もっと怖さや凄味が欲しいです。第2楽章では淡々としていて何か虚無感のような独特な雰囲気が有ります。終楽章も全ての音がコントロールされていて見事なのですが、それが逆にスリリングさを減衰させる要因にも成ります。フィリップスの録音は深く美しいブレンデルの音を忠実に捉えています。 

Schubert-sonata-14-bhg86rnsl_ac_ マリア・ジョアン・ピリス(1989年録音/グラモフォン盤)
第1楽章は落ち着いた足取りで、ほぼイン・テンポです。ことさら大袈裟な表情付けをせずに淡々と進みますが、それでいて音楽には悲劇的な運命の重さが感じられて胸に迫ります。第2楽章も思い入れを込めすぎることなく自然に流れる様な演奏で好ましいです。終楽章では一転してテンポは速めで緊張感に溢れますが、表現自体はやはりどこまでも自然体です。ピアノの音色は現代風ですが落ち着いて美しく、過剰に強打しないのには好感が持てます。グラモフォンの録音も優秀です。

Schubert-sonata-14-17-q8oer0oyl_20250602121601 内田光子(1999年録音/フィリップス盤)
内田光子の演奏は音符の一音一音やフレージング、更にディナーミクにとことん考え抜かれた表現を込めていて凄いのですが、それがどうも頭で考え抜いたように感じられてしまい、自然な音楽の流れを損ねているように思えてしまいます。第1楽章ではドラマを目指していますが、そこにリヒテルのような怖さは有りません。第2楽章でもゆっくりとした足取りで物語を語るかのようですが、逆に煩わしさを感じます。終楽章は曲想の違いからまずまず楽しめます。故宇野功芳先生などは内田光子を常に高く評価されていましたが、自分の感性とは合わないことが多いです。ただしピアノのほの暗く深い響きは魅力で、フィリップスによる録音が素晴らしいです。 

以上ですが、最も気に入っているのはリヒテル盤です。その次はピリス盤となります。

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2025年5月28日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第15番ハ長調 D.840 ~レリーク~ 名盤

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ピアノ・ソナタ第15番はシューベルトが亡くなる3年前の1825年に作曲されましたが、第3楽章以降が未完成に終わっています。本来は4楽章構成の大作となるはずでした。 楽譜はシューベルトの死後から11年経ってロベルト・シューマンにより発見されました。

副題として付けられた「レリーク」(Reliquie)とは「遺作」の意味ですが、これは楽譜の出版時にシューベルトの最後のピアノ・ソナタだと間違って認識されてしまった為です。 

作品の第3,4楽章は断片のみで、完成されたのは第2楽章までですが、それにもかかわらず非常に高く評価される傑作です。演奏も録音も多く行われています。その意味ではピアノ曲の「未完成」と言えそうです。

なお、後に幾人かの手によって全4楽章としての補筆版が書かれていますが、ことレコーディングに関しては2楽章までの形で行われることが大半です。

以下は曲の構成です。

第1楽章 モデラート
それほど明確で無い旋律が繰り返し転調されてゆき、あたかも小川の流れの如く移り変わり行くのは、それ以前の作品と比べても格段にシューベルトらしい魅力に包まれています。時には深い底をのぞき込むような怖さも感じられます。 

第2楽章 アンダンテ
憂いを湛えた第1主題から穏やかな第2主題へと移りながらシューベルト得意のほの暗い抒情を感じさせてくれます。

第3楽章 メヌエット(未完成)
トリオのみが完成していて、メヌエット主部の筆が途中で止まっています。

第4楽章  アレグロ(未完成)
主題部と展開部の一部までしか完成されていません(272小節迄)。明るくリズミカルな楽想で転調が多く見られます。

では、所有CDの数は少ないですがご紹介です。

Schubert-sonata-zap2_g2633009w ルドルフ・ゼルキン(1955年録音/CBS盤)
ゼルキンがまだまだ若い時代の録音ですが、演奏スタイルは196070年代と違いは有りません。“朴訥”とまでは言わずとも、しっかりとした打鍵で明確な造形性を優先させる辺りはベートーヴェン風ですが、かといって抒情性が希薄という訳では有りません。後年の第21番ソナタを聴かれた方なら、同じイメージです。ただし、ここに深く沈み込むようなロマンティシズムを求めようとするには無理があります。録音はモノラルですが明瞭です。残響が少ないので幾らか古楽器ピアノ風に聞えますが、現代的過ぎる音よりはむしろ好みます。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250419145301 ヴィルヘルム・ケンプ(1967年録音/グラモフォン盤)
ケンプらしいドイツ風の一貫したイン・テンポによる古典的造形性の高い演奏です。ウィーンの演奏家に比べると生真面目過ぎの感は有りますが、第1楽章では淡々と進みながらもケンプらしい深い味わいを一杯に感じさせてくれます。第2楽章も歌わせ方に情感が籠っていて同様のことが言えます。強音の打鍵が鋭過ぎないのは良いですし、ピアノの音色が現代的で無いのも好みです。録音は少々古めかしくなりましたが、ケンプの演奏スタイルと合っているので問題ありません。写真の全集盤で所有しています。 

Schubert-sonata-403 パウル・バドゥラ=スコダ(1968年録音/RCA盤)
ウィーン生まれのバドゥラ=スコダはシューベルトのピアノ・ソナタ全集を40代の時に完成させました。これはそれに含まれる録音ですが、最大の特徴は未完成の第3、第4楽章を自ら補筆完成させた版で演奏している点です。確かに興味深いですが、個人的にはそれ自体は余り賛同しません。しかし演奏はウィーンの伝統に基づいた音楽の自然な流れと虚飾の無い表情から味わいがこぼれる素晴らしいものです。ここには技巧をひけらかす様なヴィルティオーゾ性など微塵も有りません。ピアノの落ち着いた響きも美しいです。写真は所有する全集盤ですが、ちなみにBスコダは後年にも全集の再録音をピリオド楽器を使用して行っています。

Schubert-sonata-vol-1-qg6jawpl_ac_sl1000 ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
クリーンのシューベルトはケンプのようなドイツ風の造形性の高いものでは無く、ウィーン風の自在さが感じられます。第1楽章の冒頭では思い切り良く力感の感じられるように開始しますが、旋律線は対照的に情感深く歌わせます。展開部以降ではその対比がより一層明確に感じられます。第2楽章の歌からも憂いが一杯に感じられますが、強音部では毅然と聳え立つ印象です。その弾き分けが頭で考えた風では無く、自然に感じられるのはさすがです。クリーンのシューベルトはソナタ全曲の録音がVoxBoxから3セットに分かれて出ていました。これはそのVol.1に含まれます。

Schubert-71lth5egp0l_ac_sl1073_ スヴャトスラフ・リヒテル(1979年録音/フィリップス盤)
この演奏の最大の特徴は未完の第3、4楽章を補筆の入らない自筆譜の断片で演奏している点です。シューベルト自身が書けなかったものを本人以上に書けるはずはありませんし、他人の手による補筆完成版はそれがどんなに上手く書かれたとしても贋作であると考えてしまえば、リヒテルのこの見識は支持できます。肝心の演奏ですが、第1楽章は極めて遅く重々しく進みます。“小川“というより”大河“の流れの様です。後半で第1主題が戻ってくるところから最後までは息が止まりそうですが、この演奏を聴いたら確かに”遺作“と思ってしまうことでしょう。第2楽章も同様に遅いテンポで進みます。単なる“憂い”で済ませられない“生きることの厳しさ”をひしひしと感じさせます。第3楽章、第4楽章は断片のみですが、「こういう曲を書こうとしていたのだなぁ」と知ることが出来るという点からも聴かれて損は有りません。

Schubert-sonata-18-r79283411451835765704 内田光子(1996年録音/フィリップス盤)
内田光子の演奏もまたリヒテル並みに、かなり遅いテンポで進みます。第1楽章では一音一音に細心のこだわりを見せていて、無神経な音が一つも有りません。しかしその割に、この人のしばしば気に成る「頭で考え抜いたようなわざとらしさ」は余り感じられません。作品との相性が良かったのでしょうか。第2楽章もゆっくりとした足取りですが、表情付けは割とあっさりしています。むしろピアノのほの暗く深い響きから情感を感じさせようとしている様に思われます。もちろんフィリップスによる音造りが優れるのでしょうが、本当に美しい響きです。

以上ですが、たとえ断片だけとは言え、第4楽章まで弾いているリヒテル盤は必聴です。第2楽章までなら内田光子が妥当なところです。

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2025年5月21日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第16番イ短調 D.845 名盤

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シューベルトは、亡くなる3年前の1825年に(しかし彼はまだ28歳でした)3曲のピアノ・ソナタ(第15番ハ長調 D840、第16番イ短調
 D845、第17番ニ長調 D850)を書いています。 

シューベルトが4楽章構成の規模の大きなピアノ・ソナタとして最初に完成させたのは第9番でしたが、第16番以降になると全てが4楽章構成の作品となります。第15番も本来は4楽章構成となるはずでしたが、第3楽章以降が未完成でした。そして新たに作曲を始めたのがこの第16番です。このソナタも非常にまとまりの良い名作だと思います。

以下は曲の構成です。 

第1楽章 モデラート
弱音で開始されると不安定な気分が続きますが、やがて劇的に進行します。その辺りはベートーヴェンの影響をまだまだ受けている感じですが、シューベルトらしさも随所で顔を見せています。 

第2楽章 アンダンテ・ポコ・モート
「美しき水車小屋の娘」に出てくるリートのような美しい主題による変奏曲形式です。優しさに溢れますが、時に孤独感が交錯します。

第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
どこか切迫感の有るスケルツォですが、トリオでは牧歌的とも言える穏やかさが訪れます。

第4楽章 ロンド、アレグロ・ヴィヴァーチェ
バロック的な音型で軽やかに開始されます。長調と短調とに交互に変わりゆくのが面白く、次第に高揚して行きます。

なお、このソナタは『のだめカンタービレ』の漫画とテレビドラマで使われたらしいのですが、私はどちらも見ていないのでわかりません。

所有CDの数は少ないですがご紹介します。

Schubert-sonata-16-17-wggjfl_ac_20250517145201 スヴャトスラフ・リヒテル(1957年録音/RCA盤:メロディア原盤)
リヒテルのこの曲の録音はモスクワにおける古いライブのみですが、まだ若い頃の演奏だけあって凄いです。第1楽章は速く駆け抜けるようで、激しく叩きつける打鍵に一体何事かと驚かされます。第2楽章は一転して、ゆったりとしたテンポで深々と情感を表わしますが、時に孤独感に激しく襲われます。3楽章にはキレよりも重みを感じますが、トリオのゆったりとした情感が見事です。終楽章は弱音と強音のコントラストが大きく、特に強音の激しさは印象的です。リヒテルにかかると作品が非常に大きく感じられます。録音はモノラルですが音は明瞭です。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250517145001 ヴィルヘルム・ケンプ(1965年録音/グラモフォン盤)
ケンプのシューベルトは一貫したイン・テンポによる古典的造形性の高い演奏で「ドイツ風」とも言えますが、ウィーンの演奏家に比べると生真面目過ぎの感は有ります。けれども過剰にピアニスティックなところが無いのが良く、第1楽章など更にドラマティックに弾くことは可能でしょうが、ケンプはそんなことはしません。第2楽章も淡々と進みますが、優しさに包まれています。その為に途中の毅然とした部分がひき立ちます。3、4楽章もことさら煽るようなことはせず、自然体ですので物足りなさを感じるかもしれませんが、それがケンプの味わいです。ピアノの音色が現代的で無いのも良いです。写真の全集盤で所有しています。

Schubert-sonata-13-16-025 リリー・クラウス(1969年録音/ヴァンガード盤)
クラウスの晩年のシューベルト録音は少ないので貴重です。第1楽章では速めのテンポで奔流のような勢いが有るのが特徴で、細部を神経質に扱うようなことはしません。もちろん「雑」なわけでは全くなく、音楽の本質をナタでざっくりと切り落すような大きなスケール感が魅力です。第2楽章も早足で小気味よく進みますが、それでいて味わい深いのはさすがです。第3楽章は荒々しいほどにリズムが際立ちます。そうなれば終楽章での流れの勢いも止まりません。打鍵のキレよりも力強さを感じさせます。録音は残響は少なめですが、クラウスの生々しい演奏を聴くには適しているかもしれません。

