『月』不死の女神

テーマ:

前回からの続きです。


 



民俗学者の吉野裕子氏は、その著書



『扇 古代の性信仰』



扇の起源について、詳しく書かれています。


『性を通して』

調べられています。







扇の起源は、沖縄の「蒲葵(びろう)という木にあり


 


「扇」 (画像wikipedia 」より引用)




古代、とりわけ沖縄において、蒲葵は神聖視され、蛇に似た幹肌を持ち

生命の根源である男根の象徴とみなされて

古代から「神」「聖木」とされてきました。



 「蒲葵(びろう)




  (画像wikipedia 」より引用)



以下、ふたたび「扇 性と古代信仰」より引用させて頂きます。







蒲葵は、天皇即位の後、行われる「大祀」といわれる天皇ご一代に一度の大祭、「大嘗祭(だいしょうさい)」にも関係します。



この祭祀に先行する約一ヵ月前、天皇みずから川原に幸して、禊ぎ祓いをされ



この御禊が行われる川原の頓宮(かりみや)に設けられる



百子帳(ひゃくしちょう)という天皇専用の仮屋の屋根を葺くのに蒲葵が使われました。



蒲葵は亜熱帯の地方植物で、本土では入手し難いので、檜の蒲片や紙でこれを模倣したものが、檜扇、紙扇の元祖ではなかろうか。








つまり、神聖な祖神に見立てられた蒲葵ですが



なかなか手に入りにくいし、まさか祭りのたびに蒲葵そのものや、その葉を入手し、用いていたら、保存の面からもたいへんです。



そんな蒲葵の代用品として、発明されたのが扇で、出雲の佐太神社をはじめとする古社の神紋に扇が多く、その扇幣もやはり蒲葵の葉を象っている。



「扇」についての本を出された、滞日三十年あまりになる親日家フローレンス・ウェルズ氏の言葉として






「ふしぎなことに日本人は自分らの扇の起源についてなにも知らないし、また行儀作法の上で必要とされる扇の使い方のしきたりについてさえも、そのよってきたる所以をほとんど知らない。」






と述べています。



じつは、扇は日本の特産品で、古代は中国にも輸出されていました。



暑いときは風をあおぎ、ときにコンパクトに折り畳むことができる。



こんな便利な道具ですが、大陸からきた発明品ではないのです。



 私たち日本人は、世界的にみてもすごい発明品の扇について何も知らない。

外国人のウェルズ先生は、それをじつに不思議だ、としているのです。



しかし、扇は呪物で

天皇家の祭祀にも用いられ

巫女さんも神楽で、扇を用います。


扇は、生命の根源とされた沖縄の蒲葵に通じ

(沖縄の神聖な祈りの場所、御嶽(うたき)には蒲葵が植えられています。)

こんなすごい秘密が隠されていたのです。



『扇は生命力の象徴なのです。』



「欅(けやき)」、「つきの木」は、その扇型の枝の広がりから神聖な「扇」、「蒲葵」に例えられたのではないでしょうか。




 そして蒲葵は蛇に例えられ

蛇と月は密接なつながりがあります。



後々、都筑(つづき)をテーマとしたときに、後述しますが



蛇と月は、表裏一体



互いに欠くべからざるもので、だから蛇の神格に見立てられた『木』…


扇型に枝を広げる『欅(けやき)』

古代、「つきの木」と言われ、ご神木となり

神聖視された。



そのように私は感じました。




 私は福島県の『建鉾山(たてほこやま)』



「建鉾山」



山頂の磐座(いわくら)の存在から

縄文の古代より、祈りの場所として崇められ



「山頂の建鉾石」




古名の『都々古山(つつこやま)』

「蛇山」を意味し



建鉾山の麓にある

『月夜見桜(つきよみのさくら)』


「月夜見桜」


(「白河市」ホームページより引用)



やっぱり、縄文の「月と蛇の祭祀」に関わる場所



「月を見る聖地」であったと思います。



 この建鉾山祭祀遺跡は、縄文の古代信仰を解き明かす上でとても重要で



その秘密のキーワードは


『蛇』『月』にあると思います。




月と蛇は、もともと日本に住んでいた縄文人に、強かった信仰です。


ですが、その古代の信仰のほどには

今に伝わってはいないと、私は感じています。




 さて、建鉾山祭祀遺跡から、古代の月と蛇の痕跡を長々と見てきました。



ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございます



 最後に私たちの中に、月神信仰のDNAがあるのでは?

