シスター・センス
漫画版「魔法少女を助けたい」第四話にアジサイ登場を祝して
それは、アジサイの部屋の前を通りかかった時の事。
ゆっくりと軋みながらドアが中途半端に開かれたかと思うと、内部より少女の声に呼びかけられた。
「兄さん。着替えの最中だから入ってきて」
前後で話が食い違っているように聞こえる。着替え中に入室を許可してしまうなんて、おっちょこちょいな言い間違えだ。
「……分かった。コンビニに電気料金支払いに行ってからな。三時間くらいして皐月が確実に帰宅している頃に帰るから俺を待たずに着替え終えていてくれ」
「駄目。今、着替えを手伝ってくれないと風邪をひく。真冬に妹を半裸で放置するなんて兄さん酷い」
そんな寒さに震えるような声で非難されても困る。アジサイがどれだけ可愛かろうと叶えてやれない願いはある。
前提の話だ。平和が尊いように淑女の柔肌も尊ばれなければならない。法律を守らないといけないのと同じように、投稿サイトの規約は守らなければならない。健全は義務です。作者、貴方は健全ですか?
「私の魔法使いの服を思い出して。和服だから一人で着られない。手伝って」
確かにアジサイの服は振袖である。成人式や初詣に参加する女性が他人に手伝ってもらって着る服という印象だ。人生において振袖を着用した経験がないためあくまで想像になってしまうが、皐月の袴と比較しても着る難度は高いように思われる。
ただし、普段から魔法使い活動しているアジサイが今更、一人で着られないなんてダウトだ。
「兄さん。私の服は青いジャージだった。それがいつの間にか記憶改竄によって和服になってしまったの」
「な、なんだとっ」
「だから着る方法が分からない。手伝って」
記憶改竄ならば仕方がない。最近も皐月の傘でそんな体験をしたばかりだというのに、またである。今後も記憶改竄が続くのだろうか。
困っているアジサイを助けるべくドアを開……いや、待て。
「代々の魔法使いに受け継がれる服がジャージであるものか! ジャージが日本に広まったのは東京オリンピックのスポーツブームあたりからだったはず」
「……ちぃ」
ナチュラルに騙そうとしてきたぞ、この娘っ子。裸体で誘惑したいのであれば真っ向勝負すればいいものを。
本当に着替えていたのか、それから三十秒もかからずアジサイは魔法使いの格好で部屋から現れた。帯紐もしっかり結んでいる。本当に半裸状態からの完了だとすればワンタッチ式でもないのに随分な早着替えである。伊達に青春時代の夜を魔法少女に費やしていない。
「早着替えの魔法か」
「ただの慣れ。ちなみに、振袖は未婚者しか着れないって知っている? もうすぐ着れなくなるね、兄さん」
「突然、妙な圧力をかけてくるんじゃない」
青色をベースとした振袖に、どのモンスターのものとも知れないファーショール。温かそうで氷魔法の寒さにも凍えずに済みそうだ。
そして、アジサイの小さな手には似合わないサイズ感の扇が、廊下の壁に接触しながらズリズリと――、
「ノォォォッ、敷金がぁぁッ」
「あ、当たってた」
盛大に線が引かれてしまった壁。家屋の傷は子供の成長の証とも言われて喜ばれる事もあるが、二次性徴を終えた大人未満がつけた傷などただのダメージだ。
「こんなにくっきりと。鉄でも入っているのか、その扇」
「鉄扇だから、鉄製」
「当然のように軽々片手でダンベルみたいに上下させるんじゃない!」
アジサイより巨大鉄扇を受け取り、ちょっと落としそうになりつつ検める。
全体が金属でできているタイプではなく、骨の部分のみが金属になっているようだ。服に見劣りしない絵柄で目を引く。魔術的な補助アイテムとの事なので絵柄に意味がありそうに思えたが、最重要なのは骨に刻まれている文字の方との事。
「接近戦用の護身具ではないのか」
「使えなくはないけど、この扇のお陰で氷魔法の速度や威力が少し良くなる。モンスターを殴って壊したくない」
大事なものなら壁にぶつけないで欲しかったのだが。
「使い慣れているはずなのに、大きさを見誤った?」
「何故に疑問形」
体の半分以上はありそうな遠近感の狂う巨大扇子を開いたり閉じたりして不思議がるアジサイ。まるで身に覚えのない妹ができてしまった俺のように違和感を覚えている。
そうしている内に何かを思いついたのだろう。
開いた扇子を両手で掲げながらじっくりと眺める。
「私には『耐幻術』スキルがある。これでこの違和感の正体を突き止め――」
「それ以上は駄目だ!」
今後も記憶改竄が続きますように。
願ってやみません。
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