Schubert-sonata-vol-1-qg6jawpl__20250517145001 ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
作家の村上春樹が好んだというワルター・クリーンのシューベルトですが、ソナタ全曲の録音がVoxBoxから3セットに分かれて出ていました。これはそのVol.1に含まれます。クリーンの演奏はどの曲でも共通しますが、ケンプのようなドイツ風の造形性の堅牢なものでは無く、ウィーン風の自在さが感じられます。第楽章は前半では大人しい印象ですが、徐々に力強さを増して、フィナーレでは中々にドラマティックです。第2楽章は歌い回しがとてもチャーミングで溢れ出る情感にも魅了されます。第3楽章はリズムのキレの良さが目立ちます。トリオの情感が豊かで主部との対比が見事です。終楽章はピアノの音が特に弱音で澄んでいてとても美しいです。録音も中々に優れます。

Schubert-sonata-16-098 アルフレッド・ブレンデル(1987年録音/フィリップス盤)
ブレンデルはシューベルトの主要なピアノ作品を1970年代に録音しましたが、1980年代後半にも再録音を行っています。第1楽章冒頭から一気呵成に近い奔流のような勢いが有ります。和音は非常に綺麗です。中間部の幾つもの水流が絡み合って流れゆく様も見事です。第2楽章も美しく、ブレンデルのあの見事なリート伴奏を想い出します。中間部の流れる様な音の粒にも惚れ惚れします。第3楽章の生き生きとしたリズム感も秀逸です。終楽章もまたリズムのキレと音の粒立ちの美しさが際立ちます。そのピアノの音色はクリスタルが底光りするようなブレンデル・トーンです。録音も素晴らしいです。

Schubert-sonata-9-16-d5j9zdl_ac_ 内田光子(1998年録音/フィリップス盤)
第1楽章からテンポや間合い、強弱の変化を微に入り細に入り考え抜かれた演奏で、実に内田光子らしいと言えます。確かに面白いですし感心もするのですが、これが楽しめるかどうかと聞かれると自分には「はて?」なのです。一見デモーニッシュの様でいて、余り怖く成らないのも、一つの「表現」の範囲に留まるからでしょうか。どうも頭で考え抜いたような演奏は苦手で、自然に湧き出たような表現なら受け入れられるのですが。第2楽章も堅苦しくて余り引き込まれてゆきません。第3楽章は平均的ですが、トリオは美しいです。終楽章もまとまりは良いですが、その割に音の粒がやや緩い気もします。優秀録音でピアノの音は深く美しいのに残念です。 

さて、この中で最も好んでいるのはブレンデルです。この人のシューベルトは本当に素晴らしいです。 

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2025年5月14日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第17番ニ長調 D.850 名盤

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シューベルトのピアノ・ソナタを更に遡りますと、亡くなる三年前の1825年には第15番(D840ハ長調)、第16番(D845イ短調)、第17番(D850ニ長調)の3つのソナタを書いています。

そのうち第15番に関しては1、2楽章以降が未完成に終わりましたが、第16番、第17番は完成していて長い4楽章構成の作品です。
シューベルトがベートーヴェンとは違う自分の方向性を確立するきっかけとなった節目の作品群と位置付けて良いのではないでしょうか。 

第17番のソナタは、これら3曲の中で最も長い作品で、作家で音楽愛好家の村上春樹が好んだ作品としても知られています。もっとも一方では、かつてのロベルト・シューマンがこのソナタを評価しながらも、終楽章については否定的でした。それも分らないでは無いですが、とても愛らしさに溢れた名曲だと思います。 

以下は曲の構成です。 

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
明るい響きの和音の第1主題で力強く開始されます。リズミカルな第2主題を中心に展開されてゆきます。生きる喜びに満ち溢れています。 

第2楽章 コン・モート
旋律とまで言えないような主題がまったりと延々と続いてゆきます。そこに大きな変化は無く、陽の光がほんの僅かずつその輝きを強めたり弱めたりという雰囲気です。いかにもシューベルトらしいと言えます。 

第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
前の楽章をそのままリズミカルにしたような楽章で、これまたシューベルトらしい魅力に溢れます。

第4楽章 ロンド、アレグロ・モデラート
何とも単純で可愛らしい旋律によるフィナーレで、まるで「おかあさんといっしょ」か「朝のラジオ体操」のようです。ここまで行くと、たとえシューベルティアンであってもシューマンのように首をひねるかもしれません。その点、村上春樹はさすがです。(中間部で幾らか展開を見せますが、愛らしい音楽が続いてゆきます。そしてフィナーレはまるで子供が寝落ちするように幸福に終わります。どこにも「死の影」は見当たりません。

それでは数は少ないですが愛聴盤のご紹介です。 

Schubert-sonata-16-17-wggjfl_ac_20250517145201 スヴャトスラフ・リヒテル(1956年録音/RCA盤:メロディア原盤)
リヒテルのこの曲の録音はモスクワにおける古いライブのみですが、凄い演奏です。第1楽章の冒頭は極めて速く駆け抜けるようで、激しい打鍵にも何事かと驚かされます。リヒテルの同じ頃の「熱情ソナタ」の白熱の演奏を想い起します。それが第2楽章に成ると一転して、ゆったりとしたテンポで繊細な弱音から深々とした情感を表わし尽くします。スケルツォは再び激しく、躍動感に溢れますが優雅さは有りません。終楽章も速めで活力に溢れていて、とてもラジオ体操なんてものでは無く、アスリートによる体操競技のようです。こういう曲を真剣に弾くリヒテルはシューベルトが本当に好きなのでしょうね。モノラル録音で音は少々古めかしいですし、強音は幾らか割れ気味です。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250508231001 ヴィルヘルム・ケンプ(1968年録音/グラモフォン盤)
ケンプのシューベルトは、ベートーヴェンの演奏でもそうだったように、どの曲においてもディナーミクの巾は抑え目で、過剰にピアニスティックなところも無く、一貫したインテンポによる古典的造形性の高い演奏スタイルです。それは「ドイツ風」とも言えて、ウィーンの演奏家達に比べるとき真面目過ぎる感が有ります。けれども初期や中期の作品にとっては、それがむしろ曲を聴く充実感を増してくれるような気もします。第2楽章も速めの足取りでサクサクと進みますが、それでいて優しい情感に包まれています。後半の3、4楽章でも楽曲から優しさと愉悦感が滲み出ます。ピアノの音色が余り現代的で無いのも良いです。写真の全集盤で所有しています。

Schubert-sonata-vol-2-_ac_sl1500_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
村上春樹がこの曲が好きだと書いていたのは『意味がなければスイングはない』の本の中でしたが、そこには「ワルター・クリーンの弾く演奏が好きだ」とも有りました。クリーンはシューベルトのソナタを全曲録音しています。第1楽章はケンプと比べると、冒頭などよほど力強く開始します。その後は良く言えば勢いと自在さが有りますが、悪く言えば緩さを感じます。それがこの人の味なので、聴き手の好み次第ということです。第2楽章は比較的あっさりと進みますが、やはり味が有ります。スケルツォではリズムが自在で歌わせた感じなのはウィーン・スタイル?なのでしょうか。第4楽章は何故かおもちゃの兵隊の行進に聞こえます。。。が、それは自分だけ?? 録音は明瞭でピアノの音も美しく澄んでいます。写真の全集盤のVol.2に含まれます。

Schubert-sonata-14-17-sddefault アルフレッド・ブレンデル(1997年録音/フィリップス盤)
ブレンデルは、この曲を1970年代に録音していますので、これは再録音です。第1楽章は力むことなく必要以上にピアノを強打しません。音の一つ一つや和音、スケールがどれも極めて美しいです。人によっては物足りなさを感じるかもしれませんが、自分は逆で自然と惹き込まれます。第2楽章はあっさりと進みますが、やはり美しく情感も充分です。白眉はスケルツォで、ゆったりとしたテンポで、付点リズムに明確に独特の間を入れます。その結果、まるでウィーンの舞曲のような洒落た味わいが出ています。終楽章は。。。これこそラジオ体操です!() イン・テンポの足取りで無理に表情は付けることなく、シンプルな楽曲そのままに奏しています。まるでモーツァルトの初期のソナタのようです。ピアノの音色はいつもの美しいブレンデル・トーンです。

Schubert-sonata-14-17-q8oer0oyl_ac_ 内田光子(1999年録音/フィリップス盤)
内田光子らしいシューベルトです。楽譜をとことん読んで、実際に何度も繰り返して弾いてみて仕上がった結果でしょうし、確固たる確信が感じられます。そこに曖昧さは皆無です。ですので、彼女の演奏が好きな方にとって文句の付けようは無いでしょう。ところが天邪鬼の自分にはどうもそれが頭で考えた表現に聞こえてしまいます。第2楽章が良い例で表現意欲が過剰なのです。もしこれがベートーヴェンであればそれほど気に成らないかもしれません。スケルツォも同様で何だかガサガサしていて流れが悪く心地良さが薄いです。終楽章は極めてカッチリと弾いていて、曲の格調が一段上がったように感じられます。フィリップスによる録音はピアノの深い音色を見事に捉えています。 

これらからマイフェイヴァリットを上げるとすれば、ブレンデル盤です。スケルツォのポイントが大きく貢献しています。

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2025年5月 7日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第18番ト長調 D.894 名盤 ~幻想~

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GWも終わりましたね。今年は家内の同僚の娘さんが出演する子供たちの演劇を観に行ったり、高校時代の友人と会ったりしてのんびりと過ごしました。もちろん音楽も良く聴きましたが、さしずめSW(シューベルト・ウィーク)というところです。ということでピアノ・ソナタ特集の続きです。

ピアノ・ソナタ第18番は、シューベルトが亡くなる2年前の1826年に作曲されました。一般的に「幻想」の愛称で呼ばれています。

シューベルトのピアノ・ソナタでは何と言っても亡くなる年に書かれた最後の3つのソナタ (第19番から第21番)が規模的にも内容的にも圧倒的に素晴らしいですが、この第18番もシューベルト的な楽想が魅力の名作です。シューベルトが生きている間に出版されたピアノ・ソナタとしては最後の作品で、後にロベルト・シューマンが「形式と精神的において最も完璧である」と評価しています。 

なお、この曲が「幻想」と呼ばれるのは、初版譜の第1楽章に「幻想曲」と記されていた為ですが、それはシューベルト自身が付けたのではなく、出版者が付けたようです。 

曲の構成は以下の通りです。 

第1楽章 モルト・モデラート・エ・カンタービレ
静かに始まり穏やかな楽想がゆるやかに流れてゆきます。やがて何かを訴えるように盛り上がりますが、やがて再び落ち着きます。楽しさの中に幾らか哀しさも秘めているようです。 

第2楽章 アンダンテ
穏やかで落ち着いた主題と、険しい雰囲気の主題が入れ替わりながら現れます。 

第3楽章 メヌエット、アレグロ・モデラート
メヌエットと言うには厳し過ぎる雰囲気を持ちますが、トリオは美しく抒情的ですが翳りの有る楽想に変わります。 

第4楽章 アレグレット
シンプルなロンド主題により、ポルカのような軽やかで楽しい音楽が流れます。但し中間部では翳りが姿を表わします。終楽章にこのような性格の楽章を置くのは、あの晩年の弦楽五重奏曲のようにシューベルトお得意の構成の一つです。 

所有CDはそれほど多くありませんがご紹介します。

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250430124401 ヴィルヘルム・ケンプ(1965年録音/グラモフォン盤)
終始一貫した比較的速めのインテンポによるカッチリとした古典派風、あるいは純ドイツ風のシューベルトです。ところが、それでいて堅苦しくなるどころか情緒が大いに感じられるのは流石ケンプです。第3楽章、第4楽章と素朴なリズム感が愉しいです。滋味あふれる優しい表情はケンプならではで素敵です。録音は少々古くなりましたが、ピアノの音色が現代的で無いのは良いですし、むしろケンプの演奏に適しています。単売ディスクも出ていましたが、写真の全集盤で所有しています。 