ということについて書いて、終わりにしたいと思います。




言うまでもなく、私たち日本人は、古来からこの日本に住む縄文人の末裔です。








お月見 (画像「wikipedia 」より引用)






お団子を食べながら、十五夜の月を眺めたり、

お花見のときに、桜の葉からのぞく月を見て感動したり…


とにかく、月を眺める古来からの習慣を持っていますね。



私たち日本人は、ぎらぎらと照りつける太陽より

ひっそりと静かに、夜空に孤独にかがやく月に

より愛着を感じる人は、多いのではないでしょうか。



私も月は好きです。



眺めていると、どこか懐かしい

なんとも言えないノスタルジーを感じます。




そういえば、かぐや姫は月のお姫様でしたが

彼女も最後は月に帰っていきます。

(竹取物語もまた、別の機会に触れたいです。

実はいろいろと深いのです。)




 おそらくこの月への思いと憧憬は

私たちのはるかな祖先、縄文人の月への信仰


・「不死の女性神」

・「命の誕生を司る根源的な神()



への強い思いに、由来すると思っています。




 戸矢学氏の著書「ツクヨミ 秘された神」

より引用させて頂きます。

(戸矢先生の本は、大好きです!)




 氏は、月神を「本社のない神」として

次のように記しています。






「月讀神社といっても、本来の成り立ちからまぎれもなく月讀命を祭神として祀るものはわずかな数にすぎない。」



「いずれにしても、ツクヨミ神社は総数七〇四社にも及ぶのに「本宮」「本社」がない。」



「これはまことに不自然で、神社信仰のありかたとして例外的である。」



「月讀神社の本宮は、失われたか、それとも別の神社に変わってしまったか、あるいはもともとそういうものはないのか、そのいずれとしか考えるしかないだろう。」



さらに



伊勢神宮の内宮・外宮にツクヨミ社は存在しますが、内宮外宮の陪席にすぎない印象であり



「本来ならば内宮、すなわち皇大神宮と対等であっても不思議はないのである。」




・内宮は日神「天照坐皇大御神」

・外宮は穀物の神「豊受大御神」



の組み合わせについて



日・月神は人類にとっても基本となる組み合わせで、外宮の祭神が月の神であれば



どんなにすっきりするだろうかとし

そこに謎があるとしています。





 


ロシアのニコライ・ネフスキー氏の論文


「月と不死」では



「憂鬱な感傷的なところを具へてゐる月のモチーフは日本及び支那にあつては、極めて普通のものとなつている。」



「支那及び日本、殊に日本は大自然に恵まれ、夏期過度の太陽の熱に苦しめられる者は、周囲を囲む凡ての丘陵森神社仏閣、さては山寺の夕の鐘の響にぴつたりと調子を一つにする純潔な白い姿の月に心を向ける。」



「日本に於いて、この月の擬人神は

「ツクヨミノミコト」、「ツクユミノミコト」といふ名を持つてゐる。


尚、このtukujumiは「時を算へる者」を意味することは、疑の無い処である。」



「古代日本神話はこれを日の女神、天照大神の弟と我々に語つてゐるが、一般に影が薄いのは、古代記録作成者に特別の理由があつたのであらう。」





 


このように謎の多い、月神ですが

その凄さが、少しでも伝われば嬉しいです。



縄文において生殖、新しい命の誕生の祝福は

もっとも大切な信仰の一つで(もちろん現代においてもですが!)



それを司るのが、縄文の月神



不死の女性神」です。



 縄文人の末裔である、私たち日本人が

夜空の月を見て、感動することが



「不死の女性神」、「偉大なる母」…



古来の、月神(女性)への強い信仰が

たしかに存在したことを証明しているのだと思います。



 けっこう長くなりました😅



今回で茨城県の大子町は、終わりです。



大子町は、縄文からの古代の信仰が、本当に強かった町だと思います。



私は、斎藤姓が



縄文起源の鉱石採取集団に由来するのでは

と、思い調べているのですが



縄文の信仰の強い大子町に

斎藤姓の方が、突出して多く住んでいることの傍証になれば良いな~と、思っています。



次回からは、もう一つの斎藤姓の突出して多く住む町


・栃木県の塩谷郡塩谷町について



書きたいと思います。



水銀朱「丹()」と「黒曜石」がテーマになると思います。

丹について、いつか調べなければと思っていたので今から楽しみです。


AD

コメント(2)