図書館が充実した街では健康寿命が延びる? 論文筆者が語る「理由」
高齢者7万人を7年間追跡した調査から、市民1人当たりの公立図書館の蔵書数が多い街ほど介護が必要となる人が少ない、という論文がこのほど発表された。いったいどういうこと?【小国綾子】
「じゃあ、図書館は?」
この研究は、慶応義塾大総合政策学部専任講師の佐藤豪竜さんと京都大医学部を卒業し、現在研修中の大谷紗恵子さんらが行った。
論文は医学雑誌「SSM―Population Health」3月号に発表された。
佐藤さんは東京大経済学部でデータ分析を学んだ後、米ハーバード大で修士号(公衆衛生学)、早稲田大で博士号(経済学)を取得し、専門は医療経済学と社会疫学だ。
医者の卵で、読書家でもあった大谷さんが「読書と健康についての研究をしてみたい」と言い出したことが今回の研究のきっかけとなった。
しかし、読書習慣と健康についての先行研究は既にいくつも存在する。
例えば、米エール大が2016年に発表した寿命に関する研究。50歳以上の3635人を12年間追跡調査したところ、読書習慣のある人はない人に比べ、12年間に死亡した人の割合が20%も低かった。
また、本を読む人は本を読まない人と比べ、生存率が80%に落ちるまでの期間が23カ月も長かったという。その他にも、読書が認知機能の低下予防に役立つなどの研究が既にある。
「読書じゃ、新規性に乏しいなあ」という佐藤さんに、「じゃあ、図書館は?」と大谷さん。
こうして、図書館と健康をめぐるユニークな研究がスタートした。
まさか、の相関関係が
彼らが使用したのは、日本最大級の高齢者調査「日本老年学的評価研究(JAGES)」。
13年時点で健康だった、全国19の市や町に暮らす65歳以上の7万3138人を、21年まで7年間追跡したデータを分析した。期間中に1万6336人(22・3%)が要介護認定を受けていた。
佐藤さんらはJAGESのデータのある19市町について、それぞれ市町立図書館の蔵書数を調べ、要介護認定数との関係を分析した。
「実は、図書館と健康に相関関係があるなんて、予想していなかったんです」と佐藤さんは明かす。
しかし結果は意外なものだった。
蔵書数が増えれば要介護認定リスクは減る?
データ分析から見えてきたのは、1人当たりの蔵書が1冊多い自治体では、要介護認定数が4%少なく、また、1人当たりの蔵書が10冊多い自治体では、要介護認定数が34%少なかった、という相関関係だ。
ちなみに国民1人当たりの蔵書数は約3・7冊(24年公共図書館集計)だが、東京都23区だけ見ても千代田区をトップに2~8冊程度と、自治体によってばらつきがあるのが現状だ。
図書館の蔵書数の多い自治体は財政が豊かで他のサービスも充実している上、経済的に豊かな住民が多く、健康意識がそもそも高いのではないか、などと疑問を持つ人もいるだろう。
しかし、佐藤さんによると、上記の結果は、人口統計学的要因や社会経済的要因を調整した後の数字だという。
具体的には、年齢▽性別▽教育年数▽世帯所得▽婚姻状況▽就業状況▽社会参加の有無▽自治体の財政力▽市町の人口密度――といった要因について、その影響を帯びないよう数値を調整したという。
「今回分かったのはあくまで相関関係で、厳密な因果関係ではありませんから、『図書館の蔵書数を増やせば要介護認定が減る』とは言い切れません。しかし、さまざまな要因の影響を取り除いてもなお、要介護リスクとの相関関係は明白だったんです」
読まない人でも健康に?
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