Schubert-sonata-vol-1-qg6jawpl_ac_sl1000 ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
クリーンはシューベルトのソナタを全曲録音しています。その為か作品へ向き合い方には、肩の力の抜けた余裕を感じさせます。オーストリア出身であるのもその理由かもしれません。第1楽章はゆっくりと悠然とした歩みで、ことさらに「幻想」らしい雰囲気を出そうと言うのではなく、自然体そのものです。しかし第2楽章では中々に険しい表情と音を聴かせます。舞曲の要素が多い第3、第4楽章では素朴で洒落たリズム感が魅力ですし、そこから田舎風の情緒が立ち登ります。ピアノの音は強音が幾らか金属的な感じは有りますが、澄んだ音色が美しいです。録音も明瞭です。写真の全集盤のVol.1に含まれます。

Schubert-71lth5egp0l_ac_sl1073_ スヴャトスラフ・リヒテル(1979年録音/フィリップス盤)
リヒテルはこの曲を好んで演奏したことから録音も数種類残されていて、困ったことに各ディスクのクレジットにも怪しさが有ります。この演奏は一応は1979年のライブ録音と推測します。それはともかく、第1楽章は極めて遅く、どこまでも深く沈み込むような演奏で、それまで聴いたどのピアニストの演奏ともまるで異なる曲の様に聴こえました。この演奏で初めてこの楽章に「幻想」というイメージが湧いたものです。但し、人によっては遅過ぎと感じられるかもしれません。第2楽章は静けさの中に情感豊かですが、険しい主題部では凄味すら感じさせます。3楽章は逆に厳しいリズムで重々しいですが、中間部が美しいです。終楽章は意外にテンポが速く、刻々と表情を豊かに移り変えてゆく愉悦感が本当に見事です。録音も極めて優秀です。

Schubert-sonata-18-21-dl_ac__20250430124501 グリゴリー・ソコロフ(1992年録音/Naive盤)
古今を通じても最高のピアニストの一人とされるソコロフの、第21番と同じフィンランドでのライブ録音ですが、このシューベルトもまた素晴らしいです。第1楽章はリヒテルほどでは無いにせよ、かなり遅いテンポです。澄み渡ったピアノの音がゆったりと広がっていて、まるで湖の水面に深い霧がかかっているような情景が浮かびます。正に幻想的です。第2楽章もまたデリカシー溢れる弱音による静謐感に息を飲みます。険しい主題をことさら劇的には弾いていませんが、威厳が有ります。第3楽章は適度な重みのリズム感が素晴らしいです。終楽章は慌てず騒がず開始しますが、少しづつ高揚させて行く様が秀逸で飽きさせません。深い残響の有る録音ですが、音の混濁が無く非常に美しいです。

Schubert-sonata-18-r79283411451835765704 内田光子(1996年録音/フィリップス盤)
内田光子もまたシューベルトのソナタを全曲録音しています。それだけ思いは強いのでしょう。第1楽章はゆっくりと始まり、曲が進んでもディナーミクの巾をかなり抑えています。凡百のピアニストがいきなり強弱をやたらと強調するのとは一味違います。テンポを余り揺らさずに古典的な造形感を残している為にロマン派然とはなりませんが抒情性は豊かです。後半では徐々に打鍵に力強さが加わります。第2楽章も雰囲気は有りますが、それに流されることはなく毅然としています。第3、第4楽章もまたガッチリと真剣そのものでウィーン風の愉しさは稀薄なので、その分音楽の立派さが大いに感じられます。ピアノの音は深々として美しいです。

Schubert-sonata-r_20250430124301 アルフレッド・ブレンデル(1998年録音/フィリップス盤)
ブレンデルは、この曲を前回は1988年にセッション録音していますが、これはそれから10年後のフランクフルトにおけるライブです。ピアノの音色はいつものブレンデル・トーンで、硬質ですが金属的で無いクリスタルのような美しさです。演奏もまたいつもながらの自然体で、ことさら面白く聴かせようという“こざかしさ”は皆無です。若い頃はそれが“平凡”の域を出ないことも有りましたが、最円熟期を迎えてからは、落ち着いた深い味わいが、この長い曲を少しも飽きさせることがありません。ブレンデルは紛れもない“大巨匠“の域に入っていたということです。録音もバランスの良い優れた音です。 

この中で最もオーソドックスな名演としてはブレンデル盤を上げたいです。けれども圧倒的な表現のリヒテル盤、もう少し普通で名演のソコロフ盤もまた外せません。

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2025年4月30日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第19番ハ短調 D.958 名盤

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シューベルトが亡くなる3カ月前に書きあげた第19番、20番、21番の3曲のピアノ・ソナタの中では、第20番が全体的に明るい歌曲のような旋律が用いられた美しさ、第21番が諦観や彼岸といったものを感じさせるのに対して、第19番は現世的な激しさと暗さを感じさせます。それは極めてベートーヴェン的だと言えますが、シューベルトが生涯ベートーヴェンの音楽を追って来たことは明らかなので、この作品は前の年に世を去った楽聖へのオマージュだったのかもしれませんね。

以下は曲の構成です。 

第1楽章 アレグロ
調性がベートーヴェン宿命の「ハ短調」ですし、冒頭の主題からしてまるでベートーヴェンのピアノ曲を聴くような印象を受けます。全体も、人生に対峙するような暗い雰囲気に包まれていて、シューベルトらしい穏やかさからはかけ離れています。 

第2楽章 アダージョ
前の第1楽章からは一転して静けさの中の穏やかな主題で始まります。しかしそれは楽聖の後を追うであろう人生の終焉を悟った上での付かぬ間の心の静けさなのでしょう。時に抑え切れない絶望感に支配されてしまいます。 

第3楽章 メヌエット
緩やかでシンプルな曲想ですが、どこかで孤独感を感じさせます。 

第4楽章 アレグロ
速い舞曲のタランテラを取り入れているシューベルトとしてもユニークな楽章で、一貫して息も付かせずに次々と音楽が疾走を続けて行きます。他には弦楽四重奏の「死と乙女」の終楽章にもタランテラが取り入れられていました。 

それでは愛聴CDをご紹介させて頂きます。 

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250423181701 ヴィルヘルム・ケンプ(1968年録音/グラモフォン盤)
ピアニスティック過ぎないケンプのベートーヴェンもそれはそれで好きですが、シューベルトの方がより向いていると言えそうです。インテンポできっちりとした造形性はドイツ風ですが、威圧感が無くジェントリーなところはケンプの一番の魅力です。第2楽章は淡々とした歩みの中に気品が感じられ、味わいが有ります。第3楽章はしっとりと落ちつきが有ります。終楽章も余り熱くならず抑制され過ぎて、物足りない気はしますが、いかにもケンプらしい演奏です。単売ディスクも出ていましたが、写真の全集盤で所有しています。

Schubert-sonata-403 パウル・バドゥラ=スコダ(1968年録音/RCA盤)
バドゥラ=スコダが40代で完成させたソナタの一度目の全集録音に含まれますが、この曲はウィーンでの収録です。第1楽章は音を短く切るのは古典派風に聞えます。現代の奏者のような打鍵の激しさも無く、ウィーン流儀とも言えそうです。その分、この曲にしては幾らか物足りなさは感じられます。第2楽章は淡々とした歩みで、余り深刻ぶることは有りません。中間部も過剰に激しくはなりません。第3楽章は落ち着いていますし、第4楽章も余り激しさは有りません。ピアノの素朴な音には好感が持てますが、録音の影響か幾らかざらつきが有ります。写真は所有する全集盤です。

Schubert-sonata-71dqg6jawpl_ac_sl1000_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
オーストリアのピアニストのクリーンはソナタを全曲録音しています。作家の村上春樹が、この人のシューベルトが好きだと書いていました。第1楽章冒頭は意外なほど力強く開始します。続いて穏やかに歌わせますが、ある種の自在さ、緩さが感じられるのはウイーン風で好きです。第2楽章は主部がかなりの弱音で抑え目の為にやや物足りなさを感じます。第3楽章にも同じようなことが言えます。終楽章はタランテラのリズムが落ち着いていますが、じわりじわりと地の底から迫って来るような独特の味わいが面白いです。録音は明瞭で割と優れます。写真の全集盤のVol.1に含まれます。  

Schubert-sonata-611q3y1djql スヴャトスラフ・リヒテル(1972年録音/英Regis盤)
これはどうやらザルツブルクにおいて行われたライブ録音のようです。第1楽章冒頭は力強い打鍵で重々しく開始されますが、やがてゆっくりと歌わせる辺りは完全にロマン派風で、リヒテルの本領発揮です。第2楽章は諦めた心情でたどたどしく一歩一歩踏みしめるような趣です。中間部では歯を食い縛って立ち上がろうとしますが力強さは有りません。第3楽章をチャーミングに流すと、終楽章は迫真のタランテラと成ります。刻々と移り変わる表情の変化が非常に豊かで、単に激しいだけではありません。録音はオイロディスクによるようですが、所有する英Regis盤はライセンス盤なので音は良好です。

Schubert-sonata-1528806631vz0tdh17815 アルフレッド・ブレンデル(1987年録音/フィリップス盤)
ブレンデルがまだ壮年期と言って良い時期の録音なので、カッチリとした演奏です。極めて真面目に楽曲そのものに虚飾なく取り組もうとする姿勢が、「学究的」とまでは言えなくも、ともすると面白みの無さを感じさせるかもしれません。それはブレンデルの特に若い頃の特徴なので、最晩年までそのように思われていた方も多いかもしれません。しかしそれがこの人の味です。この演奏もベートーヴェン的な力感は薄く、シューベルト的な柔らかさが有りますが、第2楽章や終楽章などは物足り無さを感じ無くも無いですが、しかし全体を通して聴くと決して悪くありません。ピアノの音はいぶし銀の美しさです。

Schubert-sonata-315p5zmqkal_ac__20250423181701 アンドラーシュ・シフ(1992年録音/DECCA盤)
第1楽章は楽曲の性格を考えての事か、シフにしては愛奏するベーゼンドルファーをかなり強い打鍵で鳴らしています。但し、その割に柔らかい旋律との切り替えが今一つ効果的には感じられません。第2楽章でも弱音をもちろん意識して弾いていますが、それが表面的で余り心に響きません。この時の「若さ」を味方に付けなかったシフの未熟さなのでしょうか。第3楽章はリズム、表情はごく平均的です。終楽章は速めのテンポで緊張感を持ちながら駆け抜けますが、それ以上の面白さは感じられません。このDECCAの録音は明瞭ですが幾らか残響が多いです。

Schubert-sonata-51cdpzrnvl_20250423181701 内田光子(1997年録音/フィリップス盤)
内田光子はピアノの響きも演奏スタイルもシューベルトよりもベートーヴェン向きだとかねがね思っていますが、その割には後期の5曲しか録音をしていません。従ってシューベルトとしては第19番が明らかに向いています。第1楽章はかなり速めで焦燥感に溢れますが、打鍵の力強さと気迫には驚きます。第2楽章はリヒテルよりも遅いテンポですが、そこに必然性が有るのかは良く分かりません。中間部は力みが入ってやや音が荒いです。第3楽章は孤独感がユニークです。終楽章は非常に速くリズムの切れも有ります。何者かに追い立てられるような緊迫感が聴きものです。フィリップスの録音はやはり優秀で深々としたピアノの音が綺麗です。

Schubert-sonata-340 マレイ・ペライア(2002年録音/SONY盤)
ペライアは
最後の3曲のソナタをまとめて録音しました。第1楽章は重みのある音と堂々とした構えがベートーヴェンを想わせます。適度な切迫感もまた魅力です。第2楽章は、過ぎ去りし日々を懐古するようで胸に沁みます。中間部では後悔の念にいたたまれない様子が垣間見れます。第3楽章は落ち着いたリズムと繊細な美しさが魅力です。終楽章は特に速くは無いですが、追い立てられるような不安定な気分が良く出ています。合間に挟まれた音の動きにもデリカシーが感じられて惹き付けられます。録音は優秀で、幾らか重いピアノの音も曲には適しています。 

手持ちのディスクの中ではリヒテルが第一のお気に入りですが、録音およびピアノの音色も含めるとブレンデル、内田光子、ペライアをお勧めしたいです。

<補足> バドゥラ=スコダ盤を後から追記しました。

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2025年4月23日 (水)

シューベルト ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D.959 名盤

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シューベルトは亡くなる2か月前にピアノ・ソナタ第19番、20番、21番の3曲をまとめて書き上げましたが、最後の第21番は別世界へ連れ去られるほどの深さを持つ傑作として古今のピアニストにより愛奏されています。残りの2曲も傑作ですが、弾き手、聴き手にとってそれぞれ好みは割れると思います。自分の場合は第20番にとても惹かれています。 

第19番と第21番が暗さや諦観を感じさせるのに対して、第20番は全体的に明るい歌曲のような旋律が用いられた非常に美しい曲です。しかしそれと同時に、自らに近づく死期を感じては抑えきれない感情を滲ませるような捉えどころのなさは感じられます。自分は特に終楽章の魅力には抗し難いのですが、シューベルティアンにとってはやはり愛さずにはいられないソナタでしょう。 

曲の構成は全4楽章です。 

第1楽章 アレグロ
力強い和音で堂々とした始まりはベートーヴェン風です。しかしその後はシューベルトらしい素朴な主題を元に緊張感を保ちながら展開されてゆきます。ただし天才的な閃きは余り感じられないように思いますが、どうでしょう? 

第2楽章 アンダンティーノ
緩除楽章です。哀愁を一杯に湛えた旋律が静かに流れてゆき、映画音楽を想わせます(実際にそうした映画が有るようです)。中間部では、激しさを持って力強く盛り上がります。 

第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
シューベルトらしい可愛らしいリズムがスタッカートで奏されます。中間部のトリオはゆったりとウィーン風の情緒的なそれです。 

第4楽章 ロンド、アレグレット
とても愛らしい主題は、自身のピアノ・ソナタ第4番(D537)の第2楽章から転用したものですが、その魅力は数百倍にも成りました。この主題を中心に展開されてゆきますが、若い日々を懐かしく回想しているような幸福感と寂しさが入り混じった不思議な楽想です。コーダでは三連符で盛り上がった後に力強く和音が連打されて曲が終わります。

それでは愛聴盤をご紹介します。 

Schubert-sonata-zap2_g2633009w_20250419145301 ルドルフ・ゼルキン(1966年録音/CBS盤)
これはニューヨークでのセッション録音で、CBS特有のオンマイクで残響が少なく生々しい音造りです。全盛期のホロヴィッツにはぴったりでしたが、ゼルキンも極めて骨太の演奏に響きます。戦前にドイツから米国に移住したゼルキンはドイツロマン派の音楽を継承しつつ、型にはまらない自在さが魅力です。ただしそれは聴衆の好みに迎合するようなものでは無く、ひたすら作曲者の本質を追求する精神です。従って第2楽章もムード的に流れることはありません。ひたすら「硬派」のシューベルトで毅然とした立派さを感じさせます。 

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_s_20250419145301 ヴィルヘルム・ケンプ(1968年録音/グラモフォン盤)
現代的なピアニスティックなところが無いケンプのベートーヴェンは好きですが、シューベルトにもまた適しています。一貫したインテンポによる造形性はドイツ風のシューベルトで、幾らか堅苦しさは感じられますが、力づくの演奏に比べれば遥かに惹かれます。第2楽章も淡々としていながらも哀しみの情感が素晴らしいです。第3楽章、終楽章も抑制した表情による微妙なニュアンスの変化がいかにもケンプらしくて良いです。単売ディスクも出ていましたが、写真の全集盤で所有しています。 

Schubert-sonata-403 パウル・バドゥラ=スコダ(1967、68、71年録音/RCA盤)
バドゥラ=スコダが40代で完成させたソナタの全集録音に含まれますが、この曲は67年にローマで、68年と71年にウィーンでと三回に分かれて収録したというのは、それだけこだわりが有ったのでしょうか。第1楽章は少しも肩に力を入れずに穏やかに弾いています。これぞウィーン流儀だと言っているようです。第2楽章は淡々と、しかし孤独感を湛えていて胸に沁みます。中間部も劇的ですが過剰さは有りません。第3楽章のリズムの落ち着いた優雅さはさすがです。そして第4楽章の優しさはどうでしょう!ゆったりとしたテンポで慈しみを一杯に湛えていて感動的です。ピアノの金属的で無い素朴な音色も魅力です。写真は所有する全集盤です。 

Schubert-sonata-b1bmty0uxns_ac_sl1500_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
作家の村上春樹が、この人のシューベルトが好きだと言うオーストリアのピアニストのクリーンはソナタを全曲録音しています。第1楽章冒頭はピアノの澄んだ音色でキリっと開始します。続いては穏やかな表情で伸びやかに歌わせるのに惹き付けられます。リズムも厳格なドイツ風とは異なるある種の自在さ、緩さが感じられて好きです。第2楽章も余り深刻になりませんが自然と心に沁みます。第3楽章はチャーミング、終楽章ではのどかな表情がとても魅力的です。録音は残響が少なく明瞭で優れます。写真の全集盤のVol.2に含まれます。  

Schubert-sonata-315p5zmqkal_ac__20250419145301 アンドラーシュ・シフ(1993年録音/DECCA盤)
シフはウィーンの銘器ベーゼンドルファーの愛奏者として知られますが、上述のクリーン盤の音と良く似ています(ということはクリーンもベーゼンなのでしょうね)。いつものようにペダルは控え気味で、古典派風の音色を醸し出しています。第1楽章はインテンポで誇張なく進みますが少々地味過ぎるくらいです。シューベルトらしいと言えばそうですが。第2楽章は静寂から漂う寂寥感が胸に沁みますが、中間部では熱く高揚します。第3楽章は繊細かつ軽やかさが魅力です。終楽章はしっとりと落ち着いた美しさです。DECCAの録音はベーゼンドルファーの音を美しく捉えています。 

Schubert-sonata-51cdpzrnvl 内田光子(1997年録音/フィリップス盤)
内田光子のピアノの響きは渋く暗めのこともありますが、作品としてはベートーヴェン的な第19番の方に明らかに向いています。この第20番の演奏では第1楽章が非常に立派で、楽譜の読みの深さに驚きますが、例によって細部のニュアンスの表現が神経質過ぎなのでもう少しおおらかさが求めたくなります。しかし第2楽章となれば孤独感の表出は独壇場です。終楽章もかっちりと弾いていますが、この曲の不思議な情感が滲み出ています。それにしてもピアノの音はしっとりと瑞々しく、弱音などは本当に綺麗です。もちろんフィリップスの優秀録音有ってのことですが。 

Schubert-sonata-r_20250419145301 アルフレッド・ブレンデル(1999年録音/フィリップス盤)
これはロンドンのロイヤルアルバートホールにおけるライブです。晩年の演奏だけあって、ゆったりと落ち着いて自然に流れて行くような趣が有ります。表情の変化や音の強弱には造り物めいたところがおよそ皆無で、面白く聴かせようという雑念が全く感じられません。第2楽章ですらも深刻さを表に出さないので、ムード的に陥ることがありません。白眉は終楽章で、ゆっくりとした歩みで主題が何ともいじらしく奏されます。左手と右手のバランスも見事に処理されて、まるでバッハを聴くかのようです。ピアノの音色は相変らずクリスタルが底光りするような美しさです。BBCによる録音も優秀で美しいです。

Schubert-sonata-340 マレイ・ペライア(2002年録音/SONY盤)
モーツァルトを得意とするペライアなのでシューベルトも素晴らしく、
最後の3曲のソナタをまとめて録音しています。第1楽章はゆったりとテンポの変化は少ないです。過剰な表情づけは避けつつ、ニュアンスの変化が感じ取れます。第2楽章はピアノの弱音が夢の中に居るみたいで、過ぎた日々を懐かしむような孤独な雰囲気が胸に沁みます。第3楽章はデリカシーあるタッチが魅力です。終楽章は静かにゆったりと歌わせて、アクセントが立つのを抑えているのは良いです。愛情に溢れた表情が実に素敵で、この楽章はやはりこうでなくてはと思わせます。ピアノの音が幾らか重く感じられますが、透明感ある音色は美しいです。 

この曲ばかりはピアニスティックに弾かれるのだけは御免なので、そう思えるピアニストのディスクは敬遠しています。手持ちのディスクの中ではクリーン、ブレンデル、ペライア、内田光子が気に入っています。

<補足> バドゥラ=スコダ盤を後から追記しました。

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2025年4月14日 (月)

シューベルト ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960 名盤 ~最後のソナタ~

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シューベルトは1828年に世を去りますが、その亡くなる2か月前に第19番、20番、21番の3曲のピアノソナタをまとめて作曲しました。いずれも大きな作品ばかりですが、この年には、あの長大な弦楽五重奏曲も作曲しています。死期を前にした超人的な創作力には只々驚きの一言です。モーツァルトにも共通する文字通り「人智を越えた」不思議な何かが下りてきたとしか思えません。 

シューベルトを愛する人にとっては残されたどの曲も魅力的だと思います。初期のシューベルトのピアノソナタはベートーヴェンの影響を受けて古典的に書かれていましたが、後期になるとロマン派風に情緒を豊かに湛えるようになり、独自の世界を生み出しました。作品の規模も大きく成り、特に最後の第19番から第21番まで、それに第18番を加えた4曲はどれも大曲です。中でも生涯最後の器楽曲となった第21番は驚くほどの音楽の深さを持つ傑作として古今の多くのピアニストにより愛奏されています。 

曲の構成は全4楽章です。 

第1楽章 モルト・モデラート
ごく静かに懐古風な主題で始まりますが、この作品の途方も無い広がりを暗示しているようです。その後もシューベルトらしい旋律が歌われますが、大きな変化を見せることなくゆっくりと進行してゆきます。転調が繰り返されますが、最後もまた静寂で終わります。 

第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
冒頭から諦めきったような孤独感に覆われた主題がゆっくりと奏でられます。やがて幾らか光が差して、祈るような美しい音楽となりますが、力強さには程遠いです。初めの主題が再現されて、再び孤独な諦観の中に閉じられる。 

第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ - トリオ
「繊細に、優美に」という指示となりますが、演奏によっては必ずしもそのようには聞えません。 

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ - プレスト
軽快ですが決して明るさの無い主題に始まり、その後は明るく快活に進むものの、どちらともつかない雰囲気や常に何かに追い立てられているような焦りすら感じられます。中間部では突然激しく響き渡り、その「追い立てる何か」が姿を表わしたかのようです。なお、個人的には<ノン・トロッポ>の指定通りに弾いている演奏家はかなり少ないように感じられます。

それでは愛聴盤をご紹介させて頂きます。 

Schubert-sonata-0001065383ll クララ・ハスキル(1951年録音/フィリップス盤)
ハスキルの弾くモーツァルトはペダルが少なく、音色が金属的で無くフォルテピアノっぽいのがとても好きですが、シューベルトもまた同様です。演奏はいかにもハスキルらしく端正でいながら心の奥深くに沁み込むような抒情と味わいが最高です。シューベルトはやはりこうした古典派的な演奏が好きですね。ただし終楽章をとても速く弾いていて、個人的にはもう少し遅めが好みではあります。モノラル録音ですが、凄く厚い低音と派手さの無い高音とのバランスが素晴らしいです。 

Schubert-sonata-img_2186 クララ・ハスキル(1957年録音/Salzburger Festspiele盤)
こちらはハスキルのザルツブルク音楽祭でのリサイタルのライブです。上述のフィリップス盤も素晴らしいですが、音楽への入り込み具合は実演だけあって更に上回ります。実演ならではの些細なミス(と言うほどでも無いですが)は有りますが感動には少しも支障に成りません。正規音源ですがデジタルリマスタリングが悪評高いアイヒンガ-&クラウスなので例によって高音を強調していて、フィリップスの一連のハスキルの音よりもキラキラしているのが気に成ります。しかし音そのものは明瞭なので許容出来ます。既に廃盤ですが、その後オルフェオからもリリースされています。 

Schubert-sonata-81dqqlc7pl_ac_sl1400_ ヴィルヘルム・ケンプ(1967年録音/グラモフォン盤)
ケンプの演奏もまたピアニスティックなところが無く、シューベルトに向いています。ピアノの音色が現代的で無いのも良いです。一貫したインテンポによるガッチリとした造形性がドイツ風、ベートーヴェン風で、ウィーンの奏者達に比べると堅苦しさが感じられますが、ソナタの方が「即興曲」など自由な形式の小品よりは相応しいと言えます。それでも第2楽章の情感の深さなどは胸を打たれます。終楽章も表情の微妙な変化が楽しいです。単売ディスクも出ていましたが、写真の全集盤で所有しています。

Schubert-sonata-403 パウル・バドゥラ=スコダ(1968年録音/RCA盤)
バドゥラ=スコダはシューベルトのソナタ全集を2回録音していて、1回目がモダンピアノ、2回目が古楽ピアノを使用しています。これは40代で完成させた1回目のものですが、いかにもウイーン生まれらしく肩に力の入らない自然な演奏で、過剰な表現や作為めいたところは皆無です。ピアノタッチに朴訥と言えるような味わいが有り、素朴な音色が何となく古楽器を想わせます。第1楽章はデモーニッシュさは薄いですが、第2楽章では孤独感がひしひしと感じられます。第3、第4楽章はリズムがごつごつしていますが、やはり不思議な味を感じます。写真は所有する全集盤です。 

Schubert-sonata-b1owmnrxjqs_ac_sl1500_ ワルター・クリーン(1971-73年頃録音/VoxBox盤)
クリーンはグリュミオーと録音したモーツァルトのヴァイオリンソナタあたりが知られますが、オーストリアのピアニストでシューベルトもソナタを全曲録音しています。村上春樹が「意味がなければスイングはない」の本の中でこの人のシューベルトが好きだと書いていました。確かに第1楽章などは悠然とした歩みで、何か彼岸の雰囲気を感じさせます。第2楽章もまたそうした演奏で心に沁みます。それが3、4楽章となると自在さが感じられて良いです。ピアノの澄んだ音色は弱音が本当に綺麗なのですが、強音には少し金属的な感じを受けてしまいます。録音は明瞭で優れます。写真の全集盤のVol.3に含まれます。

Schubert-sonatas-712dw6se19l_ac_sl1082_ クリフォード・カーゾン(1972年録音/DECCA盤)
英国の至宝ピアニストであるカーゾンは、およそ誇張の無い誠実な演奏と端正なピアノタッチでドイツ/オーストリア音楽を最も得意としました。ただし、この演奏ではドイツ風ほどの堅牢さもオーストリア風の柔らかさもそれほどでは無く、折衷的な印象ですが、そこに洒落た気品を感じさせるあたりは英国風?などと思ったりもします。どちらか言うとカップリングの「楽興の時」の方に一層の魅力を感じましたが、このソナタも悪くありません。 

Schubert-sonata-51pihoafgal_ac_ スヴャトスラフ・リヒテル(1972年録音/BMG盤)
ザルツブルク近郊のアニフ宮殿でのセッション録音です。原盤がメロディアに有るのかどうかは分かりませんが、録音はオイロディスクによります。それはともかく、第1楽章は極めて遅く、深く沈み込むようにゆっくりと進みますが、時に聳え立つようなスケールの大きさを表します。ロマン派スタイルとしても非常に個性的です。第2楽章も同様ですが、3楽章は速めです。そして終楽章ではテンポは中庸ですが、刻々と表情を変えて行き、ディナーミクの巾の広さが圧倒的です。古典的に奏した演奏とはまるで別の曲に聞こえます。好き嫌いは別として凄い演奏です。 

Schubert-sonata-zap2_g2633009w ルドルフ・ゼルキン(1975年録音/CBS盤)
ユダヤ系であったために戦前に米国に移住したゼルキンですが、おかげでドイツ音楽の真髄が米国にもたらされました。男っぽいベートーヴェンが最高ですが、そうしたスタイルのシューベルトもまた魅力的です。これはバーモント州ギルフォードの田舎に有るスタジオで録音されましたが、ここはかつてミュージシャンの隠れ家で、スタジオから美しい山々の景色を見渡せました。そうした環境で録音された演奏らしく、俗世間から離れた雰囲気を感じさせますが、それがこの遺作になんとも相応しいです。録音は幾らかシャープさには欠けますが、それもまた味わいなのかと。 

Schubert-sonata-393 リリー・クラウス(1979年録音/ヴァンガード盤)
ハンガリー出身ですがウィーンで学んだクラウスはモーツァルトとシューベルトを最も得意としました。ドイツ的な構成感の強さは余り感じず、型にはまりきらない自由さが魅力です。女性的な弱さからはほど遠い打鍵の力強さや演奏から受ける強い情熱にはハンガリーの血を感じずにいられません。このシューベルトの遺作の演奏にもデモーニッシュな雰囲気は有りますが、「死の影」はそれほど強くなく、終楽章などにはむしろ最後まで与えられた「命」を全うしようとする意志の強さを感じます。録音の音に幾らか古さは有りますが、自分には気に成りません。 

Schubert-sonatasps21-939 ウラディミール・ホロヴィッツ(1986年録音/グラモフォン盤)
ホロヴィッツが亡くなる3年前のニューヨークでのスタジオ録音です。当時83歳でした。ロマンティックな演奏家としての表現は少しも変わりませんが、その為の指のコントロールが出来ていたのかどうか首をひねります。確かにピアニシモやフォルテの変化を駆使した表現の巾には強い意欲が感じられます。しかしそれが何か取って付けたような音にしか感じられません。きっとホロヴィッツの頭の中には「こうしたい!」という演奏がイメージされているのだろうなぁと思います。けれどもそれが形に成りきらない現実。「崩れた骨董品」を聴くのには哀しさが付いて回ります。 

Schubert-sonata-0001069503ll マウリツィオ・ポリーニ(1987年録音/グラモフォン盤)
ポリーニのシューベルトには人間の感情が余り感じられずに、何かそれらを達観した印象を受けます。それはシューベルトの音楽と相反するわけでは無く、むしろ同質性に近いものが有ります。もちろんポリーニのことですから技巧的には完璧なのですが、それが決して過度にピアニスティックに傾くことなく音楽への深いリスペクトが感じられます。他に類を見ないストイックさを保っていたポリーニのシューベルトからは、孤高感がそこはかとなく感じられて惹かれます。 

Schubert-sonata-657 ラドゥ・ルプー(1991年録音/DECCA盤)
ルプーは20代でDECCAと契約してシューベルトを続けて録音しましたが、その後に間が空き、これは9年ぶりの円熟期の録音です。第1楽章を透明感に溢れた美しい音で淡々と奏して行きます。ただし展開部では足取りを幾らか速めて活力を感じさせていて、必ずしも枯れた演奏ではありません。第2楽章は静謐感が印象的で、波静かな湖面から水の奥底を覗き見るような雰囲気です。3、4楽章はテンポも速めで闊達さが有りますし、フォルテの打鍵は強いです。残響が豊かな録音なのは個人的には余り好みません。 

Schubert-sonata-18-21-dl_ac_ グリゴリー・ソコロフ(1992年録音/Naive盤)
かつて日本では「幻のピアニスト」のソコロフでしたが、グラモフォンと契約をしてからは古今を通じても最高のピアニストの一人として誰からも知られる存在と成りました。これはまだその契約前のフィンランドでのライブです。第1楽章はリヒテル並みに遅いテンポで非常に広がりが有りますが、ピアノの音色も強弱も全てが完璧で、そこからシューベルトの孤独や抒情を深く感じさせます。第2楽章では繊細な弱音により深い静謐感を生み出しています。第3楽章は力むことなく淡々としています。終楽章は中庸のテンポで落ち着いたクールな雰囲気がユニークです。全体の完成度の高さは並みでありません。録音は深い残響が有りますが、音の混濁は有りません。 

Schubert-sonata-315p5zmqkal_ac__20250414004801 アンドラーシュ・シフ(1993年録音/DECCA盤)
シフは愛奏するベーゼンドルファーのペダルを控え気味にして、あたかもフォルテピアノのような古典派風の音色を醸し出しますが、個人的には好感を持ちます。演奏としては第1楽章をインテンポで誇張なく淡々と進むのは良いのですが、それがどうも一本調子には感じられます。第2楽章も抑制的ですが、静けさに包まれた佇まいから孤独感を漂わせます。第3楽章は軽やかな若々しさが魅力です。終楽章は“ノン・トロッポ”の指示に忠実で、これよりも速く弾いてしまう人がほとんどなので凄く良いです。DECCAの録音は適度な残響でピアノの音を美しく捉えています。 

Schubert-sonata-zap2_a6031858w 内田光子(1997年録音/フィリップス盤)
内田光子はモーツァルトを弾くときなどに、ピアノを通常の平均律では無く、古典調律の一つであるヴェルクマイスター音律を用いて演奏するそうです。その為に響きが渋く暗めに感じられますが、このシューベルトでもそれを使用しているのでは無いでしょうか。力こぶの入らない打鍵には好感が持てます。演奏は細部のニュアンスの変化に神経が行き届いていますが、それが演奏家の自然な本能からというよりも何となく頭で考えた末の表現のような気がします。そんな風にひねくれて聴かなければ充分に良い演奏だと言えるかもしれません。 

Schubert-sonata-r アルフレッド・ブレンデル(1997年録音/フィリップス盤)
シューベルト演奏に定評の有るブレンデルは、この曲を1971年と1988年の二回セッション録音していますが、これはロンドンのロイヤルアルバートホールにおけるライブです。ピアノの音色は硬質ですが金属的ではなくクリスタルが底光りするような美しいブレンデル・トーンです。演奏には実演らしい自由な息づかいが感じられますが、全体的にゆったりとした重みが有ります。表現的には虚飾の無い控え目なものですが、豊かな情感や孤独感を感じさせるところは素晴らしいです。終楽章はさすがに熱く高揚します。BBCによる録音ですが、バランスの良い美しい音質です。 

Schubert-sonata-340 マレイ・ペライア(2002年録音/SONY盤)
ペライアが、満を持して最後のソナタ3曲をまとめて録音しました。第1楽章は遅めのテンポで進みますが、思わせぶりな表現はおよそ皆無です。この自然体の内に、過ぎ去った喜びの日々、死に向かう恐れが潜んでいさえすればシューベルトの演奏として満足です。第2楽章はゆっくりと詠嘆の心情を滲ませていて感動的です。第3、第4楽章は比較的速めのテンポでとても歯切れが良いです。しかし完璧にコントロール出来ていてバタつくことはありません。やはり素晴らしい演奏の一つです。
録音は明瞭で優れます。ピアノの透明感のある音が美しいです。

Schubert-sonata-121 アルフレッド・ブレンデル(2008年録音/DECCA盤)
ブレンデルが77歳で現役引退した2008年にハノーファーで行われた最後のソロリサイタルのライブ録音です。メインプログラムに選んだのはやはりこの曲でした。第1楽章冒頭から何か彼岸の世界に居るようなただならぬ雰囲気に包まれています。テンポもディナーミクも変化は少なく、ひたすら淡々と弾き進みますが、そこには表現意欲と言うものはまるで感じられず、あたかも楽器が自分で鳴っているように感じられます。‘97年のロンドンライブも素晴らしいですが、この最後の演奏は次元が異なります。驚くことに演奏に疵も有りません(疵の有無など最初から問題外ですが)。ピアノの音色も美しく、何かとても優しく感じられます。 

Schubert-sonata-423 クリストフ・エッシェンバッハ(2010、11年録音/Harmonia Mundi盤)
これはマティアス・ゲルネと共演した歌曲集「白鳥の歌」とカップリングされたディスクです(なので写真のジャケットがゲルネ)。巨匠指揮者のエッシェンバッハですが、ピアニストとしても現役を続けているのは立派です。第1楽章をゆったりとしたテンポで深い情感を湛え、ディナーミクも控えめですが、決して枯れている訳では有りません。第2楽章も情感を一杯に湛えていますが、ユニークなのはスケルツォで、非常に遅く沈み込むようです。当然終楽章も明るさからは遠く、「白鳥の歌」にも重なる“人生への分かれ”がひしひしと感じられます。私はエッシェンバッハの指揮が大好きですが、ピアニストとしてももっと聴きたかったと思わずにいられません。 

Schubert-sonata-118 守重結加(2021年録音/オクタヴィア・レコード盤)
最後に日本の若手の新しい録音もご紹介したいと思います。守重さん
は桐朋学園卒業後に渡独、ベルリン芸術大学でソリストや室内楽の研鑽をしました。エドウィン・フィッシャー国際ピアノアカデミーでも第1位(聴衆賞)を受賞しています。初のソロ・アルバムに選んだのは彼女が「心の支えであり、困難を共に乗り越えてきた大切な存在」だと語るシューベルトの楽曲でした。誠実で虚飾の無い演奏はシューベルトにぴったりです。通常は中堅奏者がこのようにオーソドックスに弾くと退屈するものですが、彼女の場合は優しい表情と美しくも芯の有る音が何とも心地良く、時を忘れて聴いてしまいます。併録の「即興曲集D.899」もソナタに負けず劣らずの素晴らしさです。

以上は、どれもが素晴らしい演奏ばかりですが、特に感銘を受けるものと言えば、ブレンデルのフェアウェル盤、続いてエッシェンバッハ盤です。何だかんだ言ってリヒテル盤がその次で、あとはハスキル、ゼルキン、クラウス、ソコロフといったところです。

<補足> バドゥラ=スコダ盤を後から追記しました。

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2025年3月22日 (土)

廣津留すみれ トーク&ヴァイオリンリサイタル

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お彼岸の御中日のことでしたが、海老名市文化会館で廣津留(ひろつる)すみれさんのリサイタルを聴いて来ました。羽鳥慎一モーニングショーでお馴染みの才女ヴァイオリニストですね。テレビでは演奏を聴いたことがありますが、前から一度生演奏を聴いてみたかったのです。

実際に生の演奏に接してみると、ヴァイオリンの音色が本当に綺麗です。卓抜したテクニックも素晴らしく、一音一音に神経が通っていて雑な音が一つとして無いのはさすが世界の名門ジュリアード音楽院卒!

プログラムにクライスラーの魅力的な小品、「四季」の「春」、ツィゴイネルワイゼンなどの聴き易い名曲を揃えつつ、メインにリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリンソナタをもってくるあたりがニクイですね。
ロシアンヴァイオリンのようなバリバリと弾くような濃厚さとは異なり、ずっとスマートできっちりした印象を受けますが、ドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」などでは心が一杯に込められた歌にとても胸を打たれました。

テレビで見るよりもずっと気さくで才女っぽさを表わさないトークも魅力です。
記念グッズの「すみれちゃんキーホルダー」も買ってきました!(笑)

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2025年3月20日 (木)

モーツァルト 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」 紀尾井ホール室内管弦楽団 定期演奏会

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先の日曜日に久しぶりに紀尾井ホールへ出かけました。というのも、その日の演奏会に行く予定だった友人が行けなくなってしまった為に代わりに行かせて貰ったのです。

「コジ」を実演で聴くのは随分と久しぶりでしたが、指揮がトレヴァー・ピノックで、海外の歌手を中心にとても良い出演者が揃っていて素晴らしかったです。オリジナルのイタリア語上演で字幕付き、演奏会形式とありましたが演出も有り、歌手たちが舞台の上や客席通路を使って動き回り、演技を行うというほとんど舞台付きのオペラでした。ピノックは小気味よいテンポでリードして、このモーツァルトの傑作アンサンブルオペラを存分に楽しませてくれました。

会場が紀尾井ホールというのも良かったです。以前聴いたのも新国立の中劇場だったように思いますが、こうしたアンサンブルオペラにはこれぐらいの大きさの会場が歌手達の表情が良く見られて丁度良いです。
ああ、やはりモーツァルトのオペラはいいなぁ!

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2025年3月18日 (火)

シューベルト 「楽興の時」 Op.94(D.780) 名盤

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「楽興の時」(がっきょうのとき)というのは、19世紀ロマン派の作曲家達による叙情的なピアノ小品などの一つの形式を指します。

シューベルトが6曲のピアノ小品をまとめて、亡くなる1828年に作品94として出版されましたが、タイトルがフランス語で「Moments musicaux(モーメント・ミュジコー)」と付けられました。このタイトルが使われた最初の作品だったようです。もっとも自筆楽譜は残っていない為に、シューベルト自身による題名は不明です。

Moments musicaux」は日本では直訳すると「音楽の瞬間」の意味ですが、「楽興の時」とされました。いいタイトルですよね。もっとも自分は初め“らくきょうのとき”だと思っていました。() ラッキョウでは無いぞ!

それはともかく、この6曲からは、やはりシューベルト特有の「諦念」や「孤独感」が感じられますし、「即興曲集」以上にモノローグのように聞えてしまいます。 

第1番 ハ長調 モデラート
主部は気分が明るいのか暗いのかつかみどころが無く、子供の悪戯っぽさも感じさせます。中間部は穏やかで美しく抒情的ですが、やはりどこか暗さを感じさせます。 

第2番 変イ長調 アンダンティーノ
シチリアーナ風の穏やかなリズムの主題の後、抒情的な主題が現われますが心が暗く沈むようです。その音型は再び現れますが、深刻で激しいものに変わります。そしてまた静寂の世界へと導かれます。 

第3番 ヘ短調 アレグロ・モデラート
軽やかで愛らしい2つの主題が交替しながら進みますが、この曲はシューベルトの生前から最も良く知られたものの一つです。リズミカルでありながら暗い気分が漂うのはやはり紛れもないシューベルトです。 

第4番 嬰ハ短調 モデラート
バロック風の無窮動的な旋律は、どことなく不安な気持ちを秘めているように感じられます。中間部ではようやく気が晴れたように成りますが、やがて再び最初の気分に戻ってしまいます。 

第5番 ヘ短調 アレグロ・ヴィヴァーチェ
曲集で最も激しさを持つ曲です。怒り狂うように音が鳴り響き、激しい主題が奏でられます。中間部は一転して穏やかな表情に変わります。単純で美しい音型はいかにもシューベルトらしいです。 

第6番 変イ長調 アレグレット
間奏曲風で、ゆったりと落ち着いた旋律からは慈しむような優しい気分が漂います。中間部もまた穏やかな雰囲気で続いてゆきます。そしてこの世に別れを告げているように感じられてしまいます。 

所有するCDは多くは無いですが、気に入ったものばかりなのでご紹介します。 

Schubert-inp-oip_20250318140301 エドウィン・フィッシャー(1950年録音/TESTAMENT盤:EMI原盤)
ドイツの古典派からロマン派を得意としたフィッシャーが最晩年64歳頃の録音です。第1曲など、現代の奏者の演奏ばかりを聴いていれば技巧にぎこちなさを感じるかもしれません。しかし香るような味わい、特に中間部の深い情感には言葉を失うでしょう。第2番も同様で孤独感に溢れます。第3番の朴訥としたリズムや間合いの見事さにも圧倒されます。第4番のゆとりあるテンポから湧き上がる情感にも驚きます。第5番もピアニスティックに片づける印象が皆無です。そして第6番の何という奥深さ!黄泉の国への旅立ちが近づいている心境が感じられて涙なしには聴けません。モノラル録音ですが音は明瞭です。 

Schubert-music-img_2166 イェルク・デームス(1958年録音/グラモフォン盤)
デームスのピアノが聴きようによっては時々ギクシャクと感じられるのは、運指がかなり個性的だったのが原因みたいです。けれどもシューマンやシューベルトといったドイツ音楽にはそれがまた味わいに成るのも事実です。特にこの曲集にはぴったりです。どの曲でもピアノの技巧的な主張を取り払った朴訥とも言える演奏からはシューベルトの深い味わいが滲み出ています。何と魅力的な第2番、第3番。第5番も意外な程に情熱が感じられます。そして第6番の中間部の味わい!フィッシャーの録音を新しくした感じで、ステレオ録音で音は良いです。写真はタワーレコードライセンス盤です。 

Schubert-music-712dw6se19l_ac_sl1082_ クリフォード・カーゾン(1964年録音/DECCA盤)
イギリス生れのピアニストの至宝カーゾンが57歳の録音です。バレンボイムがこの人のモーツァルトとシューベルトを絶賛していたように、何とも奥深さを感じる演奏です。音は硬質で澄んでいますが、決して無機質ではありません。デリケートな美しさも神経質では無いですし、強音も控え目で、およそピアニスティックさが無いのは良いです。第3番も優しく淡々と歩む辺りはいかにもシューベルトらしさがあります。第5番の念押しするようなリズム感は独特です。第6番は深刻ぶらないのに味わいが有ります。録音は新しくは無いですが優れます。 

Schubert-music-zap2_g9015523w ヴィルヘルム・バックハウス(1969年録音/DECCA盤)
ドイツの巨星バックハウスは1969年に世を去りますが、これはケルンテンの湖畔の教会で開かれた生涯最後の二日間の演奏会のライブです。二日目の途中で心臓発作を起こしながらも曲目を変更してかろうじて演奏会を終えましたが、その1週間後に亡くなります。演奏は弛緩することもなく飄々と流れゆくバックハウスらしいものですが、少しも情に流されることなく、それでいて各所に音楽の含蓄が溢れているのがこの人の凄さです。ウィーン風の柔らかな甘さは無く、むしろごつごつとしていますが、作品への愛情、畏敬の念が嫌と言うほどに感じられます。第番も味わい深いです。当時のライブにしては優れた音のステレオ録音なのが嬉しいです。 

Schubert-music-iimg1200x10481528806631vz アルフレッド・ブレンデル(1987年録音/フィリップス盤)
ウィーン出身のデームスと比べると余り弾き崩すこともなく、ずっとカッチリとした演奏です。ピアノの音色が普段のこの人よりもずっと柔らかく感じられますし、ゆったりと落ちついた味わいは、ウィーン・スタイルのように感じられます。強音もかなり控え目であっさりと弾いています。歌わせる表情も控えめですが、そこからシューベルトの諦観や孤独感を滲ませる辺りは素晴らしいです。第3番の躊躇いがちな雰囲気に惹かれますし、第6番の淡々とした歩みも逆に儚さを感じさせます。フィリップスの録音も実に美しいです。 

Schubert-music-51bhg86rnsl_ac_ マリア・ジョアン・ピリス(1989年録音/グラモフォン盤)
第1番をテンポもリズムもカッチリと地に足を付けて躊躇いがちな印象ですが、打鍵にピアニスティックさが皆無なのは良いです。第2番はゆったりと癒されますが、第3番では幾らか落ち着き過ぎ過ぎた様に思えます。第4番はバロック的というよりもロマン的な気分が感じられて面白いです。第5番、第6番と再びカッチリとした演奏ですが、後者などは個人的にはもう少し情に流されるような味が欲しい気はします。現代的に少々スマートに弾かれ過ぎているように感じられます。 

ということで、シューベルトの演奏にはやはり懐古的な味わいが欲しいので、余り現代的な演奏は好みません。そうすると筆頭はこれもフィッシャー盤です。デームス、ブレンデルにも大いに惹かれますが、絶対に外せないのがバックハウス盤です。

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2025年3月 8日 (土)

シューベルト 4つの即興曲 Op.90(D.899)/ Op.142(D.935) 名盤

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「即興曲」というタイトルを最初にピアノ曲に付けたのは、ボヘミアの作曲家たちだったと言われます。19世紀初めのウィーンではそうした小品の人気が高まっていました。 

シューベルトも「即興曲」というピアノ曲を8曲残しましたが、いずれも亡くなる前年の1827年に書かれました。8曲は4曲づつ二組に分かれていて、諸説ありますがOp.90D 899)の4曲は夏から秋に、Op.142D 935)の4曲は12月に書かれたと推測されます。

ただし、シューベルト自身が「即興曲」と名づけたのはOp.142のみで、Op.90に付けたのは出版社です。シューベルトが8曲をまとめて考えていたことは、Op.142の4曲に第5番から第8番と番号を付けたことからも伺い知れます。 

ロベルト・シューマンがOp.142について「第1、2、4番をひとつの短調のソナタとして考えられる」と評したことから、それに賛同する識者も見られましたが、シューベルトが「8曲を1曲ごとに出版しても良い」と述べていたことからも、ソナタと見なされるほどの強い説得力はどうやら無さそうですね。
そもそもソナタのように形式がはっきりとした音楽よりも,歌曲のような余り形式にとらわれない小品の方が,シューベルトのお得意とするところでもありました。それはともかく、どの曲も本当にシュ―ベルトらしい美しい抒情に溢れた屈指の名作です。 

4つの即興曲Op.90(D 899)

第1番 ハ短調 アレグロ・モルト・モデラート
単音による寂しげな旋律がモノローグのように始まり、それが流れるように変奏されてゆきます。時に幾らか穏やかな気分に変わりますが、最後はまた消え入るように終わります。 

第2番 変ホ長調 アレグロ
スケール風に音符が速く動き回る曲ですが、中間部は短調となって何やら暗く激しい舞曲のようで非常に印象的です。 

第3番 変ト長調 アンダンテ
いかにもシューベルトらしい深々とした情感に包まれた旋律がゆっくりと歌われます。何と美しく、そして哀しいのでしょう!晩年のシューベルトの心境が反映されているようで胸に迫り来ます。 

第4番 変イ短調 アレグレット
速い分散和音がとても印象的な、シューベルトにしては珍しくピアニスティックな曲ですが、そのうちに歌うような旋律が明るく、あるいは暗くと、魅力的に表情を変えながら現れます。 

4つの即興曲Op.142(D 935)

第1番 ヘ短調 アレグロ・モデラート
悲劇的な主題が力強く提示された後も、不安な気分が続きます。やがて現われる第2主題は穏やかで慰めを感じさせますが、それも長くは続かずに再び哀しく沈み込みます。 

第2番 変イ長調 アレグレット
これもまたシューベルトらしい、シンプルですが懐かしさと寂しさに溢れた美しい旋律が淡々と歌われます。中間部は分散和音により凛とした姿を想わせます。 

第3番 変ロ長調 アンダンテ
変奏曲形式で、主題は劇音楽「ロザムンデ」の有名なモチーフに基づきます。続いて、第1変奏から第5変奏まで変化に富んで奏されて、最後に主題が回想されます。 

第4番 ヘ短調 アレグロ・スケルツァンド
ハンガリーの民族舞曲風のリズムがユニークで愉しさに溢れます。 中間部では音が激しく駆け回りますが、コーダでは更にテンポが上がってドラマティックに終わります。

それでは、愛聴CDのご紹介です。 

Schubert-inp-oip エドウィン・フィッシャー(1938年録音/TESTAMENT盤:EMI原盤)
フィッシャーはスイス生まれですが、ドイツの古典派からロマン派を得意としました。フルトヴェングラーと親友だったことも有名です。これは52歳の頃の録音で、SP盤からの復刻なので当然モノラルですが、音は驚くほど良いです。ピアニスティックな印象がおよそ無く、誠実にごく自然体で楽曲に向き合うスタイルはシューベルトの作品にぴったりだと思います。ピアノの音が余り現代的で無いのもどこか懐かしさを感じさせてくれて良いです。ペダルを余り使わないにもかかわらず、流れる様なレガートに感じられるのは素晴らしいです。 

Schubert-imp-71zbgdtbbql_uf8941000_ql80_ ヴィルヘルム・ケンプ(1965年録音/グラモフォン盤)
ドイツ人のケンプもまた誠実に楽曲に取り組むスタイルで一貫しています。その点ではフィッシャーと同じですが、一貫したインテンポによるガッチリとした造形性はケンプの方が強く感じられます。それがこのような自由な形式の小品に相応しいかと言えば微妙です。もっともケンプもまたピアニスティックなところが感じられず、ピアノ・タッチも強過ぎないので演奏の堅い雰囲気を和らげてはいます。幾らかベートーヴェン風なものの、シューベルトにも決して悪く無いです。ピアノの音もそれほど現代的で無いので良いです。 

Schubert-imp-41ax03beb5l_ac_ リリー・クラウス(1967年録音/ヴァンガード盤)
ウィーンで学んだクラウスはモーツァルトとシューベルトを得意としましたが、生まれはハンガリーですし17歳でブダペスト音楽院を卒業します。演奏に情熱的なところが有るのはその影響かと思ったりもします。このシューベルトも型にはまらない自由さが有りますし、音のキレの良さと打鍵の強さも中々のものです。けれども造形性を無視している訳では無いですし、違和感は決して有りません。情感はすごく豊かですし、142-3の変奏の見事さや90-2142-4などの激しさは圧巻です。ここに「死の影」は無く、凛とした「命」を感じます。チャーミングさと情熱の炎を兼ね備えていたからこそ、故宇野功芳先生があれほど魅了されていたのにも納得です。

Schubert-imp-4988005746146 クリストフ・エッシェンバッハ(1975年録音/グラモフォン盤)
最初はピアニストとして活躍したエッシェンバッハですが、現在では数少ない大巨匠の指揮者です。この演奏からはとても小品とは呼べないような音楽の大きさが感じられます。テンポはゆったりとして、1点1画もおろそかにせず、何だか交響曲を聴いているかのような気分に成ってしまいます。ただし決してピアニスティックな妙技を鼓舞する訳では無いので不思議と違和感は有りません。それよりも90-3の深い眠りの底に沈んでゆくような趣ときたらどうでしょう。美しさの中に二度と目を開けることの無い「死の影」さえ感じられます。 

Schubert-imp-uccd5240_xly_extralarge ラドゥ・ルプー(1982年録音/DECCA盤)
若くしてデビューしたルプーも37歳頃になっての録音です。決してピアニスティックに弾くことなく、透明感に溢れる美しい音で淡々と奏して行きます。この静謐感というのは非常に印象的な特徴ですが、余りにスッキリと音が流れているので、何か無味無臭の蒸留水を飲まされているような気分にも成ってしまいます。もちろんシューベルト特有の「寂寥感」が感じられはしますが、死に向かい行く自らの運命に対する「恐れ」や「葛藤」に不足しているように感じます。それが更に加わればもっと強く心に訴えかけるように思います。非常に美しくは有るのですが。 

Schubert-imp-imgp1523_edited1 アルフレッド・ブレンデル(1988年録音/フィリップス盤)
ウイーン出身のデームスやBスコダと比べるといわゆるウィーン風の甘さはどうしても薄いです。生まれがチェコの影響も有るのかもしれません。しかし技術的な高さは素晴らしく、リストも軽々とこなします。打鍵の安定感と虚飾の無い誠実さのバランスの良さが魅力です。シューベルトではピアニスティックさもほぼ感じさせません。情感表現においても控えめでいてそこはかとなく孤独感を感じさせる辺りは凄いです。堅苦しさを感じさせそうで感じさせないのは師事したエドウィン・フィッシャーの影響も有るのでしょうか。この人のピアノの音色は独特で、硬質なのに金属的ではなく底光りするような美しさや柔らかさも感じます。 

Schubert-imp-41p483iovl_ac_ アンドラーシュ・シフ(1988-90録音/DECCA盤)
シフが30代中ごろの録音です。シフはベーゼンドルファーを愛奏することで有名ですが、ペダルを控え気味にした古典派風の音色を醸し出しています。およそ虚飾の無い端正な演奏スタイルはその後もずっと変わりません。最初の901902の後半などは、ついつい強い打鍵で弾きたくなりそうですが、シフはずっと抑制的です。シューベルトにはこうした音がやはりしっくり来ます。903も淡々としていますが、この曲はもう少しロマンティックでも良いとは思います。しかしそこがシフの味なのでしょう。若い清々しさがシューベルトにぴったりです。録音もピアノの音を忠実に捉えています。 

Schubert-inp-410xea8v3ql_ac_ 内田光子(1996年録音/フィリップス盤)
日本を代表するピアニストの内田光子ですが、12歳からヨーロッパに住んでいるのでほとんど欧州人だと言えるでしょう。この演奏も完成度が高く、隅々まで神経が行き届いていて凄いのですが、901はルバートの多用、表情やディナーミクの変化に幾らかわざとらしさを感じます。どの曲にもシューベルトのデモーニッシュさが良く出ていますし、打鍵の強さも感じられますが、反面そんなにドラマティックでなくても良いのになぁとも思います。その分ベートーヴェン的な分かり易さが有りますし、抒情性にも不足しないので好む人が多いのも不思議ではありません。 

Schubert-inp-712arqwuq4l_ac_sl1500_ マリア・ジョアン・ピリス(1996-97年録音/グラモフォン盤)
ポルトガル生まれの名ピアニスト、ピリス(近年はピレシュとも)の二度目の録音です。901はゆっくりとしたテンポで打鍵も力強いですが、幾らか落ち着き過ぎの様にも思えます。しかし902以降は、音楽の適度な伸び縮みが自然な感興を与えてくれます。決して耳がくぎ付けになるような演奏ではありませんが、そこはかとなく漂う孤独感が心に迫ります。アルペジオなどの伴奏音型を控え目に弾いているのも、聴いていて夢見心地にしてくれて良いです。現代のピアニストはとかくピアニスティックに弾いてしまう傾向が有るので、こういうシューベルトがやはり好きです。しかし904で非常に情熱的なのは生まれ故郷の血なのでしょうか。 

さて、どの演奏もこの名作を味わうのに不足は有りませんが、特に好きなものを上げれば、しなやかで自由なエドウィン・フィッシャー、表情豊かで情熱的なリリー・クラウスと少々古い録音になります。もう少し新しいところではブレンデルやピリスにも惹かれます。この他では作品142のみですが、ルドルフ・ゼルキンのCBS録音が忘れられません。

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2025年2月26日 (水)

シューベルト ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.114(D.667)「鱒」 名盤

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急に暖かくなりましたね。日本海側では冬の大雪の落雪や雪崩にお気を付けて頂きたいと思います。
さて、そこで春に相応しい曲です。 

シューベルト作曲のピアノ五重奏曲 イ長調 D 667は、昔からとても人気の高い名曲で、第4楽章が自身の歌曲「鱒」の旋律に基づいた変奏曲であることから「鱒」(ます、独語: Die Forelle)というタイトルで親しまれています。ちなみに「鱒」は英語だと「Trout」ですので、野球好きな方ならマイク・トラウト選手を連想するでしょう。寿司好きならトラウト・サーモンか?

冗談はさておき、この曲はシューベルトが若干22歳の時に作曲しました。そのために、あたかも湖で鱒が勢いよく泳ぎまわるような躍動感や青春の明るい息吹に満ち溢れています。曲全体に次々と現われる旋律の美しさも出色ものですね。 

この曲の作曲を依頼したのは、金持ちの鉱山技師でチェロの愛好家でもあったジルヴェスター・パウムガルトナーとされます。編成にコントラバスを加えることと、「鱒」の旋律の変奏曲を加えることを要求したのもパウムガルトナーだそうです。

初演時期は不明で、楽譜が出版されたのもシューベルトが亡くなった翌年のことです。 

楽器編成
ヴァイオリン1、ヴィオラ1、チェロ1、コントラバス1、ピアノ1 

通常のピアノ五重奏の編成とは異なって、第二ヴァイオリンが居ない代わりにコントラバスが加わっています。 

曲の構成
第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ イ長調、4分の4拍子

第2楽章 アンダンテ ヘ長調、4分の3拍子

第3楽章 スケルツォ:プレスト - トリオ イ長調、4分の3拍子

第4楽章 主題と変奏:アンダンティーノ - アレグレット ニ長調、4分の2拍子 ※もっとも有名な楽章で、上述の通り、自身の歌曲『鱒』に基づく変奏曲

第5楽章 フィナーレ:アレグロ・ジュスト イ長調、4分の2拍子 


それでは愛聴CDのご紹介ですが、さすがにこの曲には名演奏が目白押しです。 

Schubert-pq-51gwjxw01l_ac_ ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団、パウル・バドゥーラ=スコダ(Pf)(1950年録音/ウエストミンスター盤)
かの名ヴァイオリニスト、アントン・カンパ―が主宰するウィーン・フィルのメンバーによる団体です。カンパ―はコンサートマスターにこそ成りませんでしたが、周りから一目置かれるヴァイオリニストで、特にシューベルトに定評が有りました。この演奏も古き良きウィーンの懐かしさに溢れるような魅力がたまりません。ピアノもウィーン出身のBスコダですが、録音の影響なのか明瞭な音の弦楽器に対してピアノの音が鈍いです。けれども、Bスコダの穏やかな演奏も含めて、それが逆にフォルテピアノのようなレトロな味わいを増しています。モノラル録音ですが鑑賞に支障はありません。 

Schubert-pq-41pfpw0zg6l_ac_ ウィーン八重奏団員、サー・クリフォード・カーゾン(Pf)(1957年盤/DECCA盤)
この八重奏団を結成したウイリー・ボスコフスキーが第1ヴァイオリンを後輩のアントン・フィ―ツに譲る前の演奏です。当時のウィーン・フィルの主力メンバー達の演奏で、もちろんウィーン風の味わいに溢れますが、ウィーン・コンツェルトハウスQやバリリQと比べると、テンポとリズムがキリっと引き締まっていて、少しだけ現代風に近づいた気がします。ピアノを英国のカーゾンが担当しているのも影響したかもしれません。とは言え、歌わせるところは、やはり甘く柔らかく、ウィーン的であることは変わりません。DECCAによるステレオ録音は弦楽器もピアノも音の明瞭さ、柔らかさ、美しさをバランス良く捉えています。 

Schubert-pq-zap2_g7320504w フェスティヴァル四重奏団、ヴィクター・バビン(Pf)(1957年録音/RCA盤)
知る人ぞ知るスーパー軍団で、アメリカのアスペン音楽祭で揃ったメンバー達です。ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク、チェロのシモン・グラウダンはフルトヴェングラー時代のコンマスと首席奏者です。ヴィオラのウィリアム・プリムローズは当時のこの楽器の第一人者。ピアノのバビンを含めての四重奏団というのは珍しかったです。全体はドイツ風で造形感とアンサンブルがとてもしっかりとしていますが、一方でゆったりとしたテンポで旋律を滋味豊かに歌わせます。これだけヨーロッパの正統的な伝統を継承した演奏と言うのはそうそう聴けるものではありません。RCAによるステレオ録音で、残響は少な目ですが音は明瞭です。 

Schubert-pq-51gwjxw01l_ac_ バリリ四重奏団、パウル・バドゥーラ=スコダ(Pf)(1958年録音/ウエストミンスター盤)
写真が上述のWコンツェルトハウス盤と同じですが、間違いではありません。両者は1枚のディスクにカップリングされています(何と豪華な!)。しかもこちらはステレオ録音です。バリリがステレオで聴けるだけでも貴重ですが、この柔らかく甘い正真正銘ウィーンの香りに溢れる味わいはどうでしょう!第4楽章もあらゆる演奏で最美です。カンパ―が表情豊かな庶民的演奏とすれば、バリリは高貴な佇まいを持つ貴族的な演奏と言えるのかもしれません。BスコダのピアノはWコンツェルトハウス盤の時と同様にウィーン的な穏やかさが魅力ですが、音がずっと明瞭です。これはバリリQとデームスのシューマンのピアノ四重奏&五重奏盤に匹敵する名演奏です。 

Schubert-pq-4988005850621 シューベルト弦楽四重奏団、イェルク・デームス(Pf)(1958年録音/グラモフォン盤)
シューベルトQ?はて、聴いたこと無いなぁとお思いでしょう。更にはフランツ・シューベルトQなんてのも有るので余計に紛らわしいです。しかし、この団体は実はアントン・カンパ―主宰のウィーン・コンツェルトハウスQに他なりません。どうやらグラモフォンに録音するにあたり名前を変えたみたいです。彼らのステレオ録音は他には来日した時の日本コロムビアとNHK録音しか無いので大変貴重です。肝心の演奏は面白いことに、ウエストミンスター盤よりもテンポが速めで、やや現代風にカッチリとしています。ピアノを若きデームスが弾いているのが影響したのかどうか。。。それでもウィーンの音色の味わいはたっぷりと感じられますし、彼らの最も音の良い録音なのを考えれば最高の遺産です。

Schubert-pq-img_2161 スメタナ四重奏団、ヤン・パネンカ(Pf)(1960年録音/DENON盤:スプラフォン原盤)
チェコの至宝、スメタナQはこの曲を二回録音しましたが、これは最初の旧盤です。ヴァイオリンのイルジー・ノヴァークをはじめとしたメンバーの演奏からは瑞々しい若々しさが溢れ出ています。そうした点においては一番の演奏かもしれません。元々チェコの弦楽器奏者は細身で素朴な美しい音色を持ちますが、更に柔らかさと品の良い甘さを兼ね備えているのがこの曲に正にうってつけです。ピアノのパネンカも同様に実に清々しい音で弦楽器にピタリと合わせていて素晴らしいです。録音は幾らか鮮度は落ちていますが、現役でまだまだ充分に通用します。

Schubert-pq-1464552315788249852139 ブダペスト弦楽四重奏団、ミェチスラフ・ホルショフスキー(Pf)(1962年録音/CBS盤)
ハンガリーの名門カルテットが米国移住後にCBSに録音した新旧のベートーヴェンの演奏は今もって最高です。このシューベルトはポーランド生まれの名ピアニストのホルショフスキーとの共演ですが、がっちりとした造形性ながら機械的では無く、歌い崩す訳では無いのに、ロマンティックな抒情が滲み出ます。つまりベートーヴェンのあの演奏から峻厳さを減らしたものとでも言えるでしょうか。しかしこの深い味わいはどうでしょう。この曲からこれほどまでに悲哀を感じさせる演奏は稀です。やはりヴァイオリンのロイスマンの凄さに負うところが大きいでしょう。ホルショフスキーのピアノも絶品です。録音はCBSなのでオンマイクのデッドな音ですが、演奏の迫真性を際立たせています。 

Schubert-pq-81bzdvajfwl_ac_sl1500_ ドロルツ四重奏団、カール・エンゲル(Pf)(1964年録音/DENON盤):オイロディスク原盤)
ベルリン・フィルの第1ヴァイオリン奏者であったエドゥアルト・ドロルツが主宰した団体ですが、フルトヴェングラー時代の雰囲気を残した演奏が高い人気を誇りました。ただし録音の数が少ない為に、今ではLP、CDを問わず大変な貴重品となっています。この演奏も堂々としたドイツ風の恰幅の良いものですが、至る所からウィーンの甘さとは異なる濃厚なドイツ・ロマンの香りが一杯に漂います。第2楽章では深い哀愁に驚かされます。エンゲルはスイス生まれですが、長年ドイツで活躍しただけあり、弦楽とは寸分の違いも無い同 質性が感じられます。録音も音が明瞭かつ落ち着きと潤いが有って素晴らしいです。 

Schbert-pq-zap2_g4044016w アマデウス四重奏団、エミール・ギレリス(Pf)(1975年録音/グラモフォン盤)
ウィーン生れのユダヤ人だった第1ヴァイオリンのブレイニン、ヴィオラのシドロフが中心となったカルテットなので、この曲でもウィーン風の甘い歌わせ方が特徴です。3楽章もとても情緒的で美しいです。ロシア音楽では“鋼鉄の音”と言われたギレリスも、モーツァルトやシューベルトでは別人のように端正な音で弦楽に溶け込んでいます。ただし1960年代までののんびりしたウィーン・スタイルからは脱皮してかなりカッチリとした演奏には成っています。強音部もダイナミックで、‘80年代以降の演奏スタイルの先取りとも呼べるような要素が見えます。要するに古き良き時代の演奏と新時代の演奏の折衷的な印象を受けます。録音は優れます。 

Schubert-0002894000782_600 クリーヴランド四重奏団、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(1977年録音/フィリップス盤) クリーヴランドで結成されたアメリカの若手弦楽奏者達のカルテットですが、ピアノにブレンデルを迎えたこの録音でその名前が一気に知れ渡りました。第1ヴァイオリンはドナルド・ワイラースタインで、この人の娘さんは有名なチェリストのアリサ・ワイラースタインです。確かにこの演奏は今聴いてもとても魅力的です。メンバーの技巧が極めて高く、かつ精密なアンサンブルはジュリアードQを想わせます。ウィーンの演奏家達に共通する良い意味での“ユルさ”こそ持ちませんが、各自の楽器の音は柔らかく、若々しさとロマンティックな情感を感じさせてくれる美しい演奏です。ブレンデルはカッチリとした音で自己主張をしつつも見事にカルテットと一体化しています。録音も美しく優れます。 

Schubert-pq-466387713784852792205 ボロディン四重奏団、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1980年録音/EMI盤)
オーストリアのホーエンエムスという街で行われたライヴ録音で、ここで開催される「シュ―ベルティアーデ」音楽祭の演奏会だと思われます。ボロディンQの初代ヴァイオリニストのドゥビンスキーは大好きですが、ここでは二代目のコペルマンに変わっています。演奏からはいかにもライヴらしい感興の高さや解放された気分を感じられます。リヒテルも楽しんで弾いているのが良く分かります。古典的な端正さよりもずっとロマン派的な恰幅の良さや広がりが有りますが、録音がホールの後方で聴くような音造りなのが気に成ります。ピアノの強音が目立って聞こえることで、弦楽器の音がやや痩せて感じられてしまいます。会場で実際に聴く音に忠実だと言えば確かにそうなのですが。 

Schubert-pq-uccd5238 ハーゲン弦楽四重奏団、アンドラーシュ・シフ(Pf)(1983年録音/DECCA盤)
オーストリアのハーゲン兄弟により結成されたカルテットですが、拠点がザルツブルクだったからかウィーン風の甘さをそれほどには感じさせません。音の強弱やテンポの巾が大きく、表情は豊かで充分にドラマティックです。現代的と呼べるのかもしれませんが、その分シューベルトの音楽特有の自然さ、素朴さは余り感じられません。“人工的”とは少々言い過ぎかもしれませんが、若いくせに妙に悟ってしまったような姑息さを感じます(ファンには御免なさい。偏屈な聴き方で。。。)それとは逆にシフのピアノは端正な音と演奏ですが、弦楽器とのアンサンブルは息をぴったりと合わせています。DECCAの録音はもちろん優れます。 

Schubert-1163001755 カール・ズスケ(Vn)他、ペーター・レーゼル(Pf)(1985年録音/シャルプラッテン盤)
ズスケは東独時代にSKベルリンとゲヴァントハウスのコンサートマスターを務めましたが、合わせてその冠を持つ四重奏団も率いていました。ベルリンSQ1970年代に東京で実演を聴いたことが有りますが、実に素晴らしかったです。この録音はゲヴァントハウスのメンバーとの演奏ですが、とにかく端正で歌い崩すことが無く、弦楽の澄み切った音色が美しいです。レーゼルもブラームスやベートーヴェンの多くの録音で知られる名手で、音色もぴったりの組み合わせです。きりっと引き締まったアンサンブルは精緻ですが、メカニカルな印象を受けません。この細身で清らかな演奏は「鱒」というよりも「若鮎」という印象です。録音も美しいです。 

Schubert-pq-51c2g4h5ngl_ac_ アルバン・ベルク四重奏団、エリザーベト・レオンスカヤ(Pf)(1985年録音/EMI盤)
アルバン・ベルクQは古典派やロマン派初期の作品を精緻でダイナミックな演奏をしながら、同時にウィーン風の柔らかく甘い味わいを兼ね備えてくれる点で実に魅力的です。この演奏でも若々しい躍動感や激しさ、力感を表出しながら、旋律をたっぷりと美しく歌わせます。かなり大胆な演奏なのですが、自然でわざとらしさがありません。その辺りはやはりウィーン・フィルのコンサートマスターを務めたギュンター・ピヒラーのリードに尽きるでしょう。ピアノのレオンスカヤは旧ソ連出身でも実際はグルジア生まれで、シューベルトに深く傾注するだけあって、アルバン・ベルクQと正に一体化した素晴らしい音楽を作っています。録音も優れます。 

どの演奏にも魅力は有りますが、特に気に入っている演奏を上げれば、ウィーンの懐かしい香りが一杯に漂うウィーン・コンツェルトハウスQBスコダ盤、それにバリリQBスコダ盤ですが、何と両方を1枚のCDで入手できます。
続いて個人的にはブダペストQ/ホルショフスキー盤ですが、これはかなり個性的なので、一般に広くお勧めしたいのはクリーヴランドQ/ブレンデル盤です。もう一つスメタナQ/パネンカ盤も忘れたくはありません。

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